1-6【国民になってほしいな!】

 ☆ランサー


 時間は過ぎていく。だんだんと。


 1時間か。それとも10分か。何もすることがない空間で過ぎていく時間というのは、なかなかに退屈で、どれくらい経ったかもよくわからない。


 早く帰りたい。それがランサーの願いであり、今一番叶えたいものだった。殺し合いなんて、したくもないしされたくもない。


 チラリと今ここにいるメンバーを見る。フェンサーとガードナーは相変わらずイチャイチャしていた。この短時間でどこまで仲良くなれば気がすむのだろう。


 もしおっぱじめるなら、誰にも気づかれないようにしてほしい。少し前の気遣いの精神はランサーにはなく、ただただ鬱陶しいと思うだけであった。


 もう一人。バーグラーの方を見るが、彼女は彼女で下を向いてなにやらブツブツと呟いている。


 普通なら話しかけないが、このままなにもしないというのも退屈だ。意を決して、ランサーは彼女に話しかける。


「何をやってるんだい?」


 ランサーの声を聞くと、バーグラーはじろりとランサーに鋭い視線を向ける。少しだけ話しかけたことを後悔したが、もう後には引けない。


 しばらく経つと、バーグラーは観念したのか、大きなため息をついて口を開ける。


「シミュレーションです。この先、何があるかわかりませんから」

「……もしかして、殺し合いに参加するのかい?」

「正当防衛なら許されるでしょう。穏健派ですが、私は無抵抗派じゃないです。そこのところは、間違えないでください」

「……っ。へーへー!わかりましたよーっと!」


 この瞬間、ランサーはバーグラーのことを嫌なやつリストに入れることに決めた。理由は単純で、とてつもなくバカにされているような気がしたからだ。


 確かにランサーはあまり頭は良くない。テスト順位を下から数えた方が早いし、毎回真っ赤っかである。


 だが、こんな初対面の名前もしらない少女に、バカにされる。と思ってるだけだが、とにかくバカにされてるというのは納得いかない。


 ランサーは彼女のことを無視することに決めて、フェンサー達の方に行こうとした。けれど、そのとき何か視線を感じて、ロビーの入り口の方に視線を向けた。


「ひっ……!!」


 この時が一番バカに見えたかもしれない。ランサーは青ざめた顔になり、外にいるもの達の存在を、周りに知らせる。


「か、怪物がいるよっ!!」



 ◇◇◇◇◇


 ☆フェンサー


 不気味だった。


 外にいる怪物は、光のない目でロビーの中にいるフェンサー達をにらんでいた。フェンサーは怯えているランサーとガードナーを背中に回し、腰に刺さっているレイピアを取り出す。


「みんな、下がってるのだ。大丈夫。ここでの戦闘は禁止……あの怪物達もそうなのだ」

「……いや、そうとは限りませんよ」


 隣でバーグラーはそう言い、ナイフを取り出した。どういう意味かとフェンサーが尋ねようとする前に、彼女は口を開ける。


「動物には、ルールはありません。もし、あの怪物達が動物扱いのようだったら……」


 バーグラーがそう言い切る前に、入り口から雪崩のように怪物が入り込んできた。彼女が怪しんだように、怪物達は関係ないと言いたげに襲いかかってくる。


 フェンサーはレイピアで対抗しようとするが、怪物にそれは刺さらない。逆に、怪物の攻撃は頬を擦りたらりと血を流させていく。


 こちらのルールは、向こうには関係ないのか。そう悟ると同時に、バーグラーと視線を合わせた。


 彼女はこくりと頷く。そして、フェンサーはガードナーを。バーグラーはランサーの腕を掴んで走り出し、窓から外に出ていく。


「もしかしたら、籠城なんかするなっていう運営からの警告なのかもしれません。とにかく逃げましょう」

「い、いやだよあたい!危険な外に出るなんて!!」

「で、でも……あそこの怪物さん達が、どこかにいくなんて考えられないし……」


 窓の外から出て走り出す四人。ランサーはまだ名残惜しそうだったが、流石に取り返す気は起きない。


「みーつけた!」


 突然声が聞こえてきた。そして、その声と同時に、少女が木から落ちてくる。彼女はにこりと笑ってこちらを見る。


 コウモリのマント。そして彼女の目は、本来白目とされるところは黒く。その中に赤い瞳が浮かんでいた。


「えへへ。みぃちゃんはね、キャスターって言うんだ!よろしくね!」

「キャスター……い、いや違うのだ!今は自己紹介してる暇などないのだ!逃げないと、怪物に……!!」


 そこまで言い、フェンサーは違和感に気づく。普通に考えて、穏健派と言っていた四人が慌てて走ってるだけで何か大変なことがあるとわかるはず。


 キャスターはそのことに気づいているかわからないが、くすくすと笑いつつ一歩前に近づいてきて、人懐っこい笑顔を浮かべ、彼女は口を開ける。


「ねぇねぇ!お姉ちゃん達!みぃちゃんの国民になってほしいな!」

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