第33話 クソ犬とクソ馬
大道寺はブルブルと顔を振って気を持ち直す。
「いいか、よく聞け! 葉月ちゃんを一番に助けるのは俺だ! いいか、俺だからな!? 飛び降りて目の前に着地して、『無事か? もう俺が助けに来たから大丈夫だ!』みたいな決めシーンは絶対にするなよ!! 振りじゃないからな!?」
「……やったら怒る?」
「引くぐらいマジでブチ切れる」
「オッケー。じゃあ、行ってくる」
僕は大道寺の背中を蹴り、葉月目がけて下に飛び降りる。
「こ……このクソ犬がぁぁぁーーーーー!!」
僕は柄に手を添え、着地したと同時に『ブルー・アックスアーマー』に奇襲を仕掛けようと考える。
絶体絶命のピンチに駆けつけて、敵まで倒したら最高の決めシーンじゃないか。
光を遮るほど生い茂っている木の葉を、落下しながら潜り抜けていくと、眼下に葉月と『ブルー・アックスアーマー』たちが見えた。
どうやらタイミング良く割って入ることが出来たようだ。
「犬飼さん!? 良かった、また助けに来てくれたんですね!」
「よし、間に合ったな。無事か? もう僕が――」
着地しようとしたその直前、何かが僕をビンッと引っ張り上げた。
反射的に振り返ると、鞘の肩ひもが太い枝に引っかかっているのが見えた。
予想外の出来事に、僕は体勢を崩し、後頭部から思いっきり落下してしまう。
「ぐおぉぉぉ……!! 目が、目がマンガみたいに飛び出るかと思った……!!」
「あの……無事ですか? ちょっと大丈夫そうには見えないですけど……」
僕が言おうとしていたセリフを、逆に葉月に言われてしまった。
しかも、助けようとした相手から心配そうに。
まさか肩ひもが引っかかるなんて……。
これは……大道寺の呪いか……?
「ハッハッハー! ザマー! 俺の決めシーンを横取りしようとするからだ、このクソ犬め!」
遅れてやって来た大道寺が、もがき苦しんでいる僕を見て大爆笑する。
くそー、何も言い返せないのが悔しい!
「葉月ちゅわーん! 白馬の王子さまが助けに来ましたよー!」
「……あぁ、大道寺さんも来たんですね……。助かりました……一応、ですが。戦力としては全く期待出来ないですけど……」
「お、おぅ……」
下心しかないとはいえ、曲がりなりにも助けに来たのに扱いが雑過ぎる。
どんだけ嫌われてんだ、コイツは。
……まぁ、普段の行動もこれまでの戦闘も最低だから、同情はしないけどさ……。
「あとは僕らに任せて、葉月は後ろに下がっててくれ」
「あ、ありがとうございます……。でも、結構キツかったですけど、まだまだ頑張れますよ……!」
とはいうものの、あちこちケガしており、肩で息をするほど疲労している。
小さな女の子が八体もの敵に追い回されたら、こうなるに決まっている。
しかし、この前の戦闘やテストで分かったが、葉月は意外にも負けん気が強い。
恐らく、このまま大人しく引き下がってはくれないだろうな。
「……分かった。僕が前に出るから、後ろからサポートを頼むよ。大道寺は――」
大道寺はいきなり葉月を後ろから抱き締め、
「じゃあ作戦通り、あとは任せたぜ!」
そのまま天高く飛び上がっていった。
あまりにも唐突な出来ことに、僕は呆然と口を開けたままそれを見ていた。
「こ……このクソ馬ぁぁぁーーーーーー!!」
しまった、最悪だ。
まさか本当に僕だけを置いていくなんて、さすがに予想外だった。
葉月はジタバタと抵抗するが、さすがに小さな女の子とデカイ男子では力の差があり過ぎる。
「早く降ろして下さい! 犬飼さん一人じゃ……ひゃっ!? ちょ、ちょっと!? どさくさにまぎれてどこを触っているんですか!? 少しは見直したばっかりなのに、貴方ってば本当に最低ですね!! 大道寺にはぜーーーったい寿司をごちそうしませんからね!?」
だったら僕も触っておけば良かった、と思ってしまった。
抵抗むなしく、二人はあっという間に学校の方へと飛び去って行った。
後に残ったのは、一対八という圧倒的に不利な状況だけ。
待っていましたと言わんばかりに、『ブルー・アックスアーマー』たちは僕の回りを囲い始める。
あー……前にもこんな絶体絶命な状況があったなぁー……。
あの時は綺花が助けてくれたが、今はそれも期待出来ない。
絶対に逃げるべきだ。
僕の実力じゃ、この人数には勝てない。
――以前の僕なら、そう決断していたかも知れない。
けれど、今は違う。
僕はふと、綺花の言葉を思い出していた。
『勝てない相手は居ない。昨日負けた相手でも、今日勝ったから前に進めた』――と。
そうだ。僕だって、少しぐらいは成長している。
昨日負けた相手に、今日は勝ちたい。
前に……進みたいんだ。
僕はベルトに取り付けたツールポーチから分厚い耐熱手袋を取り出し、装着する。
「これから呼び出すのは、僕にとって最も扱いづらく、最も使いたくない魔剣。そして……ヴァル先生がその名を口にするのも恐れた、最も凶悪な魔剣」
その名は――。
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