4-番外編【ただ、会いたい】
☆須藤飛鳥
キーンコーンカーンコーン
ありきたりなチャイムの音が少女。飛鳥の耳に入る。彼女はバッグに肩にかけて、早足で体育館に移動する。
飛鳥は、ただの高校生だ。普通の家族に囲まれ、普通の友人と遊び、普通に憧れの先輩に恋する。そんな、平凡な少女。
「やっほー飛鳥っ」
彼女が体育館に着くと、一人の少女が声をかけてくる。友人の、巴。同じ剣道部に所属している、何かと馬が合う少女だ。
飛鳥も同じような挨拶を返す。平凡な毎日だが、彼女はそれを愛していた。刺激なんて、欲しくない。欲しいのはステキな家族に友人……そして可能なら、恋人。
恋人以外は全て揃っている。着替えながら飛鳥は改めて平凡な幸せに感謝して、目を閉じる。遠くから巴が呼ぶ声が聞こえたので、彼女は慌てて友人のもとに走る。
彼女が所属している部活は、剣道。生まれた頃からやっていたわけじゃないが、ここに入ったのには理由がある。そんなことを考えていたら、巴が小声で耳打ちをしてきた。
「ほら、あんなの好きな先輩、あそこにいるわよ」
そう言葉をかけられて、顔を真っ赤に染める。彼女がここにきたのは、そんな先輩がいるから。だから、剣道も耐えてやることができる。
元々運動は好きである。最初は臭いしきついしで嫌だったが、今はもう慣れた。それにあの人のためなら、少しは我慢できる。
剣道に打ち込む自分。それをあの先輩に少しでも見てもらおうと、彼女はいつも以上に躍起になっていたのだった。
◇◇◇◇◇
家に帰り、母に帰ったことを報告する。母もその言葉におかえりと一言返し、今日何があったかを聞いてくる。
飛鳥はこの時間も好きだ。何があったかを、細かく。そして丁寧に伝える。嬉しそうに話しを聞いてくれる母を見ると、飛鳥も自然と嬉しくなる。
母が用意してくれたおやつ。今日はどら焼きのようで、それを食べたら、また話す。口の中にどら焼きの餡の甘さが広がり、幸せだった。
こんな単純なことで幸せを感じていいかわからない。でも、いいじゃないかと彼女は呟く。少なくとも、不幸よりかはマシだ。
そうこうしていると父が帰ってくる。飛鳥は父のことも大好きだ。自分たちを支えてくれる大きな柱。
それはとても安心する。高校生にもなって帰ってきた父に抱きつくのは恥ずかしいかもしれないが、アメリカとかじゃ普通だ。ならば問題はない。
これからもこの毎日を大切に生きたい。そう彼女は思っていた。
やることも終わらせて、よし寝るかといった時、彼女のスマホにメールが届く。巴からかな?と思いみると、そこに書いてあったのはいたずらとしか思えないようなメール。
何故か削除ができない。まぁいいかと思い、彼女はそのまま眠りについたのだった。
◇◇◇◇◇
「あのさ、飛鳥……言いにくいんだけど」
もう直ぐ夏休みに入る時、巴は遠慮がちに飛鳥に声をかけた。曰く、転校する。という事であった。
巴は夢がある。それは飛鳥も知っているため、その夢のために転校するというなら、それはいいことだ。飛鳥は自分に言い聞かせる。
止めようと考えていた悪い自分はなぐりとばす。そして巴の手を握ろうとした手を引っ込めて、にっこり笑う。安直だが応援してると一言かけて。
離れても友達。それは信じている。だから大丈夫だと自分に言い聞かせる。でも少し裏切られたような気がするのは、私が悪い子だからだろうか。
気分を切り替えて部活に行こう。そう思った時、向こうから二人の男女が歩いてくるのが見えた。手を繋いでいるのがみえて、微笑ましい。
そう、普通の人なら、だ。
「っ——!?」
手を繋いで歩いていたのは、見知らぬ女性と飛鳥が恋に落ちていた男性。それを見た瞬間、彼女は走り出していた。体育館とは、別の方向に。
勝手に失望していて、そんな自分に失望する。突然終わった彼女の恋。それはきっと、実るはずがなかったのだろうか、少しくらい、彼女は夢を見たかった。
夢から覚める。それはとても残酷で、このまま眠りたいと思ってしまうほどだった。そんなことを考えていたからか、彼女はいつの間にか家に帰り着いていた。
トボトボとした足取りで家のドアを開ける。思ったより早い帰宅に母は驚いたような声をあげる。
その時違和感を感じる。母の近くに父もいた、いつもは遅い帰りなのに、なぜ今ここにいるのだろう。
父と母はお互いに顔を見合わせる。そして、遠慮がちに口を開けた。飛鳥は、この二人からならなにを言われてもいいと信じていた。
◇◇◇◇◇
「飛鳥に言ってなかったことがあるの……もうあなたも高校生だから言おうって決めてたわ。飛鳥、実はあなたは——」
◇◇◇◇◇
最悪。
さいあく。
サイアク。
飛鳥はベッドの上で目を閉じながら、その言葉を繰り返す。父と母からの告白。それは一言で言うなら、私たちは本当の両親じゃないと言うこと。
信じたくなかった。しかし、嘘を言ってるとも思えず、飛鳥は淡々と両親の話を聞いていた。何を言ってるかは、そのあと聞き取れなかったが。
友人はいなくなり、恋焦がれる存在も消え、さらには両親は偽物だった。
幸せだと思っていたものがだんだんと消えていく。それに手を伸ばしても届くことはない。まるで、あざ笑うかのように。
ポツンと。あたりが闇に包まれて、何もない空間に置いてかれたような気がして、飛鳥はゆっくり目を閉じる。このまま消えることができたらどんなに楽か!
しかし、消えることなんてできなくて、ただただ今日起きた不幸を背中に背負うことしかできなかった。
潰されてしまいそうだ。床が抜け、そして闇の中に落ちていく。周りにつかまるものはなく、もうどこまでも落ちるしかなかった。
ピロリン
突然電子音が聞こえた。顔を少し動かすと、そこにスマホがあり、その画面には昨日届いたメールと同じ内容が輝いていた。
飛鳥は手を伸ばす。殺し合い。魔法少女。そして願いが叶う……どれが嘘でどれが本当かわからない。しかし飛鳥はスマホを操作し、そのメールに反応した。
彼女の頭の中には一つのことしか浮かんでなかった。いなくならない友人。恋焦がれる存在。そして、消えない家族に。
——ただ、会いたかった
◇◇◇◇◇
《魔法少女システム『フェンサー』起動します》
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