第29話 バカ犬とエロ馬


 疑惑と疑問は、まるで水のようにこんこんと沸き上がってくる。

 いくら頭の外へかき出しても、強固な栓をしてみても、それを止めることは出来ない。


 けれども、非現実的な島での超現実的な生活は変わらず続いていく。

 まるでこれが、元々の日常であったかのように。


「……犬飼 剣梧、今は実力テスト中です。前を見て集中しなさい」


 決してテスト中だからといって、答えが分からないからといって、現実逃避しているワケではない。

 僕は今後について真剣に悩み、太宰治のように頬杖を付いて憂いているんだ。


 ……あぁ、頭の悪さがバレちゃうから、テストって嫌いなんだよなぁ。

 綺花じゃないけど、今だけは敵が来て欲しいよ……。


 結局その日一日は、予定通り五科目連続でテストが続いてしまった。

 ただでさえ脳が悲鳴を上げているのに、最後に一番苦手な英語が来た時には、



■ジョン:アメリカのシカゴから来ました。これはエンピツですか? それとも、数学の教科書ですか?

□ケニー:ああ、それはBLTサンドイッチだね。父が作りました。父は政府関係の仕ことをしています。

■ジョン:これ買います。申し遅れましたが、私は十六歳です。



 と、和訳すればするほどアホで不毛な会話を続けるジョンとケニーに殺意を覚えたほどだ。


 もうクタクタで、一刻も早く外の空気の吸いに行きたかったのに、終わったばかりのテストは放課後前に速効で返ってきた。

 そりゃ四人しか居ないんだから採点も早いわな。

 ……というか、順位付けする必要があるのか……?


「それでは、順位を発表します」


 ヴァル先生は、例によって黒板に順位を書いていく。


 僕の点数は五十点から七十点とごくごく普通で、合計も三百点少しと平均中の平均だ。

 だから順位も、二位か三位と普通なんだろうな。


 ……となると、アホ馬が最下位か?

 勉強嫌いの綺花が三位って所だろうな。


「まず最下位は……犬飼 剣梧、貴方よ」


 ほらやっぱりな、予想通り――。


「って、うえぇぇぇいぃぃぃーーー!? 最下位!? 僕がっ!? マジでっ!?」

「ハッハッハ-! バカ犬にアホ犬の二冠王とは恐れ入ったぜ!」

「うるせぇ!! 馬刺しにすんぞ、このア……エロ馬!!」


 危うくアホ馬と言って墓穴を掘る所だった。

 僕らにとって実力テストの順位は、カースト制度の階級にも等しい。

 順位が下の者に、上の者をアホと言う権利は存在しない。

 ……ってか、マジで? マジで大道寺の方が頭が良いの……?


「うわぁぁぁーーー! なんかハラ立つーーー!!」

「静かにしなさい。続いて、三位を発表するわ」


 くそー、怒りが収まらない。

 まぁどうせ、選択問題がたまたま全部当たっただけだろう。

 でも、ちょっとの差でもアイツより下という事実が激しくムカツク。


「三位は……葉月 美冬」

「嘘ですよぉぉぉーーー!? えっ!? 本当にですかっ!? えっ!? 採点ミスじゃなくて!? えっ!? えええぇぇぇーーー!?」


 予想外も予想外。

 絶対に一位だと思っていた葉月が、なんと三位だった。

 あまりのショックに、キャラ崩壊寸前だよ。


 才女そうに見えて、実はおバカキャラだったのか?

 右隣でニヤついている大道寺を押し退け、二つ隣の席で放心している葉月の点数を確認する。


 オール八十点オーバー。

 パッと見ただけでも、計四百点は余裕で超している。

 僕が元居た学校なら、学年で十番内には確実に入る点だ。

 ……となると、残りの二人は……。


「そんな……まさか、嘘だろ……?」


 僕は愕然とした。

 ショックのあまりに大きくよろめき、教卓に寄りかかる。

 しかし、こちらの様子など気にも留めず、ヴァル先生は炭酸カルシウムの塊で僕らに容赦なくトドメを刺してくる。


「二位、大道寺 拓海。そして……おめでとう、宮瀬 綺花。貴方が一位よ」


 まさかの結果に、僕と葉月は声にならない声で絶叫してしまう。

 嘘だ! あり得ない!

 おバカ二強だと思っていた二人が、実は秀才キャラだったなんて!

 ないない! こんなの絶対に無しだろ!?

 嘘だと言ってくれよぉぉぉーーーーー!!


「全く、二人ってば失礼ねー。アタシをおバカキャラ扱いするなんてさ」

「そうだそうだ! 馬だからって『馬鹿』だと思うなよ! やーい、お手も出来ないバカ犬ー! ……あっ、葉月ちゃんはちょうど良いぐらいですよ、えぇ」


 真面目に授業してる僕らが下で、勉強嫌いと脳みそ真っピンクが上だなんて……。

 こんなクラスメイト、大キライだ。


「そ、そんなに落ち込まないでよ。アタシは一夜漬けが得意だから、テストの点数だけは良かったりするのよね。短距離選手だから、集中力だけはバツグンなのよ」


 な、なるほど、そういうことか。

 確かに元居た学校でも、勉強は出来ないクセにヤマ勘だけ強いヤツとか居たな。

 納得したくないけど、理屈が通る以上しょうがない。


「……テストは点数が全て。それは分かります。けれど、待って下さい。私はどうしても納得のいかないことがあります」


 意外にも葉月が食い下がる。

 勉強で負けたのがよっぽど悔しかったのか、目に涙を溜めている。


「綺花が凄い集中力で勉強している所は、私も見ていました。ですが、大道寺さんが真面目に授業を受けている所も、勉強をしている所も見たことがありません」

「あっ、それは確かにアタシも思った。……ってことは……?」


 自然と大道寺に視線が集まる。

 僕らが連想したこと。

 それは……学校で一番やってはいけない、最も恐ろしい行為。


「カンニング……しましたね? 証拠隠滅される前に徹底検査をしましょう。そしてこの順位は嘘だったと明らかにしましょう」

「お、俺はそんなことやってないぞ! ウソだと思うなら、全身をくまなく探してみてくれ! じっくりと、出来れば優しくお願いします!」


 葉月はかなり必死だ。

 そして大道寺は何故か上着を脱ぎ、えらく乗り気だ。


「犬飼、ゴーよ! アタシたちは死んでもやりたくないから、自慢の嗅覚で探し当ててちょうだい!」


 唐突に僕が指名され、綺花が後ろからグイグイ押してくる。


「えぇっ!? 僕がやるのかよっ!? ぜっ、絶対にイヤだ!! 臭くて鼻がもげる!!」

「俺だってお断りだよ!! そういうプレイを期待した俺の気持ちを踏みにじりやがって!! ……って、葉月ちゃんも押さないで!!」


 大道寺は大道寺で葉月に背中を押され、こちらにグイグイ迫ってくる。


「犬飼さん、大道寺さん。二人とも……覚悟を決めて下さい」


 まるで極妻のようなドスがきいた声だった。

 逃げたらどこを切り落とされるか分かったものではない。

 ……だが、だがそれでも、


「イ、イヤだぁぁぁーーー!! なんで僕がこんなことをしなくちゃいけないんだぁぁぁーーー!!」

「う、うわあぁぁぁーーー!! 薄い本みてぇな組み合わせがマジで最悪だぁぁぁーーー!!」


 男二人の悲痛な叫び声が、学校中に響き渡った。



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