第25話 敵はどこだ?


 元居た場所に戻ると、綺花の姿はなく、大道寺一人で見えない弾丸を右へ左へ、時には高く飛び上がってかわし続けている。

 冗談のつもりだったが、逃げ足だけは本当に一級品らしい。

 ほんの少しだけ見直してやるか。


「大道寺! 綺花はどこに行ったんだ!?」

「あっちに隠れてるかも知れないって、北の森林地帯にすっ飛んでいったよ! そしたら俺一人に集中砲火だよ、ちくしょうめ! そっちこそ、ちゃんと葉月ちゃんを助けられたのか!?」


 大道寺は振り返らないまま答えた。

 競走馬のような足をもってしても、かわすので精一杯のようだ。


「私なら大丈夫です! ご心配をおかけしました!」

「よーし、良くやったぞワン公! 後でごほうびの骨をくれてやる! ……って、うおぉぉぉい!?」


 ちらりとこちらを見た後、大道寺は信じられないものを見たような表情で二度見した。

 そして、嫉妬心丸出しの顔で僕を睨み付けてくる。


「なーんでお姫様抱っこなんてしてやがんだ!? テメェばっかり美味しいイベントに遭遇しやがって……!! 代われ!! 今すぐ俺と代われ!!」

「きょ、協議と相談の結果、こうなっただけです! 貴方が考えるようなやましい意味なんかありません!」


 葉月の攻撃は見えない敵に有効なハズだが、逆に敵の攻撃をかわすことは出来ない。

 だから、自分より機動力がある僕に抱えてもらい、それぞれ攻守を専念することになった。


 そういった合理的な考えから、『お姫様抱っこで出撃する』という結論に至ったワケだ。

 ……贅沢な話かも知れないけど、僕としては背負った方がロマンを感じられたんだけどなぁ……。


 見えない敵からの見えない攻撃が、再び僕に襲いかかってくる。

 見えないといっても、草木を巻き上げ、枝をへし折りながら迫ってくるそれを感じ取ることは出来る。


 僕は葉月を抱きかかえたまま跳び上がり、タイミング良くそれをかわす。

 妹の真衣より軽いもんだ。


「葉月! 今度こそ焙り出してやれ!」

「了解です、犬飼さん!」


 僕がかわすのに専念し、葉月は火のルーンを黒いボールに刻み込みながら広範囲にばらまいていく。


「いきます! ロキ、オールオープン! 【フサルク(ルーン・アルファベット)】、KEN(ケン)!」


 火と火が連鎖反応を起こし、爆炎となって周囲一帯を焼き尽くす。

 視界を遮っていた木々は灰となり、崖の壁面も石炭のように焼け焦げ、まるで黒い絵の具を撒き散らしたような光景となる。


 凄まじい威力に、僕は思わず息を呑んだ。

 これならどこかに隠れていたとしても、カメレオンのように擬態化していたとしても、かわしきれるハズがない。


 ……だが、見えない攻撃は止まらない。

 威力も、速度も、まるでケガ一つ負っていないと言わんばかりに落ちていない。


「ウソ……!? これでもダメなんですか……!?」

「くそっ!! どういうことだ!? 姿が見えないだけじゃないのか!?」


 こっちからは見えないのに、あっちからは見えている。

 こっちの攻撃は効かないのに、あっちの攻撃は絶えることがない。


 完全にジリ貧だ。

 こんなの、反則以外の何物でもない。


「ちょっと!? 今の爆発って何!?」


 北の森林地帯に行っていたハズの綺花が慌てて戻ってきた。

 今起こったことを話すヒマもなく、今度は綺花に向けて見えない攻撃が襲いかかる。


「うわわっ、危なっ!? 何よ、もう! あっちに居た時は攻撃して来なかったクセに!!」

「だ、大丈夫ですか、綺花!?」

「おっと、葉月ちゃんのご帰還だわ。そっちこそ大丈夫? キズとか無い? ……って、お姫様状態ってどういうこと? よく分かんないけど、犬飼が役得なのだけは分かるわ」

「やっ、そのっ、これにはちゃんとした理由があって……!」


 合理的作戦とは言えさすがに照れくさいのか、葉月は耳まで真っ赤になっていた。

 慌ててこちらの事情を説明しようとするが、敵は容赦なく攻撃してくる。


「くそっ、少しは空気を読めよ……! 綺花! あっちに何かなかったのか!?」


 僕はかわしながら質問した。

 今は何でもいいから手がかりが欲しい。


「何も無かったから戻って来たのよ! それどころか、森が深すぎて何も見えなかったわ!」


 この辺一帯を焼き尽くしたけど、敵は見つからなかった。

 それに、北の森林地帯にも居なかった。


 他の場所に隠れているのか……?

 残りは南と西だけど……そんな遠距離からピンポイントで攻撃することなんて可能なのか?

 姿が見えないだけじゃなくて、他に何か秘密があるのか……?


「……綺花、一つ聞いて良いですか? 北の森林地帯に居た時、なぜ攻撃されなかったんですか?」

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