第50話 ラグナロク~序章~
神族を根絶やさんと、ヴァルキリーの後を追ってきた巨人族の残党は、北欧の山奥に拠点を構えている。
拠点といっても建物があるワケではなく、神話の挿絵でよく見るような洞穴で雨風をしのいでいるだけだ。
ヴァルキリーが最後に流れ着いた場所であり、【エインフェリア】たちの新たな拠点――猫沖島。
あの世とこの世の境目に存在しており、元々の出入り口だった【ビフレフト】がその島にある今、千里を一瞬で駆ける巨人であっても、足を踏み入れるのは容易なことではない。
いや、むしろ強大な力を持つ者ほど、島に行くのが非常に困難だといえる。
なぜならあの島には、非常に厄介な結界があるからだ。
それは、弱い者ほど通りやすく、強い者ほど通り難いという結界だ。
島攻めをする側としては最悪な結界で、こちらにどれだけの戦力があってもほぼ無効化されたに等しい。
通りやすい奴らを揃えて物量作戦で攻め込んだとしても、結局は烏合の衆に過ぎず、何の成果も得られないことが大半だ。
更に、島内に居る【エインフェリア】たちが経験を積んで強くなってしまうという、何の好転も期待できない悪循環が続いている。
かといって島攻めを怠ると、より結界が強固なモノになり、弱い者ですら通りづらくなっていく。
逆に島攻めを続けていると、結界が緩くなっていくのか、強い者が比較的通りやすくなっていく。
元々そういう島なのか、誰かが作り上げたモノなのかは分からないが、非常に良く出来たシステムだ。
「だが、完璧に近いシステムほど存外脆く、そして……例外に弱い」
沙霧 真(さぎり しん)は爪の付いた巨大なパドルを――<爪神(そうしん)ナグルファル>を高々と掲げる。
すると、周囲に濃い霧が発生し、その中から巨大な深紅の船が姿を現す。
「蛮勇なる【ウールヴヘジン】たちよ! 臆さぬ者は乗り込むがいい! 今こそ悲願を成就する時だ!!」
沙霧の言葉に扇動され、巨人族の残党たちは我先にと乗り込んでいく。
その中には元生徒たちである久保 善治郎(くぼ ぜんじろう)、梓 弓美(あずま ゆみ)、水詩 穂乃華(みずしらべ ほのか)の三人の姿もあった。
赤黒い甲冑を被っていて表情は見えないが、しきりに手を気にしているようだった。
「さぁ、帆を上げよ! 錨を上げよ! 出航の時は来た!!」
深紅の船は再び霧の中に入っていき、あの世とこの世の境目を目指す。
巨人族の残党が小さくなってまで甲冑を着ているのは、防御のためではなく、島の結界に耐えるためだ。
弱い者なら大したことはないが、強い者だと押し潰されそうな圧迫感を感じるらしい。
実際、耐えきれずに潰れていった者も少なくない。
そのため、強い者ほどより強固な甲冑が――希少な鉱石を使ったモノが必要になってくる。
色分けされているのは、強さによって使われる鉱石が違うためだ。
厄介な部分はまだある。
それは、島に送れる人数が決まっているという点だ。
結界の緩みによって多少人数は変わるが、定員オーバーすると入り口で弾かれるか、どれだけ強固な甲冑を着ていてもあっという間に潰されてしまう。
これがなければ、とうの昔に目的は達成出来ただろう。
島の結界は、それだけ厄介な存在なのだ。
だが、この結界を無条件で通れる存在が居る。
それは、死者とそれに等しい者たちだ。
【エインフェリア(勇敢なる死者)】の魂を集めるという目的がある以上、それを防ぐワケにはいかない。
この深紅の船は、死者の爪を集めて作られたモノであり、結界には『死者の集合体』だと誤認させることも出来る。
そのため、乗船者は死者扱いされ、定員をほぼ無視して送ることが可能だ。
もっとも、甲冑を脱ぐことだけは出来ないが。
忌々しい結界を通り過ぎ、深い霧を抜けると……眼下には、目的地である島が見えた。
「声をあげよ、【ウールヴヘジン】たちよ! 第二の【ラグナロク(神々の黄昏)】を、今ここに開戦する!!」
船体が揺れるほどの歓声が上がり、士気の高さを現すかのように武器を激しく打ち鳴らす音が鳴り響く。
それに呼応するように、敵を殲滅せんと巨大な船がゆっくりと降下し始める。
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