第34話 ハーレムエンド


 プラスチックボトルを鞘の口近くの穴にセットし、ボトルを強く握り締めて最高級御刀油――椿油を流し込む。

 そして僕は、その名を高らかに叫んだ。


「刃紋リペイント! 重花丁子(じゅうかちょうじ)は乱れ八重桜――<災禍の剣レーヴァンテイン>!!」


 空気を刈り取るように切っ先で円を描き、渾身の力を込めて剣を地面に突き立てる。


 煌々と赤く、そしてどす黒い炎がマグマのように沸き上がり、周囲一帯を覆い包んでいく。

 恐ろしい何かが起こっていると直感的に感じ取った『ブルー・アックスアーマー』たちは、踵を返して八方に散っていく。


 ――だが、気づくのがあまりにも遅すぎた。

 炎の障壁は、既に完成している。


 一体の『ブルー・アックスアーマー』が強引に突破しようと試みたが、赤黒い炎はまるで生きているようにうごめき、まるで触手のように炎が絡みついて四肢を焼き尽くす。

 更に動けなくなったそれを、丸呑みするように炎の中に引き寄せていく。


 赤黒い炎は歓喜するように一際激しく燃え上がり、『ブルー・アックスアーマー』は耳を塞ぎたくなるような断末魔を上げた。

 言葉を理解出来なくても、生きたまま燃やされる苦しみだけは伝わってくる。

 そして……赤黒い炎の中に、灰も残らず溶けていった。


 退路は既に断たれている。

 そう悟ったからなのか、もしくはあんな死に方は絶対にイヤだと思ったのか。

 残る七体の『ブルー・アックスアーマー』たちは、僕に向かって一斉に襲い掛かってくる。


「残念だけど、もうとっくの昔に詰んでるよ」


 近づくにつれ、『ブルー・アックスアーマー』たちは蒸発するように溶けていく。

 この円の外へ逃げようとすれば赤黒い炎に喰われるが、逆に中心へ近づけば近づくほど高温になり、痛みを感じる前に溶けて無くなる。

 かつて世界を焼き尽くしたというこの魔剣は、太陽に近い特性を持っているようだ。


 周囲の草木は一切燃えておらず、まるで何こともなかったかのように敵だけが消え去っていた。


「うぅー……! 熱ぃっ!! ダメだ、もう限界だ!!」


 火傷する寸前で、僕は地面に突き立てた剣から手を離した。

 剣はまるで炉にくべたように真っ赤になっている。


「うわっ!? 手袋が溶けてる!? マジかよ、嘘だろ!?」


 高い『ごほうびポイント』で貰った、1200℃まで耐えられる高級耐熱手袋がたった一回でダメになってしまった。

 超強力な一撃必殺技だけど、味方が居たら使えないし、冷めるまで剣は抜けないし、その上コストがバカみたいに高い。

 本当にいざって時以外は使えないな、これ……。



 ※



 昨日はいろんな意味で激戦だったというのに、日曜日も補習を――昨日中断した続きを――やるハメになってしまった。

 せめて今日ぐらいは勘弁してくれと説得したが、堅物のヴァル先生に通じるハズもなかった。


 それは大道寺も同じで、昨日書き上げた『反省文』という名のセクハラ文章は、「言葉の意味が分かりません」と恥じらうこともなくバッサリと切られ、今日も僕の隣で反省文を書いている。


「……なぁ、大道寺」

「なんだよ? 俺は今な、反省している意思を見せながらも、思わず赤面してしまうような文章を考えるのに必死なんだよ」


 相変わらず懲りていないらしい。

 しかも、より高度なプレイへと走ろうとしてやがる。

 本当にもう、言葉に出来ないぐらいダメ馬だな。


「まぁお前の性癖はどうでもいいとしてだな。僕も、綺花も、葉月も、【ヴァルハラ】に求める理想は私利私欲じゃなくて、誰かのためみたいなんだ。だから、【エインフェリア】として選ばれる条件の一つはそれなのかな、って考えてたんだけど……。なぁ、大道寺さんよ。もう一回だけ聞くぞ? 本当にハーレムエンドがお前の求めている【ヴァルハラ】なのか?」


 僕はストレートに質問した。

 大道寺に遠慮なんて要らないしな。


 何かが引っかかっていたのに、緊急サイレンで忘れてしまったこと。

 それは、理想郷に求める条件が、大道寺だけが違っていたということだ。


 僕らは学年が同じ――もっとも、本当は年上が居るけど――という共通点がある。

 もしかしたら、他にも共通点があるのかも知れない。

 それだけに、理想郷に求める条件が一人だけ違うとは考えづらかった。


「……なるほど。確かにお前の言うとおりだ」


 大道寺はいつになく真面目な顔で、深く頷いた。


「じゃあ、やっぱり……」

「俺がハーレムエンドを望んだのではなく、女の子たちが俺とのエンディングを求めていたとは……! これなら確かに私利私欲にはならねぇな。いやはや、モテる男はツラいよ。目からウロコの逆説だぜ」

「……もう二度と聞かねぇ……」


 本当に最低だ。

 ただひたすらに最低だ。

 馬刺しにして、海にバラまいてやろうか。


 僕がガックリと肩を落としていると、廊下からドカドカと走る音が聞こえてくる。

 時折、ガンッと何か硬い物がぶつかる音もしている。

 やがて、この教室前で音が止まった。


 ガタガタと扉を揺らしながら入ってきたのは、


「あっ、やっと見つけました! 全くもー、あちこち探しましたよ」


 大きなクーラーボックスを抱えている葉月だった。自分が入るぐらい大きいから、あちこちにぶつけていたようだ。


「いろいろありましたけど、昨日はお二人に助けてもらいましたからね。今日のお昼ご飯は、私が腕を振るっちゃいますよ!」


 葉月は意気揚々とクーラーボックスを開け放つ。

 中から出てきたのは、まな板と刺身包丁のセットと、木の桶に入った酢飯。


 そして、深海魚も腰を抜かすような、形容しがたい姿の魚らしき物体。

 さながらそれは、パンドラの箱のようだ。

 ただしそこには、希望の欠片も入っていないが。


「……最後の最後に、一番の強敵が居たのを忘れていたよ……」

「……あぁ、そうだな。俺にはこの笑顔を裏切ることは出来ないぜ……」


 翌日、僕らはSAN値と共に腹を下し、一日中苦しむハメになった。


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