【九十丁目】『初めまして。降神町役場の皆さん』
一瞬遅れて、一人の人物がフレームインする。
それは、誰の記憶にもない女だった。
フォーマルな黒いスーツにタイトスカート。
凍りついた滝のような長い銀髪に眼鏡をかけた、二十歳前後と思われる若い女性だ。
鋭い切れ長の目が、良く言えば理知的な、悪く言えば冷たい氷のような雰囲気を漂わせている。
『初めまして。
女の声も氷だった。
一切の感情を消した、無機質な声。
女は、正面に置かれた椅子に座すると、カメラに向かって続けた。
『私は、かねてから貴方達が目指す『人妖合一』の社会に異を唱える者です』
目を細める女。
そして、淡々とした口調で、
『いまここで、お互いの主義主張を論じても時間の無駄でしょうから、手短に行きましょう。私は以前から貴方がたが非常に気に入りません』
女が足を組む。
『そこで、貴方がたが主催しているこのイベントを邪魔して差し上げることにしました』
女はずいっとカメラに向かって身を乗り出した。
そして、僅かに微笑む。
『でも、安心してくださいね?私は無差別攻撃とか、そうした野蛮な真似は好まないので、来場者にまで危害を加えるつもりはありません。その代わりに…そうですね、今年のイベントの担当者に消えてもらいましょうか。それで、このイベントは滅茶苦茶になるでしょう』
喜悦を浮かばせたまま、女性はカメラから顔を離した。
『さて、消えるのは誰でしょうね?…ああ、これを見ている時にはもう消えているかも?』
女性は立ち上がると、ひらひらと手を振った。
『では、さようなら。私からのサプライズイベント、十分に楽しんでくださいね』
そして、女性がフレームアウトする。
そこで映像は終了した。
一部始終を見ていた一同の間に、重い沈黙が落ちる。
「なんてこと…」
唇を震わせて、
「こいつの正体は…?」
「我々が保有する犯罪者リストに照合を掛けましたが、合致する人物はおりませんでした」
「人質を取るなんて、ヒキョーセンボンですネー!」
「それを言うなら『卑怯千万』です、ミス・リュカオン」
犬歯を覗かせつつ、リュカ(
「あわわわわ…く、訓練って聞いてたのに、こんな大事件が起こるなんてぇ…」
泡を吹かんばかりに動揺する
「
「ひいいっ!は、はい!すみませんすみませんん~!!」
それに
「
そして、全員を見渡し、
「まず、状況の整理を行いましょう。下手人についてはいま分かったように詳細なデータは一切なし。ターゲットである
黒塚は秋羽を見やった。
「日羅氏、ここは対特殊犯罪対策のプロとしてご意見を伺いたいのですが、宜しいですか?」
「…常識的に考えれば、まずイベント自体を中止し、警察に通報した上で、彼らに協力してもらい、来場者のチェックを行うのが良いでしょうね」
秋羽が顎に手を当てて語り始める。
「但し、これはあくまでも『常識的に考えて』です。仮に、十乃殿がすでに人質になっていて、犯人がまだ会場にいるとするならば、イベント中止自体は決め手にはならないでしょう。警察の介入も、下手をすれば逆に犯人を追い詰め、結果的に刺激する事態になりかねません」
「では、イベント自体は続行すると?」
秋羽の同僚で、内閣府特別住民対策室の秘書官であり、情報統括官でもある
それに秋羽は頷いた。
「映像の中でああは言っておりましたが、犯人と思われるあの女が、来場者に手を出さないという保障はありません。現時点では止むを得ない措置でしょう。それに、現在進んでいる内容不明の企画というのが、仮に犯人が企てたものであるなら、それを中止させることも相手を刺激する一因になるでしょうしね」
「では、ただあいてのいいなりになるのですか?」
沙槻が耐え切れなくなったように声を上げる。
普段は温厚な彼女だが、想い人である
それに秋羽が静かな声で応えた。
「落ち着いてください、
「あ…そ、そうですね。すみません、つい…」
しゅんとなる沙槻。
入れ替わるように摩矢が尋ねた。
「このままイベントを続けるとして、具体的にどうするつもり?」
「まず、時間を稼ぎます」
そう言うと、秋羽は圓に目をやった。
「そしてその間に…圓秘書官、貴女の妖力で会場をくまなく『視て』欲しいのです」
「私の妖力で…?」
「ええ。確か、貴女の妖力【
「…成程。で、先程の映像の女性を見付けたら、皆様にお知らせすれば良いのですね?」
圓は頷いた。
秋羽は再び皆を見回した。
「私は部下と共に、会場の見回りを…」
「いや、待ってください、日羅氏」
不意に、黒塚が口を挟んだ。
「それについては我々で行いましょう」
「皆さんが…ですか?」
「普通のイベントならともかく、今回のイベントの来場者に関しては女性がほとんどです。そこに男性が多い
「…成程、確かに」
純白のウェディングドレスに包まれた乙女達の間を、漆黒の装束で身を固めた部下達がうろつく光景を想像し、秋羽は嘆息した。
「それに、いまの映像から幾つか分かったことがあります」
そう言いながら、黒塚は指を組んで机に肘をついた。
「まず、下手人は単独犯の可能性が高いこと」
「Why?何故、そう思うですかー?」
リュカの疑問に、一同が頷く。
「理由は簡単です。映像の中で彼女は、はっきりと『私』と言っていました。複数犯なら『私たち』と言うでしょう」
「OH、確かに」
「それともう一つ。下手人は、確実にこの会場に潜り込んでいると思われます」
それにフランチェスカが黒塚を問い掛ける。
「ミス・黒塚、その根拠は?」
「これも理由は簡単です。彼女の最後の言葉を思い出してください」
「ええと~…何でしたっけ?」
首を傾げる巴に、フランチェスカは淀みなく告げた。
「『さて、消えるのは誰でしょうね?』…ああ、成程。そういうことですか」
「えっ、えっ?どういうことですか?」
「私にも分かりまセーン」
巴に尋ねられるも、肩を
それにフランチェスカが説明した。
「彼女は、イベントの担当者である『ミスター・十乃が消える』とは言わずに『誰が消えるか』と言っていました…つまり、犯人はあらかじめ『誰がイベント担当者なのか』を知らなかった可能性が高いということです。では、いつ知ったのか?恐らく…」
「そう、今日この会場で知った可能性が高い。そして、下手人が十乃をそのまま拉致したならば、今もこの会場にいる可能性も高い…ということです」
フランチェスカの言葉を継いだ黒塚に、リュカと巴がパチパチと拍手した。
「ふわわ~、す、凄いです!主任さん、探偵さんみたい…!」
「OH!成程ネー!いわゆる『豆腐代、もっとくれ』ネー!」
「…それを言うなら『灯台下暗し』です、ミス・リュカオン」
目を閉じ、諦めたような口調でフランチェスカがそう訂正した。
そんな能天気なやり取りをする三人を何とも言えない表情で見てから、秋羽に目で訴えかける黒塚。
それを受けた秋羽は、無言のまま、申し訳なさそうに頭を下げる。
「では、早速準備に向かいましょうか」
そう言いながら、圓が立ち上がる。
それに黒塚が訝しげな表情になった。
「準備、とは?」
「決まっているでしょう。皆さん、ドレスアップを急いでくださいね」
ドレスアップ。
その言葉の意図するところに、全員がどよめいた。
「つ、圓氏、まさか我々に花嫁衣装になれというのですか…!?」
動揺を隠せない黒塚に、圓が振り向く。
「ええ。そうですが、何か問題でも?」
不思議そうにそう言う圓。
「い、いや、しかし!我々は主催者側ですし、そもそもそんな必要はないと思うのですが…!?」
「何を仰います。今しがた、貴女自身が言ったではありませんか。『今はこちらの意図を相手に悟られないよう、行動は穏便かつ目立たないよう行うべき』と」
圓は無表情のまま、人差し指を立てた。
「『木の葉を隠すなら森の中』と言うでしょう?花嫁で溢れている会場で行動するなら、目立たないのは、やはり花嫁です」
その言葉に、黒塚は頭を押さえた。
「…
「Wow!私達もウェディングドレスになれるとは、ラッキーねー!」
「あ、私はこのままメイド衣装でいきます。会場にもメイド役の女性も居ますし」
陽気にはしゃぐリュカと、いつも通り冷静な反応のフランチェスカ。
「お、お嫁さんになるんですか!?私みたいなド新人が!?あ、でも『新妻』って新人っぽい感じしますね!?」
一方、よく分からない理論で盛り上がる巴。
そんな面々を前に、摩矢と沙槻は顔を見合わせた。
「…どうする?」
「やります。はなよめいしょうにそでをとおすのは、とおのさまと『めおとのちぎり』をむすんでから…とおもっていましたが、いっこくのゆうよもないなら、ためらっているばあいではありません」
一人、真剣な表情を浮かべる沙槻。
それに嘆息し、摩矢は背中の愛銃を確かめつつ、ぼやいた。
「
「黒塚殿、大事の前の小事です。ここはひとつ、辛抱ください」
頭を押さえたままの黒塚に、秋羽が心配そうにそう声を掛けた。
その腕を「ぐッ」と黒塚が掴む。
「…え?」
目をパチクリさせる秋羽。
そんな彼女に、黒塚が凄惨な笑みを浮かべつつ顔を上げた。
「仰る通りです、日羅氏」
「く、黒塚殿!?」
「これは大事の前の小事。なら…」
黒塚の笑みが深くなる。
「貴女もご協力を」
秋羽の顔が、盛大に引きつった。
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「じゃっじゃーん!どうよ!」
そう言いながら、私…
「お、おおおお~!」
ドレス姿のまま、外で控えていた友人のお
それに視線を向けてきた周囲の人々も、思わず足を止め、私の隣に立つ一人の女性に感嘆の声を漏らした。
そこには、一人の美しい花嫁がいた。
霞の様な純白のヴェール。
白百合をあしらえた
そして、眩しい白波のようなAラインのドレス。
シンプルかつ上品なシルエットで、特に体型を選ばないことから、人気の高いタイプである。
全方位。
完全無欠で。
三国一の。
花嫁だった…!
「ううっ…あのアバズレが…こんなにきれいになって…」
スパーン!!
「誰がアバズレだ、コラ!」
思わず涙ぐんでいた私の後頭部を、三国一の花嫁が
「あいたた…いきなり何てことをするんです、
私が頭を擦りながらそう言うと、花嫁…間車
「それはこっちの台詞だっつーの!散々人を着せ替え人形にしやがった挙句にそれかいっ!」
「あ、いや、すみません。あれこれドレスを選んでいたら、つい母親目線になってしまって…」
「なるなよ…ったく」
呆れたように腕を組むと、間車さんはクルリと背を向けた。
「もう気が済んだろ?んじゃ、これで…」
むんず
「…おい、妹。あたしの肩から手を離せ」
「その前にお伺いしますが、どこに行くんです…?」
「決まってんだろ。こんなゾロッとしたドレスはとっとと脱ぐんだ…あああああ!?」
「そんなのダメに決まってるでしょう!」
間車さんの肩を再び羽交い絞めにし、ドレッシングルームから引きずり出す。
「せっかく着替えたんです、ちょっと会場を一回りしましょう!」
「はあ!?じょ、冗談じゃない!
「褒めてもらえばいいじゃないですか!」
「馬鹿言え、笑われるのがオチだっつーの!」
ドレッシングルームのカーテンに
そんな間車さんに、お虎がにこやかに笑いながら言った。
「恥ずかしがることないですよ、お姉さん!すっごくきれいですから!あと、そろそろ名前教えてくれませんかね!?」
「お前は、名前も知らない相手への誘拐行為を支援してたのかよ!?」
「だって、初対面ですし♪」
「そういや、あたしもお前を知らん!」
そんな風に、私達がぎゃあぎゃあ騒いでいた時だった。
不意に会場にざわめきが広がった。
何事かと視線を巡らすと。
「え?何アレ?」
「何か始まるの?」
来場者の花嫁一同が、ステージの方に注目している。
先程まで、BGM代わりに町民オーケストラによるクラシック生演奏が行われていたが、いつの間にかそれも終わり、ステージ上には一人の女性が立っていた。
「あの人…」
「ん?何だ、ありゃあ」
喚いていた間車さんも、私の視線を追い、ステージの人物に注目する。
そして、
「あ、ありゃあ
「知り合いなんですか、お姉さん?」
お虎がそう尋ねると、間車さんは呆気にとられた表情のまま、
「あたしの同僚の
不意に間車さんの声のトーンが上がる。
「横にいるのは、巡じゃねぇか!?」
「え!?」
私は驚いてステージ上へと目を凝らす。
そこには。
「んー!?んんー!!」
さるぐつわをされ、イスに縛り付けられた最愛の兄の姿があった…!
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