第35話 突然の始まり


 この島に来てから、いったいどのぐらい経ったんだろうか?

 もはやこっちが日常と思えるぐらい、変わらない日々が続いていく。


 ヴァル先生のコスプレショー兼授業を受け、放課後は綺花と一緒に訓練をする。

 夜は葉月とポーカーで一騎打ちを繰り広げ、就寝前は大道寺とバカ話をしながら眠りにつく。

 そして、時折やって来る敵を撃退する。


 僕らがここに来た理由は、それぞれ異なる。

 けれど、目的は全員同じだ。

 この学校を――正確には屋上にあるという【ビフレフト(虹の橋)】を守りきり、それぞれが望む【ヴァルハラ】へと行くこと。


 けれどそれは、いつまで続けなければならないんだろうか?

 いつまで守りきらなければならないんだろうか?

 いつまで……いつまでこの日常が続けられるんだろうか?


 僕は、この日常が――。



 ※



 二時限目の化学が終わりそうになった頃、白衣を着たヴァル先生がハッとしたように授業を中座し、窓際まで歩いて行く。


 授業中に敵が来るといつもこうなので、僕らは自然と各々の【流るる神々】を構え、出陣に備える。

 だがヴァル先生は、窓の外をジッと見つめたまま何も言わない。


「……ヴァル先生? お決まりのフレーズは?」


 綺花は茶化したように言うが、ヴァル先生は何も答えない。

 心なしか、険しい顔をしているような気がする。


「これはいったい、どういうことなの……?」


 明らかにヴァル先生の様子がおかしい。

 僕らも窓際に寄り、視線の先を見下ろす。


「……えっ!? なんで、ここに……!?」


 信じられない光景を目の当たりにして、僕は思わず声を上げてしまった。


 『ブルー・アックスアーマー』が八体。

 『ホワイト・ソードアーマー』が四体。

 そして……血のような深紅の甲冑をまとった『ブラッド・アーマー』が三体。


 過去最高の計十五体がグラウンドに並び、こちらを見上げている。

 数も圧倒的だが、新種の『ブラッド・アーマー』は他と格が違う気がする。


「どうして直接ここに……? 私が掛けた不可視の術が効いていない……?」


 そういえば、前にヴァル先生が言っていた。

 この周囲には結界が張ってあって、敵が学校を発見、または認識するまでには時間が掛かるのだと。

 だから直接ここには来られないし、前のようにイレギュラーな時間稼ぎをされない限りは、学校を見つけることすら出来ないのだと。


 だが……現に今、ヴァル先生が感知すると同時に、敵は直接この学校に奇襲を仕掛けてきている。

 術が破られたのか、あるいはあの新種の能力なのか。

 不測の事態にヴァル先生ですら凍り付き、僕らも動けないでいた。


 ――ただ一人を除いて。


「か、各人、戦闘の準備! 行くぞ、【恐ろしい冬】が来る前に!!」


 口上を述べながら一番に外へ飛び出したのは――僕だった。

 多分、僕自身が一番驚いたと思う。

 綺花よりも早く行くなんて、全然僕らしくない。


「やるじゃない犬飼! 今までで一番番犬らしい行動ね!」

「わ、私も後に続きます! 援護は任せてください!」

「おいしいところ持って行きやがって! 犬飼のクセに生意気だぞ!」


 綺花、葉月、大道寺と続いて外へ飛び出し、グラウンドに降り立つ。


「……犬飼 剣梧、貴方の勇気ある行動に感謝を」


 二階の窓から、ヴァル先生が深々と頭を垂れた。

 初めて褒められた。

 嬉しい。嬉しいけど……違うんだ。


 僕を突き動かしたのは、勇気じゃない。

 取り戻したい日常を壊される恐怖と、今の日常を壊されることへの怒りだった。


「改めて【エインフェリア】たちに願う。各人【流るる神々】をもって、【恐ろしい冬】を切り払え」


 ヴァル先生の号令に、僕らは一斉駆け出す。

 やっぱりこうでなくちゃ気合いが入らないな!


「まずはザコを倒して数を減らすぞ!」

「オッケー! アタシは白いのと相性が悪いから、そっちは任せるね!」

「分かりました! 私が足止めするので、犬飼さんはトドメをお願いします!」

「じゃあ俺は宮瀬ちゃんの援護だな。ダブルデートとしゃれ込もうぜ!」


 僕と葉月は『ホワイト・アックスアーマー』に集中し、綺花と大道寺が『ブルー・アックスアーマー』を蹴散らす作戦となった。




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