【八十七丁目】「問題ないっしょー、そんなのー」
「へー…で?」
私…
(こ、こいつは…)
頬をヒクつかせながら、私は彼女を睨む。
「あなたねぇ、人の話聞いてた?」
「あー、んー…もぐもぐ…ごくん…聞いてた、聞いてたー」
そう言いながら、うつ伏せに寝そべりつつ、これまた私が差し入れたファッション雑誌をめくる乙輪姫。
足もぷらぷらと振り、行儀悪いことこの上ない。
仮にも女子なのだから、来客時くらいはちゃんとして欲しいところである。
「絶ッッッ対聞いてないよね、ソレ」
イラつく私に、乙輪姫は少しも悪びれることも無い。
あーもー!結局、神様ってのは人間の悩みなんて歯牙にもかけないってことなんだろうか?
「聞いてたよー。要するに、そなたは《《めぐるん》》が好きなんしょ?」
ちなみに「めぐるん」とは、彼女が勝手に付けた兄…十乃
「…そうだけど」
「問題ないっしょー、そんなのー」
とんでもないことを…いや、私にとってはある意味有難い賛同の声なのだが…サラリと言ってのける妖怪神に、私は目を剥いた。
「も、問題無いわけないでしょっ!私達、兄妹なのよ、兄妹っ!」
思わず立ち上がって声を上げる私。
ビックリしたのか、付近の枝から小鳥たちが我先に逃げていく。
それに気付いた乙輪姫が、少し眉を寄せる。
「美恋、ちょっと静かにしてよー。皆、ビックリするしー?」
「あ…ごめん」
「オトメなんだから、も少し慎ましくしないと、めぐるんにも嫌われるよー?」
…あんただけには言われたくないわい。
私は深い溜息を吐いて、腰を下ろした。
さて…
唐突な展開に、固まってしまったであろう諸氏に説明しよう。
ここは“
降神町の郊外にある、人が分け入らぬ深い森だ。
そんな森に、何で私みたいな女子高生がいるのかというと…いま目の前で、ポテチを貪りながら、雑誌を読み
元々、彼女は町の北部にある
そこで人知れず静かに暮らしていたのだが、ある日、その存在が私達人間に知られることになった。
そこからいろいろ紆余曲折があり、彼女vs人間・妖怪での大バトルまで起こったのだが…
最終的に彼女と人間・妖怪は和解し、彼女の身柄は一部の関係者達の協力により世間から
こんな大事件、本来は私のような一介の学生が知るべきことではないのだが…まあ、色々あって私も関係者の一人となってしまった。
乙輪姫は現在、この森の中に住み、一日の大半を「マシロソウ」という白くてきれいな花が咲く花園で過ごしている。
勿論、ポテチを貪っているだけでなく、実に甲斐甲斐しく花々の手入れをしているのである。
理由は簡単。
実は彼女にはヤクモさんという人間の恋人がいる。
不幸な事故で彼は遥か昔に故人となってしまったが、ヤクモさんの魂はこのマシロソウという妖花の力によって現世に留まっているのである。
霊能力がある人間には見えるというが、私にはそんなものはないため、その姿を感知する事は出来ない。
しかし…
かつて、雉鳴山で見た奇跡の一端を目の当たりにした私は、その話を信じざるを得なくなっていた。
今は「ヤクモさんの魂は間違いなくこの花園に居て、今も彼女を見守っている」と確信している。
そんな彼の為に、乙輪姫はこの花園を世話をしながら、番人として彼を守っているのである。
そして、ここからが後日談。
再び安住の地を得た彼女だったが、元々好奇心が強かったのか、困った事に現代文明にえらく興味を示すようになった。
見た目はJKギャルの彼女だが、その身に秘めた力は神代より蘇った「神霊」…即ち、神様に近い妖怪神である。
そんな彼女が、いつ何時気紛れで人間社会に飛び出し、騒ぎを起こすかか分からないため、こうして私が定期的に訪れては彼女の相手をすることとなった。
まったく、世界の命運を一人の女子高生に背負わせるなんて、ひどい話もあったものだ。
しかし、この役のご指名は乙輪姫直々のものだったらしい。
理由は分からないが、えれー迷惑な話である。
まあ、見た目だけは年齢も近いし、最初は流石におっかなびっくりだったが…いざ、接してみると、この娘はそんなに悪い奴ではなかった。
精々、イタズラ代わりに言ってることと逆のことを実践し、時々私を戸惑わせる程度である。
なので、今では学校のクラスメート並みに打ち解け、最初は億劫だった彼女への定期便も、私自身楽しみになるくらいにはなっていた。
で、そこまで打ち解けたせいか、時折、私は彼女に色々な話をすることが多くなった。
学校のこと、家庭のこと、友達のこと…
そして…恋バナもである。
誰にも言えない私だけの秘密を、彼女に話したのは、彼女を信用する気持ちがあったのは勿論、彼女が「この森から出られない」から、話が広がる恐れがないためでもあった。
ところが…
私の決死の告白を、この駄女神は冒頭の一言で一蹴しやがったのである。
「やっぱり、人間と神様とじゃあ感覚違うかー」
嘆息する私に、乙輪姫は心外だと言わんばかりに身を起して抗議した。
「何よそれー、
「そうは言ってないよ…まあ、貴女は知らないかもしれないけど、人間社会ではね、肉親同士の恋愛や婚姻は
俯く私を見て、乙輪姫は少し声を和らげる。
「…そっかー。人間っていうのは大変なんだね。好きな人のことを自由に愛せないなんてー。ちょっと可哀想かもー」
「まーねー…あーあ、いっそ
私は、木陰から覗く青空を見上げた。
乙輪姫も、そんな私に
「神霊や妖怪ねー…まあ、確かにそれならアリかなー」
「へぇ、やっぱり前例があるの?」
「あるよー。妾のおじいちゃんとおばあちゃんー」
私は思わず視線を彼女に戻す。
「ウソ!?マジで!?」
「あれー?知らないー?妾のクソ親父はー『
スサノオって…確か、
彼がお父さんで、その彼の両親って確か…
「でー、妾のおじいちゃんはー『
あ…
そういうことか。
日本神話に出て来る伊邪那岐命と伊邪那美命は、原初にこの日本や神々を生んだ「国産み」「神産み」の夫婦神である。
一方で意外と知られていないが、この二神は兄妹神でもあるのだ。
私は苦笑した。
「成程…道理で『へー…で?』とかっていう反応になるわけだ。身内に思いっきりそんな前例があればねー」
「そーゆーことー」
ニカッと笑う乙輪姫。
そして、
「人間って難しいんだろうけどー、元気だしなよー。神様だってそんなんなんだからー、美恋も悩むことないよー」
「ん…ありがと、
私はそっと微笑みを返した。
彼女なりの思いやりを感じたからだ。
私は再び立ち上がり、ふんす!と鼻息を出した。
「よーし!理解者も得られたことだし!私もクヨクヨしてらんないわね!」
「そーそー、その意気ー!美恋、ガンバー!」
「…そういう台詞は、ポテチの袋に手ェ突っ込みながら言わないでよ」
そんな私達の様子を、見えない姿で、ヤクモさんが苦笑しながら見守っていたのだった。
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「と・お・の・くぅん♡」
「だーれだ?」
特別住民支援課の自席で、一人「ジューンブライドパーティー」の企画を練っていた僕…十乃 巡は、不意にそんな声と共に視界を塞がれ、ちょっと驚いた後に溜息を吐いた。
「
「あらら、バレちゃった」
「それにもう少し驚くと思ったのに」
振り向いた僕に、朗らかな笑みを浮かべる二弐さん(
「いや、バレバレですよ…いきなりだったのには驚きましたが」
僕は少し赤面しながら、顔を背けた。
「彼女独特」の話し方もそうだが…その…「彼女特有」のボリュームを誇る柔らかいものが二つ、後頭部にモロに当たっていたからだ。
「…その、な、何か御用ですか?」
「うん。一人で何してるのかなーって思って」
「あら?これ、この前の企画書の?」
僕の机の上を覗き込みながら、そう言う二弐さん。
僕は頷きながら、視線を卓上に戻した。
「ええ。この前の会議で主任に指摘を受けた部分があったから、修正しつつ、手を加えてるんです」
「ああ、成程ね」
「ドレッシングルームとか駐車場の話でしょ?」
そう言うと、不意に笑い出す二弐さん。
僕は思わず彼女を見上げた。
「何です?」
「ああ、ごめんね。思い出しちゃったのよ…あの後ね、沙槻ちゃんがこう聞いてきたの」
「『ふたにさま、このいべんとは『さらだ』をたべるのがもくてきですか?』って」
僕は唖然となってから、その意味に気付き、二弐さんに釣られて笑い出した。
「あははは…成程『ドレッシング』を勘違いして…ふふっ、彼女らしいですね」
「でしょ?本当に純真無垢な子供みたいよね」
「…でも、そういう娘を泣かせる悪い子もいるのよね」
不意に。
得も知れぬ悪寒を感じて、僕は再び彼女を振り返った。
しかし、そこにはいつもの笑顔の二弐さんが立っていた。
「ん?どうしたの?」
「私、何か変なこと言った?」
「い、いえ」
つっこんではいけない。
何故だか分からないが、そんな気がする。
警報みたいなものが、頭の中で鳴り響いたのも、きっと気のせいだ。
「それはそうと…どうやら煮詰まっているみたいに見えたけど」
「まだ、何か問題が残っているのかしら…?」
「あ、え、ええ…実は主任のアドバイスのお陰で、ドレッシングルームと駐車場の問題は何とかクリア出来たんですが…ミニ企画の方が難航してまして」
ミニ企画…そう、
イベント自体は、ウェディンドレスで着飾った女性参加者と、その他の来場者がパーティー形式で一緒の時間を楽しむ内容を考えている。
勿論、女性参加者には
だが、先の企画会議で主任に指摘された通り、ただパーティーをするだけではイベント自体が間延びし、参加者・来場者共に飽きがきてしまう恐れがある。
ミニ企画とは、その穴埋めをする、いわば余興に近いものを指す。
そこで色々と案を練り上げてみてはいるのだが、いまいち決定打となる案が浮かばなかった。
「成程ね…そういうことなら、一つだけいい案があるんだけどな」
「企画の発案は私の本分じゃないんだけど、主任にはバックアップも頼まれたし…聞いてみる気はある?」
含み笑いをする二弐さんに、僕は思わず振り向いた。
「本当ですか!?」
それは願ったり叶ったりだ。
イベントの準備時間を考えれば、もうそろそろ締め切りもギリギリだった。
決定打とはいかなくとも、今はヒントになるアイディアは一つでも多く欲しい。
「でもねぇ…これは十乃君にはハードルが高い内容だと思うんだけど…まあ、そこはそれね」
「主任や皆には内緒にしてくれたら、当日私がサポートしてもいいわよ?」
思わせ振りに人差し指を口に当てながら、小声でそう囁く二弐さん。
切羽詰まっていた僕は、思わず彼女を拝み倒した。
「わ、分かりました。僕に出来ることなら何でもするんで、ぜひお願いします…!」
それを見下ろし、彼女は目を細めて笑った。
「そんなに頼まれたら仕方ないわねぇ」
「まあ、おねーさんにどーんと任せなさい♡」
それは、獲物を巣に捕えた
そして、頭を下げていた僕は、不覚にも遂にそれに気付く事はなかった。
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