【七十九丁目】「…はーい、次行くよー♪」
「
暴れ回る巨熊…おそらく“
丸太を凌ぐ太さを持ったその腕が振るわれると、仮設住宅はあっという間に
「うわあ…すごい力」
荒れ狂うその様を見ながら、
そんな彼の姿に“鬼熊”も気が付いた。
「グルル…?」
三メートルを超える巨躯が、五歳児程の釘宮くんを見て、少し戸惑ったように首を傾げる。
触れれば即死しそうな相手が、怖れもせずに自分を見上げているのが、不思議なのだろう。
釘宮くんは、口に指を当てて「ん-…」と考え込んだ後、
「やっぱり、その位置じゃ届かないや…熊さん、ごめんね」
トコトコと“鬼熊”に近付く釘宮くん。
「せーの…よっ、と」
「グォ!?」
釘宮くんは、その大木の幹のような足にしがみつくと、一気に“鬼熊”を持ち上げた。
これには流石の“鬼熊”も驚いたようだ。
無理もない。
僕だって、よちよち歩きの赤ん坊にリフトアップされたら仰天する。
「そいや」
そのまま、地面に向けて“鬼熊”を投げ飛ばす釘宮くん。
派手な土煙と共に、巨熊は一瞬で倒れ伏した。
あ、相変わらず、物凄い怪力だ。
確か、伝承では“鬼熊”を仕留め、その毛皮を広げたところ、畳六畳分はあったとされる。
いま目の前にいる“鬼熊”は、それ以上の大きさに見えるから、体重だって恐らく400キロはあるだろう。
そんな巨熊を、あっさり投げ飛ばすのだから、彼の妖力【
「ごめんね。僕の背の高さじゃ、君の首まで届かなかったから」
ああ、そうか。
“鬼熊”の首には、例のセンサーがある。
釘宮くんは、それを取り外すつもりなのだ。
確かに、そうすれば“鬼熊”も正気に戻るだろう。
そう言うと、釘宮くんは動かない“鬼熊”に近付いた。
その瞬間、
「
「わ!」
ガシィ…!!!!
一撃で倒されたと思っていた“鬼熊”が、不意にその剛腕を振るう。
咄嗟に両手で受け止め、足を踏ん張る釘宮くん。
が、踏み止まったものの、体重の軽さが災いし、2、3メートルは後方へ弾き飛ばされた。
何と…どうやら“鬼熊”には大してダメージが無いようだ。
結構派手に投げ飛ばされた筈なのに、恐ろしいタフさである。
「ああ、ビックリした」
「
目を見張る彼の前で“鬼熊”が怒りの咆哮を上げる。
先程は釘宮くんの見た目に油断していたようだが、これで手負いの獣同然になってしまった。
それを見た釘宮くんが、よいしょ、と
「足柄山じゃないけれど、熊を相手に相撲の
「
一方の“鬼熊”も、腕をかっぽんかっぽん鳴らし、指を突きつけ、チョイチョイと手招きする。
…理性がとんでいる癖に、芸の細かい熊である。
「
更にジェスチャーで、胸元に手を持って来て、掌を下に向けて水平に動かしながら、器用に笑う。
どうやら「やーい、チビ助」とでも言っているようだが…
“鬼熊”アウト。
それ、モロに地雷だから。
「はっけよいのこった!」
突然、凄まじい早口で試合開始を告げると、釘宮くんは弾丸の如く“鬼熊”に突進した。
“鬼熊”は知らなくて当然だが、釘宮くんに対し「ガキ」「チビ」「お子ちゃま」といった類の言葉やリアクションは、完全にNGである。
いつもは気の優しい彼も、そうした言葉には容赦がない。
笑い続けていた“鬼熊”は、慌てて迎撃の態勢をとるも、どてっ腹に釘宮くんの頭突きを喰らい、反対に数メートル吹き飛ばされた。
あーあ。
言わんこっちゃない。
「…はーい、次行くよー♪」
天使の微笑みと、怒りの四つ角をこめかみに浮かべ、右腕をグルグル回しながらそう告げる釘宮くん。
その後“鬼熊”は気を失うまで、釘宮くんに小突きまわされることになった。
…皆も普段大人しい人を怒らせないよう、十分に気を付けようね。
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ほぼ同じ頃。
文字通り、大地を揺るがせる大決戦にも決着がつこうとしていた。
『デュニャアアアッ!』
『にゅうどおおぅ!?』
普通に見れば、ほぼ同じ大きさとはいえ、男女の腕力の差があるため、パワー勝負では三池さんが分が悪い。
が、代わりに大きくなってもほぼ変わらない猫特有の瞬発力と柔軟性、おまけに両手のツメが彼女を優位にしていた。
パワーでは勝るものの、動きの鈍い“大入道”は、彼女の素早さに翻弄され、そのツメで引っ掻かれ、みるみる傷だらけになっていく。
おまけに戦い慣れしていないのか、その攻めも甘く、三池さんに軽くかわされてしまう。
今は戦いも佳境に入り、G三池さんが消耗した“大入道”の両足を小脇に抱え、ミスミスと振り回していた。
俗にプロレス技でいう「ジャイアントスイング」である。
…一体どこで覚えてくるんだろ、こういうの。
『デュニャッ!』
十数回旋回させ、そのまま“大入道”の両足を離すG三池さん。
凄まじい地響きを立てて“大入道”は地面に激突した。
そして、そのまま動かなくなる。
僕は思わず声を上げた。
「チャンスです!三池さん、今のうちに彼のセンサーを……え?」
何だ…?
何だか、G三池さんの様子が変だ。
フラフラと、酔っ払いみたいな足取りになっているような…
『デュニャ~…』
…もしかして…
目ぇ回してるーっ!?
あーもう、やり慣れない技なんて使うから…!
「ちょっ…しっかりして、三池さん!」
僕の声が聞こえているのか、手を上げて応じるものの、その足取りは怪しいくらいにおぼつかない。
そうこうしているうちに…
『…にゅうどおぉぉ~!』
何と“大入道”が復活してしまった!
ま、マズイ!
これは大ピンチである…!
「三池さん、前!前ー!」
勝機を察した“大入道”が、G三池さんに迫る。
が、目を回した三池さんはあっさり掴まり、羽交い絞めにされてしまった!
ぴこーん!ぴこーん!
彼女が付けているチョーカーの鈴が、赤く点滅する。
あ、あれって…もしかして、カラー○イマー!?
…そうか!
彼女の妖力【
そのリミットが、遂に訪れようとしているのである。
「頑張れ―!負けるな、三池さん!!」
声援を送るものの、スリーパーホールドに移行されたG三池さんは、頸動脈を絞められ、半ば意識朦朧となっているようだ。
『デュ…ニャ…』
『にゅうどおおお~』
勝利を確信したかの様に“大入道”が笑う。
その瞬間、僕は閃いた。
そして、あらぬ方向を指差し、大声で叫ぶ。
「あーっ!あんなところに高級スーツに身を包んだ、金持ち風のイケメンボンボンがーっ!」
『デュニャッ!?』
グッタリしていたG三池さんの頭が、やおら跳ね上がる。
その拍子に、
ガツン!
『にゅどっ!?』
油断していた“大入道”の顎に、三池さんの後頭部がモロに激突した。
その拍子にガッチリ決まっていたスリーパーホールドが、あっさり解かれる。
おお!まさか、これ程上手くいくとは!
以前、プロレス好きの友人に付き合わされ、試合を見に行った時の記憶がこんなところで役に立つなんて、夢にも思わなかった。
『デュニャ~…』
「三池さん、今がチャンスです!」
痛かったのか、後頭部を押さえていたG三池さんが、僕の声に反応し、頷く。
『デュニャアアアアアアアアーッ!!』
(訳:100万妖力+100万妖力で200万妖力ーっ!!)
掲げた両手のツメが鋭い光を放つ。
そのまま、空高くジャンプするG三池さん。
『デュニャニャアアアアアーッ!!』
(訳:いつもの2倍のジャンプが加わり、200万×2の400万妖力ーっ!!)
更にそこからドリルのように回転しながら降下する。
『デュニャ!デュニャニャ!デュニャニャアアアアアーッ!!」
(訳:そして、いつもの3倍の回転を加えれば、400万×3、“大入道”あんたを上回る1200万妖力よーっ!!)
怪しげな理論でパワーアップしたG三池さんの身体が、光を放ち、矢のごとく飛来する。
狙いは“大入道”の首だーっ!!
ばつん!
G三池さんの鋭いツメは、狙い違わず“大入道”の首にはまっていたセンサーを断ち切った。
「にゅう…どおぉぉぉ~…」
ずしーん!!
膝から崩れ落ち、倒れ伏す“大入道”
そのまま、元の人間大の大きさになるを見届け、
『デュニャッ!!』
G三池さんは一つ頷くと、空を仰ぎ、ジャンプした。
そのまま、どろん!という音と共に、元の大きさになる三池さん。
「あー、疲れた~」
ぐったりする彼女を背に、僕は空を見上げる。
そして、勝手なモノローグを胸の内で呟く。
“かくして、罪のない妖怪がまた一人救われた。
ありがとう、G三池さん!行け行け、僕らのG三池さん!”
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同じ頃。
「これでどうですか」
ザザザザザ…!
津波と化した大量の砂が、
そのまま飲み込まれるかと思いきや、大男は法螺貝を口に咥えた。
ブオオオオオオオオオオオオーッ!!
低く大きな法螺貝の音色が、砂の津波を一瞬で蹴散らす。
「
薄く笑う大男。
対する
そう。
何と、沙牧さんは予想外の苦戦を強いられていた。
無論、地の利は彼女にある。
しかし、彼女の相手となった僧形の大男…“
“貝吹き坊”は、備前国(いまの岡山県)和気郡に伝わる妖怪だ。
熊山城という城跡の堀に棲んでいたとされ、法螺貝を吹く音のような声をあげるものの、姿を見た者はいないとされる。
「
先刻から四字熟語のみで会話をする“貝吹き坊”
ちなみに「優勝劣敗」とは「能力が勝っている者が勝ち、劣る者が負ける」という意味だ。
口惜しいが、状況的には事実だ。
砂は振動に弱いため“貝吹き坊”の持つ法螺貝から発する振動音波は、沙牧さんの操る砂を無力化してしまう。
正直に言えば、地の利を得ても、相性が悪すぎる相手だった。
「
「あらあら、縁起でもないことを言わないでください。うちの経営が傾いたら、どうしてくれるんです?」
困った顔でそう言う沙牧さん。
そして、手を水平に伸ばし、目を閉じる。
「【
沙牧さんの掛け声と共に、周囲の砂が渦巻き始める。
それは見る間に激しさを増し、天へと登って行った。
凄い…!
まさに砂の竜巻だ。
本来“砂かけ婆”にここまでの力は無い。
余程ここの砂と相性がいいのだろう。
沙牧さんが指を指すと、うねる竜巻が“貝吹き坊”に迫る。
先程の砂津波を上回る砂の竜巻に、しかし“貝吹き坊”は不敵に笑った。
「
そう言うと“貝吹き坊”は大きく息を吸った。
そして、今まで片手で持っていた法螺貝を両手で支え持つ。
同時に足で大地を踏みしめ、腰を落とす。
明らかに今までと吹き方が違う…!
「【
そのまま妖力を発動させ、法螺貝を思い切り吹く“貝吹き坊”
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…!!!
大気を振動させる法螺貝の音が、放たれる。
迫る砂の竜巻に、凶悪な威力を秘めた不可視の指向性音波が衝突した。
「っ!」
瞬間、砂の竜巻が見事に吹き散らされる。
それだけでなく、その向こうにいた沙牧さんが、大きく吹き飛ばされた。
「沙牧さんっ!」
宙を舞う彼女の身体を、地上から伸びた砂の膜が受け止める。
そのまま減速し、地上に降り立つ沙牧さん。
良かった、無事のようだ。
と、僕は慌てて視線を逸らした。
彼女に外傷は無いようだが、髪が解ほつれ、着物が一部破けている。
特に、着物の裾が乱れ、白く艶めかしい足が露出していた。
何とも際どい格好である。
「…これ程とは。参りましたね」
乱れた着物を正しながら、沙牧さんは耳に手を当てる。
「お陰で耳が聞こえなくなってしまいました」
どうやら、あの音波にはそんな効果もあるようだ。
沙牧さんは、困ったように頬に手を当てた。
「それにしても…やはり、私の妖力はことごとく無効化されるようですね…仕方がありません」
「敗北宣言?」
「…何か仰っているようですが、聞こえませんわ」
勝ち誇る“貝吹き坊”に、沙牧さんは髪に巻き付いていたリボンを解き、片端を口に咥える。
そのまま、着物の袖を固定し、たすき掛けにする。
そして、太ももを晒すのも厭わず、裾を短くまとめた。
動きやすい格好になると、沙牧さんはニッコリ笑った。
「では、参りますよ?」
そう言うと、沙牧さんは地を蹴った。
驚いたことに、その速度が尋常ではない!
良く見れば、彼女の足元の砂が、高速で動くベルトコンベアーのように動いている。
しかし…
「…諸行無常」
駄目だ、距離があり過ぎる!
案の定“貝吹き坊”は再度大きく息を吸い、法螺貝を構えた。
まずい…このままでは、至近距離で先程の殺人的な音波を受けることになる!
そんな中、沙牧さんは滑るように移動しながら、右手を大地に当てた。
「【砂庭楼閣】・第五楼“
瞬間。
“貝吹き坊”の足元が流砂と化す。
「驚天動地!?」
思い切り足を踏ん張っていた“貝吹き坊”は、思わぬ事態に驚愕した。
既にその
或いは。
ここで構わず妖力を解き放っていたら、彼の勝利だったかも知れない。
この一瞬の隙が、彼にとって後の悲劇を招いたと言えた。
「失礼しますね~、それっ!」
“貝吹き坊”の目の前まで到達した沙牧さんは、ジャンプすると、そのままお尻から“貝吹き坊”の厚い胸板に着地した。
丁度、身動きできない彼を押し倒す格好になる。
慌てふためく“貝吹き坊”の上で、沙牧さんは右手を天に掲げて、柔らかな微笑みを浮かべた。
「いきますよ?【砂庭楼閣】・第八楼“
パアン!
笑顔のまま、強烈なビンタを“貝吹き坊”に見舞う沙牧さん。
…へ?
パアン!
パン!
パアン!
ビビビビビビビビ…!
驚愕する僕の目の前で、笑顔の沙牧さんは容赦のない往復ビンタの嵐を繰り返す。
「ホラ!ホラ!まだまだいきますよ!」
「
成す術なく、目を白黒させる“貝吹き坊”
その頬がみるみる腫れていく。
一方の沙牧さんは、高揚しているのか、その頬に赤みが増し、心なし瞳が潤んで見えた。
「どう!ですか!私の!妖力は!」
際どい格好で男に跨り、容赦呵責が一切無い責めを加え続ける
いや。
もはや妖力関係ないし。
それどころか、沙牧さんには「センサーを解除する」という選択肢すらなさそうである。
「か…完全…敗…北…!」
「ですから!何も!聞こえません!から!」
パアン!
パン!
パアン!
ビビビビビビビビ…!
「た、他…力…本願んんんん~!!」
悪鬼の如き沙牧さんのビンタに、遂に僕に助けを求めてくる“貝吹き坊”
彼が犯したもう一つの失敗。
それは、不可抗力とは言え、彼女を敵に回してしまったことだった。
「因果応報」
凄惨を極める蹂躙劇を前に、僕は“貝吹き坊”に合掌した。
くわばらくわばら。
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そして同じ頃。
“
男女はそれぞれ蒼紅の鬼炎を操り、鉤野さんを挟み打ちにしている。
「ひゃははは!どうした、それが全力ジャン!?」
「全然歯応えがないじゃーん!」
チャラい格好をしたこの男女は、どうやら“じゃんじゃん火”らしい。
“じゃんじゃん火”は、奈良県各地に伝わる怪火である。
「じゃんじゃん」と音を立てることがその名の由来で、心中した男女などの霊が、火の玉に姿を変えたものとされていた。
“じゃんじゃん火”は、男性が蒼い鬼炎、女性は紅い鬼炎を繰り出し、まるでジャグリングのように高速で打ち出しては受け止め、更に相棒へと打ち返している。
挟まれた鉤野さんは、鉤毛針を繰り出そうとするも、鬼火に阻まれ、身動きもままならない。
いや。
いつもの鉤野さんなら、これくらいの攻撃などものともしないだろう。
どうやら彼女は、これまでの経緯から彼ら…凶暴化した妖怪達に本気を出せないようだった。
「お願いです!私の話を聞いてくださいまし…!」
「はあ?そもそもアンタ、誰ジャン?何言ってるか分かんねぇジャン!」
「いいから、とっととこの女も燃やすじゃん、ダーリン♡」
どうやら、理性を失うのと同時に、鉤野さんのことも忘れてしまったようだ。
女の“じゃんじゃん火”…面倒だから、仮に「じゃん子」としよう…が、そう言うと、男の“じゃんじゃん火”…同じく仮に「ジャン男」とする…が、頷いた。
「OK!来るジャン、ハニー!二人で一気に決めるジャン!」
そう言うと、ジャン男は両手に蒼炎を
「了解じゃん!とうっ!じゃん!」
一方のじゃん子も、両手の紅炎をなびかせ、宙を飛び、ジャン男の傍らに立つ。
「いくジャン、おばさん!」
「二人の愛の炎で、燃え尽きるといいじゃん!」
「お、おば…!?」
こめかみを引くつかせる鉤野さんの前で、ジャン男とじゃん子は、互いの両手をつないだ。
「さあ、最後の仕上げジャン!」
「うん!いくじゃん、ダーリン!」
まるで社交ダンスのようにくるくると舞い、ポーズを決める二人。
「「二人の拳がじゃんじゃん燃える!」」
どこかで聞いたようなフレーズで“じゃんじゃん火”が口上を述べ始める。
「全てを燃やせとッ!!」
「
二人の拳の炎が、大きく燃え上がる。
これは…まさに「愛の炎」!?
「「よおおおりょくッ!!」」
「
「
「「ラァァァブラブゥッ!!
「【
長ったらしい口上がようやく終わろうというその瞬間、鉤野さんの鉤毛針が、一瞬で二人をグルグル巻きにする。
硬直したまま突っ立っていた“じゃんじゃん火”達は、我に返ると自ら置かれた状況に気付き、騒ぎ出した。
「な、何ジャン!?これはどうしたことジャン!?」
「人が決め台詞を言ってる時に、何てことするじゃん!?」
ギャーギャー喚く“じゃんじゃん火”に、鉤野さんが髪を掻きあげて言う。
「だって…あまりに長すぎるものですから、つい」
「あり得ないジャン!あんた、セオリーってものを知らなさ過ぎるジャン!」
「ヒーロー・ヒロインが口上を述べてる時、悪役は攻撃しちゃいけないじゃん!」
こめかみを押さえる鉤野さん。
「あ、悪役って…あのですね、私はあなた達を正気に戻そうと…」
「これだからおばさんは困るジャン!」
「年寄りは頭が固くて駄目じゃん!」
再びこめかみをヒクつかせる鉤野さん。
「いえ、私はそんな歳では…」
「言い訳無用ジャン!見た目ですぐに分かるジャン!」
「ケバい化粧で誤魔化しても、寄る年波は隠せないじゃん!」
一応弁明すれば、鉤野さんは多少大人っぽい顔立ちをしてはいるが、そんなおばさんみたいな顔立ちはしていない。
もっとも、ここのところ続いた騒動で、
沈黙する鉤野さんに、二人は調子に乗って更に声を上げる。
「そら見ろ、言い訳できないジャン!」
「分かったら、すぐにこれを解くじゃん!」
「…分かりましたわ」
鉤野さんの声が、これ以上なく低い。
やや
「穏便に説得で終わらせようと思っていましたが…」
その顔が上がる。
それを見た“じゃんじゃん火”は、息を飲んだ後、ガクガクと震え出した。
「な、何ジャン…?」
「おばさん、顔が怖いじゃん…」
「どうやら、それは過ちでしたわね。あなた達に必要なのは説得の言葉ではなく…」
丁度、鉤野さんが背を向けているので、こちら側からは彼女の表情は見えない。
見えないが…“じゃんじゃん火”の脅えた様子を見た限り、それで良かったと思う。
「ひ、ひいいジャン!?」
「ダ、ダーリン、マジで怖いじゃん!」
「お仕置き、ですわ」
鉤野さんがそう宣告する。
「「ひぎゃああああああああああああ!?」」
こうして。
“じゃんじゃん火”達は、限界まで鉤野さんに鉤毛針を引き絞られ、痙攣しながら絶息したのだった。
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