29,それぞれの新学期2

 2学期が始まってしまった。2期制のため厳密には前期の終盤だけれど便宜上2学期と呼んでおく。9月から12月までの4ヶ月、年間最長の登校日数。冬休みが待ち遠しいような、受験生だからそうでもないような。


 8時に家を出て、徒歩10分。数名のクラスメイトとは塾でも顔を合わせているため久しぶりでもなく、むしろ昨夜会ったばかりだ。


 通行人のほとんどは小中高生。和洋混在のバス通りには潮風が吹き込みモヤッとしているものの、8月とは異なり少しばかり軽く、これから向かう季節への切なさを漂わせている。


 しかし、基準服は窮屈だ。


 茅ヶ崎市内の公立中学校で、いわゆる学ランなど基準服の着用は長期休暇の前後や定期考査など何らかのかしこまったイベントがある日のみ。他の日はジャージ登校が認められている。イベントのない日に学ランを着用しているのはヤンチャな連中のごく一部といって過言ではない。


 特に誰かと待ち合わせはせず、一人やや速足で登校し、8時10分に教室入り。8時30分始業だけれど、5分前の8時25分に鳴る予鈴よれいが事実上の門限だったりする。


 既に半数弱のクラスメイトが登校していて、教壇付近には野球の話題で盛り上がる男子5名。


 その後ろ、中央部にはクラシック音楽について語り合う女子3名と男子1名。最後部には哲学者について語り合う女子2名と男子1名。


 窓側後部の荷棚上には茶や金髪の学ランを着崩した男子が3名、ワイシャツを着用せず、代わりに赤や黄色のTシャツを着用している。


 彼らはなぜか69という数字について語り合っている。


 なぜだろう、なぜだろうね、なぜでしょう。


 僕は知らないけれど、きっと69は神秘的な数字なのだろう。


 対して僕を含む他の生徒は上着を着用しておらず、上はワイシャツのみ。前方出入り口付近に固まる派手めな女子には下着透過が数名。


 このクラスにはギター、作曲、小説ほか、エンターテインメント活動に励む者が多くいて、学校全体でもそういった者は全国平均より多くいるような気がする。


 女子のほうが個性を発揮する傾向にあり、好きなものについて瞳を輝かせながら語り合っているさまが目立つ。


 一方、男子がよくするゲームやスポーツ、バラエティー番組の話題に付いてゆけない一部の男子は女子の輪に入って談笑している。正直、男子は男子と、という枠組みに無理矢理嵌まって話し合わせをするよりずっと気楽だ。


「グッドモーニング真幸!」


 着席寸前に挨拶をしてきたのは、仲良しの一人、宮ヶ瀬みやがせ三郎さぶろう。マッチョ体型の面長オネェ。中学生でありながら、レストランなどの店舗に華を添えるイラストレーターとして活躍している。


「グッドモーニング三郎」


「あら、元気がないわね。どうしたの?」


「新学期という憂鬱が僕を支配しているんだ。それに受験も控えているから、なにをどうすれば良いか混乱している」


「そんなもの、なるようになるわよ。不安を抱いても仕方ないわ」


「確かにね。けど僕はそんなに器用じゃないんだ」


 言いながら、僕は鞄を机に置き、椅子に腰を下ろした。三郎は一つ後ろの席なので、僕は身体をよじり彼のほうを向く。この窓側最前列席は陽射しが照り付け、冷房のない教室は窓を開けなければ風もなく蒸し地獄。


「最初から器用なほうが後で苦労するのよ」


「じゃあ、三郎はこれから苦労するの?」


「なに言ってるの、ずっと苦労ばかりよ。オカマだから風当たり強いし。けどね、いつか報われるって信じてるの。中学なんて幼く狭い閉鎖的な社会じゃ、自分の本当の価値になんか気付けそうにないもの」


 自分の本当の価値……?


「おっはよー真幸ぃ! ラブホ行こうラブホ!」


 哲学モードに思考を切り替えようとしたところでそれを遮ったのは南野みなみの友恵ともえ。髪型は美空より少し短い茶髪のミディアムショートストレートで、いつも何らかの髪飾りを装着している。きょうはピンクに塗られた烏帽子岩型のヘアピンだ。おそらく自作。


 友恵は教室に入るなり何名かの生徒に礼を言いながら借りたものを返し、室内をぐるっと巡って僕の前に止まった。彼女は僕と隣の席だ。


「ごめん、今朝3回抜いてるからラブホはちょっと……」


 と言いつつ、僕と三郎の間にかがんんで立つ友恵のはだけた胸元から覗く谷間や下着が気になっている。


「そっかぁ、じゃあ夕方でいいよ!」


 こうしてウケ狙いでもない日常会話に下ネタが混ざるのは地域性なのか、全国的な流れなのか、密かに気になっている。


「友恵に僕の遺伝子を植え付けても子どものレベルが下がるだけだよ」


 というのも、友恵は小6で少女誌デビューを果たしたプロの漫画家。限りなく天才に近い存在。


 友恵からは彼女の描いた作品が掲載されている月刊誌や単行本を貰っている。


 三郎と友恵が学校および塾で主に交流している友人で、つまるところ僕も女子と群れる男子の一人。気を許しても良いと思える存在だけれど、自分が創作活動をしているなど、神懸かった二人には恥ずかしくてなかなか言い出せない。本当に僕など足下にも及ばない。


「うーん、確かに。じゃあ三郎とラブホ行こう!」


 とはいえ失礼だなこいつ!


「私は女体に興味がないの。昨夜いっしょに入浴したけどオッキしなかったでしょう?」


 三郎と友恵は幼馴染みで、15歳という年齢でいっしょに入浴など羨ましくて仕方ないけれど、三郎の心は芯から乙女。故に実質女同士の入浴になるから致し方ない。


「あああ、もう絶望だ。ねぇ誰かあ!! いっしょにラブホ行こうよお!!」


 クラス全員に呼び掛けると、イクイク! 行こうぜ! などと一部の男子からレスポンスがあるけれど、実際そこまでには至らない。これがこのクラスのいつもの朝。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る