ウラジーミルのやべーやつ

 本田花子は図書委員である。


 故に図書室の本の貸し出しや返却、また返却された本を本棚に戻す等の作業を行なっている。


 すると自然と図書室内での本の人気というものに詳しくなってゆく。


 ……人気のあるのはライトノベルだ。最新作はもちろん、そこから遡るように一巻目もよく貸し出される。飛び飛びで借りていく人が多いのは休み時間に読み終えて続きは持ち帰って、という生徒が多いからだろう。


 次は一気に減って少し前のベストセラーとか、推理モノなんかもそこそこ貸し出される。あとは体育会系の部活の生徒なんかがトレーニング等の本を借りてゆくが、すぐ返してくるかなかなか返してもらえないかのどちらかだった。


 その中で一冊、男子にぶっちぎりに人気のある本があった。


 洋書の和訳したもので、古くてボロボロで、ページに折り目なんかもあって、それだけひっきりなしに読まれている本だった。


 この本の存在は当然花子も知っていた。だがあまり興味は抱かなかった。


 それは花子の持つ、本来、読書とは個人的な行為であったはずだ、というのにも起因する。


 なのにその本を、図書委員の既得権益を流用し半ば職務上横領に近い形でわざわざ借りたのは、栞悠太郎のためである。


 クラスメイトとはいえ他人、それも男子で……気になる相手に、これは神様の贈り物かはたまた悪魔の遊びか、本田花子のお薦めの本をお薦めする、というイベントが舞い込んできたのだ。


 それは本田花子にとってこの上なく幸福なことであり、同時にプレッシャーでもあった。


 そんな彼女が一般男子の趣味趣向に関してリサーチしようとし、そのために人気のある本を手に取る、というのは自然なことだった。


 …………などなど、本田花子は理論武装を重ねながら自分の名前を貸し出しカードの二番目に書き込んだのだった。


 そして読む。


 静かな図書室、物語へと没頭する。孤独で、カ甘美な時間、だけども彼が来たらすぐにわかった。


「本田さん」


 声をかけてくれた悠太郎に花子ははにかんだ笑顔で会釈を返す。


「本田さん、今日はどんな本読んでるの?」


 親しげな、友達に話しかけるような悠太郎が眩しくて、花子は少し視線を外しながら本の表紙を見せた。


 ウラジーミル ナボコフ 著 大久保康雄 訳 新潮文庫。


 肝心のタイトルが指に隠れてるのに気がついて慌ててどかす。


『ロリータ』


 …………悠太郎は今までに見せたことのない、なんとも形容しがたい表情で固まった。



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