15,接客幼女

「あ、清川さん、おはようございます。ビラを持っているということは、もしかして」


 コンビニのカラーコピー機でビラを50枚作成した後、サン〇ビーチ周辺の裏道を歩いて曲がり角に差し掛かったところ、右側から星川さんがひょっこり現れた。


 手にはビニル袋に包まれたビラのようなものが。三度目の邂逅かいこうもひょっこりということは、きっとこう、なんというかそういう感じで出現するタイプのひとなのだろう。


 バスで初めて出逢ったときと同じ服装にヨモギ色の折り畳み傘を差していて、コンビニで購入した透明ビニル傘の僕とは違い気品を感じる。


「おはようございます。はい、実は僕も同じことを」


「ふふ、迷子さんと知ったら気になっちゃいますよね」


 星川さんのイラストは綺麗な形に描かれたセキセイインコがブロック塀の上に留まり一滴の涙を垂らし、寂しそうだ。


 僕が描いた白眼を剥いたインコというよりオウムのような何か(決してウケ狙いではなく一所懸命に描いた)とは大違いだ。それでも一応黄色と水色の色鉛筆を用い、辛うじて背黄青せきせいらしさを表現している。


 目的が同じビラを同じエリアに貼っても仕方ないので星川さんと手分けし、それぞれ異なるエリアを巡回。


 ビラをビニル袋に包んで電柱の目の高さの位置にガムテープで貼ってゆく。警察官の許可を得ての行為で悪事を働いているわけではないが、通行人の視線が気になる。


 何かしらあの子、バイ〇グラの販促ビラでも貼ってるの? とか思われる可能性もある。違う、僕はイン〇のビラを貼ってるだけなんだ!


 ビラが尽きたらまだ開店時間前でシャッターが降りているサン〇ビーチで待ち合わせ。店の前には自販機スペースが広く取られているため、立ち止まっていても通行の妨げにならないのだ。


「おつかれさまでした。清川さん、良かったら少し、お茶でもしませんか?」


 ビラを貼り終え、電波式デジタル腕時計を見るともう9時近く。僕はかれこれ1時間以上、星川さんはもっと長い時間歩き回っていたはず。


 僕は誘いに乗り、星川さんに連れられてサン〇ビーチから数百メートル海寄り、和風の甘味処に入った。道路を隔てて学校がある。


 いまでこそ日本のハワイと呼ばれる湘南エリアだが、茅ヶ崎は元々、大名行列も足を休めた東海道中とうかいどうちゅうの茶屋町。


 市内サザン通りに店舗を構えるお茶屋さん『小林園』では『茅ヶ崎茶山さざん』という茶葉を販売している。抹茶入りで緑茶独特の甘味がある深い味わいだ。


「いらっしゃいませ! ご注文は何にしますか?」


 か、可愛い! なんだこの小さなウエイトレスさんは!


 星川さんの傘と同じヨモギ色の割烹着をまとって僕らのテーブルに現れたのは、未就学と思しき小さな女の子。おかっぱ頭で目がくりんくりん澄んでいる。


 ちなみに店先からテーブルまでは彼女の母親と思しきみやびな女性が案内してくれた。


「こんにちはアンズちゃん。私はあんみつをひとつお願いします」


「あ、えと、じゃあ僕は宇治金時うじきんときをお願いします」


「あんみつがひとつと、宇治金時が百個ですね! かしこまりました!」


「いやいやいや宇治金時もひとつです!!」


「ふふ、冗談です♪」


 焦ったぁ。それにしてもなんて可愛いんだ。星川さんみたいに女性的な愛らしさではなく、よしよしとでたくなる可愛さだ。


 しかし小さいのにこんな冗談が言えるなんて、将来は小悪魔女子だろうか。ノリや雰囲気はどこか星川さんと似ていて、もしかしたら入れ知恵をされているのかもしれない。


 アンズちゃんと呼ばれたその子は僕らに一礼して、ひょこひょこと調理場の暖簾のれんの向こうへ消えた。


 L字型の客室はすべてガラス張りになっているが、僕らの着席位置はのきからすだれが掛けられていて外は良く見えない。


 店内は少しざらざらして滑りにくい黒のタイルが敷き詰められていて、座席やテーブルは木製。透明のテーブルクロスや藍色の座布団が敷かれている。通っている学校のすぐそばにあるのに初入店で、なんだかホッとする空間だ。


「あの子、杏子あんずちゃんというのですが、5歳なのに常連のお客さまには接客を任されていて、いつも偉いなって思いながら見守っています。ときどき言葉遣いなどを私が教えたりもして」


「そうなんですか。道理で……」


 やはり入れ知恵されていたか。


「道理で?」


「いえ、なんでもありません」


「え~、気になります!」


 うおっ、ちょっとむくれた星川さんが可愛くてドキッとした!


「気になるといえば、僕も星川さんの自由研究が……」


「あ、あれ、ですか。ではのちほど」


 おや? 星川さんの表情が少々曇ったように見える。

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