第17話 宮瀬と『雷神トール』
アタシは一コンマでも早く外に出たくて、二階から飛び降りた。
危険じゃないかって?
ノンノン。だって、この靴があるもの。
両足で地面に着地し、同時に深くしゃがんで膝へのダメージを最小限に抑える。
……ほら、全然大丈夫だ。
「さぁ、全力で走るよ! 今日もヨロシクね、<雷神トール>ちゃん!」
つま先に力を込めると、まるで意志が通じているかのように、<雷神トール>はアタシが理想としている形へと変化していく。
前足部のみに釘が付いた、陸上用スパイクシューズ。
アタシはいつものように走り出す。
スパイク部分が地面をしっかりと掴み、大地を蹴り上げる力を最大限にまで引き上げてくれる。
短距離走で大事なのは、足の回転数じゃない。
強い一歩を踏み込み、前に跳ぶこと。
速い選手ほど軽快そうに走って見えるのは、そのためだ。
アタシがインターハイの出場を決めた時もそうだった。
地面に足をつけている時間の方が短く、まるで飛んでいるようだった。
足が軽い。
身体が自由に動く。
そうだ、走るってこんなにも楽しいことだったんだ。
久々の感覚に、アタシはランナーズハイのように疲れ知らずに走りまくる。
あまりの速さに、周りの景色が溶けるように流れていく。
こんなにも無敵で素敵な状態になるのは、いつ以来だろう?
叔父さんが居なくなってからは、どれだけ走っても全然楽しくなかったなぁ。
待っててね、叔父さん。
ちゃんと迎えに行くから。
インターハイで優勝する姿を、まだ見せてないんだから!
※
アタシが東の岩場地帯に到着するとほぼ同時に、青い甲冑たち――正式名称は忘れちゃった――が窓ガラスを割るように現れた。
数は七体。
……うん、これぐらいなら……!
アタシを見つけた敵が、慌てた様子で隊列を整え始める。
まさか到着してすぐ戦闘になるだなんて、思ってもみなかったのかな?
――甘い甘い!
頭の中に、パァーンと雷管が鳴り響いた。
アタシは条件反射でスタートダッシュをし、敵たちの隙を突く。
まずは隊列に入り損ねた敵を、スピードと体重を乗せた跳び蹴りで海まで吹き飛ばす。
ヨシ、一体目を撃破!
敵は慌てふためいたまま、斧を振り下ろしてくる。
そんな腰の入ってない攻撃なんて軽い軽い。
アタシは前蹴りで斧を弾き飛ばし、そのまま軌道を変え、右ハイキックで頭を蹴り飛ばす。
敵は縦に半回転し、逆さまになって地面にめり込んだまま動かなくなった。
続いて二体目を撃破!
三体目にいこうとしたら、敵たちは盾を構えたままアタシを取り囲む。
犬飼が苦戦したって陣形ね。
ガンガンうるさいし、確かに面倒かも。
……けど、残念。
突破する方法は考えてあるのよ!
アタシは迷うことなく正面の敵に向かって走り出す。
蹴りが来ると思ったのか、敵は反射的に盾を構える。
ニヤリ、狙い通りね。
アタシはそれに足を――スパイクを刺し、盾を踏み台にして高く、高く飛び上がる。
「ナールーカーミー……キィィィーーーーック!!」
アタシは必殺技を叫びながら、まるで雷のように敵陣中央へと降り注ぐ。
地面は大きく陥没し、アタシを取り囲んでいた敵は感電しながら海へと吹き飛ばされていった。
「イェイ! 一気に五体撃破! あー、スッキリしたー!」
ストレスも解消出来て、『ごほうびポイント』も貰えるってんだからありがたい話よね。
勉強の方がよっぽど強敵だわ。
……うーん、一人でちょっと稼ぎすぎたかな?
でも、お菓子やカップラーメンのストックがすぐに足りなくなっちゃうし。
ほんとにもう、ここ数日はお腹がグーグー鳴って大変だったしなぁ。
……まっ、集まったときにみんなで食べる分も用意すれば、笑って許してくれるよね。
「……ん? あれ?」
なんか、違和感がある。
全部倒したのに、何かが足りないっていうか……。
「そうだ、ヴァルキリー先生から防衛成功のお知らせがないんだ」
つまり、戦闘はまだ終わっていない……?
「なにこれ、寒っ……!?」
周囲の気温が急激に下がっていくのを肌で感じた。
こんなに明るくて天気も良いのに、息が白くなるほど寒い。
近くにある大きな岩に、おびただしい量の<霜>が降りていく。
パキパキと音をたてて固まっていき、まるで小さな氷山のようになる。
ドーン、ドーンという地響きのような音と一緒に、ピシリ、ピシリと小さな氷山にヒビが入っていく。
そして……ひどく強引に、荒々しくそれを突き破って出て来たのは――。
「白い……甲冑?」
雪のように真っ白で、青い甲冑たちと比べると一回り細くて小さい。
武器も短剣しか持っていないし、パッと見た感じは凄い弱そう。
……だけど、きっとコイツが今回のボスなんだと直感で分かった。
アタシは格闘経験も、その知識もないけど、長年陸上をやっていたお陰でソイツが『出来るヤツ』かどうかが何となく分かるんだ。
……けど、アタシよりは弱い!
アタシは一気に距離を詰め、勢いそのままに前蹴りを繰り出す。
それに対し、白い甲冑は右手で短剣を持ち、刀身を左手で支えるという独特なフォームで待ち構える。
そんなんじゃ、アタシの蹴りは受け止められない。
仮に出来ても、<雷神トール>のスパイクでへし折ってやる!
「みんな仲良く海水浴をさせてあげるわ!」
スパイクの切っ先が短剣に触れ、削り取るように激しい火花と雷を散らす。
――瞬間、白い甲冑はくるりと回転するように身体をひねり、アタシの蹴りが軽々と横にずらされる。
「嘘っ……!? アタシの攻撃が……!?」
その時、初めて分かった。
刀身を左手で支えたのは、折れないようにするためだったんだと。
けど、それだけじゃなかった。
攻撃を流した後、白い甲冑は瞬時に左手に持ち替え、右手で柄頭に掌底を打ち込んだ。
アタシはとっさに身体の向きを変えたけど、まるでロケットのような速度で突き刺しに来るそれをかわしきることは出来なかった。
「痛っ……!!」
短剣は脇腹をかすめ、どれだけ攻撃されても傷一つ付かなかった制服が、パックリと切り裂かれていた。
そして、うっすらとにじむ血。
これは、直撃するとマズイかも……。
痛みはハチに刺されたぐらいだったけど、初めてのケガに思わず動揺してしまう。
白い甲冑はそれを見逃さず、フェンシングさながらの鋭い突きを放ってくる。
自慢のフットワークで攻撃をかわし続けるけど、モーションが異常に速く、隙がなくて全然反撃が出来ない。
ヤバイ!
このままじゃ、たたみ掛けられる……!
アタシは地面を蹴って後退し、安全な場所まで距離を取る。
ダメだ。悔しいけど、接近戦はあっちの方が強い。
……だったら……!
何度か軽くジャンプした後、左足を大きく前に出し、そのまま屈んで両手を地面に付ける。
そして、アンカーを打つようにスパイクを地面に突き刺す。
アタシが一番得意で、一番好きな戦闘フォーム。
「百雷!! サクイカヅチ!!」
<雷神トール>が激しく放電し、アタシの姿をした残像たちがスタートを切っていく。
三方向からの挟撃に加え、純粋な雷の塊なら……絶対に受け流せない!
白い甲冑はその場から動かない。
この大技を前に、対抗する術がなくて動けないんだとアタシは思った。
――けれど、その数秒後には、それは大きな勘違いだったと思い知らされた。
白い甲冑は背中から予備の短剣を取り出し、迫り来る雷の軌道上にそれぞれ投げ刺す。
それが避雷針代わりとなり、三体の残像たちは消え去ってしまう。
たったそれだけの行動で、アタシの全身全霊を込めた大技が……いとも簡単に防がれてしまった。
動かないんじゃない。
動けないワケでもない。
単に、動く必要がなかっただけだった。
勝てない。
アタシは生まれて初めて、心の底からそう思ってしまった。
「……違う! 勝てない相手なんか居ない! 昨日負けた相手でも、今日勝ったからアタシは進めた! インターハイまで行けたんだ!」
アタシは拒絶するように叫ぶ。
そうだ! 諦めなければ、たくさんたくさん練習すれば、次は絶対に勝てるんだ!
いつの間にか目の前まで来ていた白い甲冑が、その想いを切り裂くように短剣を振り下ろしてくる。
反応が遅れたアタシはかわしきれず、斬撃は頬を掠め、上着を切り裂いていった。
……次?
アタシは、ふと疑問に思ってしまった。
神様は、アタシに二回もチャンスを与えてくれた。
一回目は、叔父さんが里親になってくれたこと。
二回目は、この島に来られたこと。
……じゃあ、三回目は?
この次って……本当にあるの?
切り裂かれた上着の端を踏まれ、アタシは完全に身動きを封じられた。
映画に出てくる不死身の敵を殺すように、白い甲冑はまるで杭を打ちように短剣を構え、それを――。
「このクソ野郎を叩っ斬れ!! <剣神シグルズ>!!」
ギリギリの所で間に合った犬飼が、鬼のような形相で奇襲を仕掛ける。
……アタシのために、怒ってくれてるの……?
しかし、声で位置を悟られてしまい、それに気づいた白い甲冑はひょいっと剣をかわしてしまう。
だが、体勢を崩した犬飼がそのまま体当たりする形となり、白い甲冑は無理矢理弾き飛ばされる。
予想外の展開に驚いたのか、白い甲冑はアタシたちから距離を取った。
「うへぇー……。攻撃をかわされるわ、転んでぶつかってピヨるわ……。何なんだよ、このグダグダな救出劇は……」
それはこっちのセリフだわ!
心がぐらりと揺れるぐらいカッコイイ登場シーンだったのに……!
「もう! このダメ犬! 最後までスタイリッシュに決めてよね!!」
次はもう無いだろうと覚悟していた。
けどまさか、三回目のチャンスがこんなダメ犬から与えられるなんて……アタシは思ってもみなかった。
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