第6話

陣湯庵はあの碧家の姫君とは昔馴染みであった。それは彼の父親がその碧家に出入りし、関わっていたことから始まる。




前にも説明したが、先先代が立ち上げた商売を彼の父親が受け継ぎ、碧家、つまり王家の血筋の一族に他国から取り寄せた珍しい装飾品等を売っていた。



しかし、その他国から取り寄せた首飾りが偽物だと知らず、碧家にその首飾りを売ったそうだ。


そこに首飾りにつけた宝石を他の者が鑑定したら、宝石は偽物だとわかり、陣家の一家を罪人として捕らえた。



だが、陣家は代々その碧家に仕え、昔馴染みの専属商人だ。



一度の失敗に処刑するのはと、碧家の姫君の父親、碧州の刺史は無慈悲を見せた。



処刑を取り消す代わりに息子の湯庵を人質代わりに王家の兵にして、一生使えることを命じたのだ。



そこから湯庵は姫と主従関係となり、彼女が嫁ぐことになった事で、碧刺史は皇宮について行くように命じられたのだ。



だが、姫が入るのは後宮で、武官である彼は中には入れない。



それを知っているはずなのだが、碧刺史は王家に湯庵を売り、翠国のための武官として彼を隊に入れたのだ。



そのせいか、湯庵は姫君とはまだ主従関係であり、彼女の言葉には逆らえないのだそうだ。



この話を雷辰から聞いて、初めて知った珠華は驚いた。



あの碧蘭姫と主従関係なんて!!



彼女は刺史の娘であり、王家の血筋を受け継いだ事で溺愛されワガママに育ったようだ。主従関係である湯庵をこき使うのは当たり前だと思っている。



普通なら嫁いだ瞬間から、国の武官を簡単にこき使う立場ではないのだが、そこの所を良く理解していない妃である。



「…ば、馬鹿な…」



思わず珠華はつぶやき、ハッとした。



雷辰を見ると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。



「お前の言うことはわかる。現皇帝と遠縁の姫君ではあるが、あの手の家に生まれてきた者は大半が我儘過ぎる娘ばかりだ。湯庵もそれは知っているが、やはり仕えてきた時の癖が直らんようだな」



彼にしてみれば頭の痛い話である。




「ですが、未だに従わせるのはさすがにいけないことです。湯庵様は武官としてきちんとこの国の試験も受けた身でしょう?なら、それなりの対応が必要です。それを誰か、口添え出来る人はいないのですか?」



「それが出来る者がいればそうしている。お前から話を聞かされて、ついに来たかと思った程だ。湯庵を罷免するだけでなくこの国からの追放も時間の問題だな」



雷辰の話は急ではない。彼がそれを事前に知っていたのなら皇帝陛下の耳にも入っている筈だ。



ならあのとき菅内侍から聞いた洸縁はすでに知っていて、敢えて詳しく聞き出していたのか?



「そのことを雷辰様が知っているなら、洸縁様もご存知ですよね?」



一度確かめる為、珠華は訝しげに尋ねてみた。



「はっ?洸縁?そんなの当たり前だろ。一番初めに気づいたのは多分、奴だぞ。湯庵に目を光らせておけと言ってきたのは洸縁だ」



やはり洸縁は知っていた。



何故かそのとき、珠華は違和感を感じた。



張洸縁は、彼女の先の先を予知している。



珠華がまだ知らなかった事さえずっと様子を伺い、この騒ぎに乗じて次々とその重要な事が明るみに出るまで動かなかった。


(まるで、時期を待っている気がする。皇帝陛下の敵となる者達を全て排除するような…)



それはただの憶測に過ぎない。



たまたま重なって、明るみに出てきただけかもしれない。



即位する前後等、彼等は多忙だった。後宮の中も彼が即位するからと先代の妃嬪たちを一掃し、新しい花嫁を娶ることで新たに緑琉凰だけの花嫁を集めた。



しかし、そのやり方は歴代の皇帝達と異なる為、当時権力一の尚書令やその関係者は先代の妃嬪だった者を数名、後宮に残す手立てをしたらしい。



それを皇帝の琉凰は知っていたのか、皇后の候補に一番近いとされる四夫人、つまり貴妃の位は自分で選び抜き、決めた。



しかし、後の三人は別だった。



先代からの妃嬪だった朱茗恋は淑妃となり、先程話題に出た碧蘭姫と珀香凛は新しく後宮入りした者だが、蘭姫はあの尚書令が手引きして賢妃にと薦めた花嫁だ。



徳妃である珀香凛も、祖父が関係している。



「何か、おかしいわ…」



それは独り言で、自分に問いかけたものだった。



だが、それを自分に問いかけたのかと雷辰は思ったようだ。



珠華の呟きを聞き、彼は険しく眉を吊り上げた。




「何がおかしい?」



聞き返してきた彼に、珠華ははっとした。



(ここで、彼に言っていい話か?雷辰は洸縁とも昔馴染みで仲が良い。今、洸縁が私の憶測通りのことをしようとしているのなら私が無闇に言っていい話じゃない…?)



珠華は頭の中で考えた事を一度整理すると、難しい表情で雷辰に鋭い視線を向けた。



「雷辰様。洸縁様って、いつから皇帝陛下の側に居ましたか?」



単純に、いつから洸縁がか知りたい。



「何故いきなり、そんな事を?」



予想だにしていなかった答えだったのか、雷辰は驚いたように目を見開いた。



「これは私の憶測です。まだ調査中だし、確証のない話。でも、雷辰様が本当に陛下の事を思っているのなら、あなたにも協力してほしい」



ここに来て、目的が変わってきていた。



珠麗の為が、陛下の為にもなっていた。



「それは、お前に言われなくても陛下の事は思っている。何を聞きたいのか知らないが、俺に協力を頼んでもその手の難しい事は知らないぞ」



「いや、それでいいんです。むしろ、その方が邪魔にならないと思いますから…」



珠華が微かに苦笑し、それでもいいと答えると、雷辰は訝しげに首を傾げた。



それを見て内心笑いつつ、珠華は洸縁が考えているかもしれない仮説を、彼にも話してあげた。




























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る