【七十二丁目】「私も妖怪ですし?」

「これは一体どういう事ですの!?」


 思わず席を立つ鉤野こうの針女はりおなご)に、円卓に座した全員の視線が集中する。

 定期的に開かれる「K.a.Iカイ」顧問への報告会で、鉤野は衝撃的な事実を知った。

 「muteミュート」が、現在行っている特別住民ようかい支援事業の発展形として企画した“プロジェクト・MAHOROマホロ

 「muteミュート」が所有する孤島に、妖怪達が好む環境を再現することで半定住化させ、彼らのメンタルストレスを軽減。そこで更なる人間社会への適合カリキュラムを習得させようという大計画である。

 「muteミュート」日本支部長であり「K.a.I」総括責任者である烏帽子えぼしから、事前にその計画の存在については知らされていた鉤野だったが、その烏帽子自身の口から、衝撃的な報告がもたらされたのだ。


「落ち着いてください、鉤野さん。きれいな髪がスゴイことになってますよ」


「し、失礼しました」


 烏帽子にそう言われ、鉤野は他の顧問からの視線に気付き、思わずかぎ状に変化してしまった髪を整える。

 そうして気を落ち着けつつ、取り敢えず、鉤野は声のトーンを下げた。


「ですが、こんな…いきなり計画を実行に移すなんて…」


「ですから、誤解ですわ、鉤野さん」


 烏帽子は悠然と微笑んだ。


「正しく言えば、これは計画実行前の、言わばテストプロジェクトです。以前にお話しした際、計画賛同への回答を迷われている方もいましたので、僭越せんえつながら急遽スケジュールを組んでみたのです」


 チラリと「MEIAメイア」の若社長を見やる烏帽子。

 その視線を受け、若社長が苦笑する。

 烏帽子は居並ぶ顧問を見渡した。


「今回のテストプロジェクトでは、現在『K.a.I』受講者の中からテストプレイヤーを選抜。彼らは妖怪達の代表として島に渡航し、一定期間を過ごす事になります。島内の一部は既に本番に近い形で整備が終了しておりますので、ご安心ください」


 そして、ニッコリと微笑む烏帽子。


「我が社としては、このテストプロジェクトを行う事で、その結果を通じて、皆様に“プロジェクト・MAHORO”の有効性を裁定していただきたいと思っております」


 最後は、立ち尽くす鉤野に向ける様に、烏帽子が言った。


「それは分かりますが…」


 鉤野は配布された資料に改めて目を落とす。

 そこには、今回島へ渡航するテストプレイヤーとなる妖怪達の氏名等が掲載されていた。

 鉤野は、その中に自分が良く知る男の名前を見つけたのである。

 その瞬間、鉤野の全身を衝撃が襲った。

 故に、思わず冒頭の言葉を烏帽子に向けたのだ。

 鉤野は席から立ったまま、烏帽子を見据えた。


「…烏帽子さん、質問があるのですが」


「どうぞ、何なりと」


「今回のテストプレイヤーは、一体どういう条件で選抜されたんですの?」


 鉤野は挑みかかるような目つきで烏帽子に問い掛けた。

 気を落ち着けようとするが、かねてから積りに積っていた「muteミュート」への不信感が、持ち前の正義感も相まって発露してしまっている。


「今から説明するところでしたのに…鉤野さんはせっかちですのね」


 クスリと笑う烏帽子。

 神経を逆撫でするその笑いに、無意識に奥歯を噛みしめる鉤野。

 そんな鉤野の様子を一切気にせず、全員を見回して烏帽子は続けた。


「今回のテストプレイヤーは、私達『muteミュート』の専門スタッフによって、受講者から選抜を行っております。その基準は健全な肉体と精神を持っていることは当然として、鬼、獣、器物霊など妖怪各種から性質差を加味し、無作為に選抜を行いました。そして、一部の志願者もおりますわ」


「その『受講者』の範囲には、も含まれているようですが?」


「あら、お気付きですか?」


 鉤野の言葉に少し驚いたように烏帽子が目をしばたたかせた。

 そして、ニッコリと笑い、


「先日、一人だけいい感じの子を見つけまして」


「い、いい感じ…?」


「ええ。ワイルドで生命力に溢れていて、何よりやんちゃでハンサム…あら、これは関係ありませんでしたわね」


 艶然と髪を掻き上げる烏帽子。


「くっ…か、は同意しましたの?本人の承諾は…!?」


 もはや「睨む」というくらいの視線で烏帽子を射抜く鉤野。

 それを笑みを崩さずに受け流す烏帽子。


「私がじっくり直接訳を話したら、快諾してくれましたわ♪」


「…あ、あの単細胞っ…!」


 低く小声で呟き、歯ぎしりする鉤野と余裕の笑みを浮かべる烏帽子を見比べ、顧問の男性陣は、いま女性二人の間で何か自分達には知覚し得ない次元で、女の戦いが行われているのを本能的に察した。

 故に、饒舌な楯壁たてかべですら口を挟むことをはばかった。


「あら、もしかしては鉤野さんのお知り合いですの…?」


「…ええ、まあ」


「もしかして…恋人、とか?」


「ちちちち違いますわッ!!だ、誰があんな野蛮人なんか……っ!?」


 思わず激昂しかけ、周囲の視線に気付く鉤野。

 咳払いし、声のトーンを普段に戻す。


「…それは貴女には関係がありませんわ」


「完全に否定はなさらないんですね」


「…っ!!」


 挑発するようなもの言いだ。

 だが、鉤野は理性を総動員させて耐え、席につく。


「失礼。このような場所でプライベートに触れるのはマナー違反でしたね」


 勝者の笑みを浮かべ、見下ろしてくる烏帽子に、鉤野は内心はらわたが煮えくり返る思いだった。


(この女…この前の仕返しのつもりですの…!?)


 先の報告会で“プロジェクト・MAHOROマホロ”の実行に賛同を示さなかった顧問は、鉤野の他にも何人かいた。

 この女は、その何人かが妖怪である鉤野が賛同しなかったことを見て、同様に賛同を渋ったと思ったのかも知れない。

 それにしても…と、鉤野は親指を噛んだ。

 あの喧嘩馬鹿は一体何を考えているのだろうか?

 よもや、烏帽子の色香に惑わされ、口説き落とされたのではないか?

 同性の鉤野から見ても、烏帽子の魅力は感服する程だ。

 彼女に説得、もしくは懇願されれば、男性なら誰でも心揺れ動くことだろう。


(何ですの!何ですの!?あんな年増に籠絡されるなんて!「muteミュート」のことを調査するとか言って、結局は女漁りに…)


 そこで鉤野はハッとなる。


 「muteミュート」の調査。


 あの男は、それを目的にしていた節がある。

 なら、このテストプロジェクトに首を突っ込んできたのは、もしかしたら…


「烏帽子さん」


 鉤野はユラリ、と再度立ち上がった。

 そんな鉤野を、烏帽子は不審げな顔で見る。


「何でしょう?」


「先程、テストプレイヤーの中には『志願者もいた』と仰いましたね…?」


「ええ。言いましたが…それが何か?」


「成程…では、もう一つ」


 鉤野の目がキラーンと光る。


「テストプレイヤーの席に空きはありますの?」


 鉤野の執念に満ちた視線に、烏帽子は得体の知れない悪寒を感じながら、頷いた。


「空きですか?まあ、あることはありますが…」


 それを聞くと、今度は鉤野が勝利の笑みを浮かべる。

 スッと手を上げると、鉤野は身を仰け反らせ、烏帽子を見下ろすように言った。


「では、一名追加で。勿論、構いませんわね?」


 絶句する烏帽子と楯壁達顧問一同を見回し、鉤野はトドメの一言を告げた。


わたくしも妖怪ですし?」


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「ぶえっくしょい!!!…うー、何だ?急に…ふぇ…ぶえーっくしょい!!!?」


 その頃。

 飛叢ひむら一反木綿いったんもめん)は、言い得ぬ悪寒を感じていた。

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