第5話 ファースト・バトル


 ヴァルキリーが言うには、敵は『島』の四方向から迫ってきているらしい。

 島、と言われて最初は意味が分からなかったが、学校の外に出てすぐにそれが分かった。


 周囲は見渡す限り青い海が広がっており、神話の中に登場しそうな苔生した深林や、牧歌的な映画のワンシーンのように果てしなく生い茂る草原。

 それに、かつて人の営みがあったと思われる寂れた港。

 船は、一隻もない。

 僕らが連れて来られたのは、そんな場所だった。


 他の三人は既に敵の所に向かっており、僕は残りの方角――東の岩場地帯を担当することになった。

 残念な事に、ヴァルキリーはここに留まって防衛兼司令塔をするそうだ。

 初陣なんだから一緒に来て欲しかったが、確かに拠点を空っぽにするワケにもいかないか。


「行け! 勇敢なる【エインフェリア】よ!」


 ヴァルキリーの号令に押され、僕は駆け出す。

 大げさだなぁ、と思いもしたが、気持ちは自然と高ぶっている。


 知らない場所で、知らない人たちと一緒に、知らない敵と戦う。

 全く、ワケの分からないことばかりでイヤになる。


 ただ一つハッキリしているのは、敵を倒してここを守りきれば、僕が望む理想郷へ連れて行ってくれるということ。

 僕が犯した最大の過ち――真衣が事故に遭っていない世界へ行けるということ。


 身体が軽い。

 心がたぎる。

 いつの間にか僕も、この武器を試したくてしょうがなかった。



 ※



 慎重に周囲をうかがいながら、小さな林を抜けると――。


「うぉっ!? い、いきなりかよ!?」


 ソレと目が合ってしまった。


 まさかこんなにも早く、しかも唐突に遭遇するだなんて予想外すぎる。

 驚きのあまり、思考も身体もフリーズしてしまった。

 だが、それは向こうも同じらしく、身構えたままその場で立ち止まっている。


 敵の全身は青い甲冑で覆われており、兜の隙間からは赤い眼光が僕を睨み付けてくる。

 これが……僕らの敵?


「モンスター……じゃないのか?」


 スライムやオオカミのような、絵に描いたようなモンスターだと思っていた。

 だけど今、目の前に居るのは……紛れもなく人だ。

 仮に人型のモンスターだとしても、僕には人間にしか見えない。


「僕らに……人殺しをしろっていうのか?」


 強い目眩を感じ、僕は大きくよろめいた。

 あれ程たぎっていた心は、水をかけられたように冷え切っている。


 睨み合うのに飽きたのか、それとも僕の心情を察してなのか。

 青い甲冑は聞いたこともない言語を叫びながら、盾を構えたまま突進してくる。


「ほ、本気で殺すつもりなのか……!?」


 振り上げられたハンドアクス。

 血のように赤い目。

 全身が痺れるような恐ろしい雄叫び。

 その全てが、お前を殺すと言っているようだった。


 僕は剣を抜こうとするが、手が震えて上手く掴めない。

 それは恐怖からなのか、それとも人を殺したくないという脅えからなのか。


「くそっ!!」


 僕は帯刀したままの鞘で弾き、初撃を防ぐ。

 矢継に二度、三度と振り下ろされるが、何とかしのぎきる。


――よし、このままでも全然イケる……! 鞘で殴って気絶させてしまえば……!


 そんな甘いことを考えた矢先に、青い甲冑は殴り付けるように盾を突き出してくる。

 反射的に鞘でガードしまい、僕は押し出されるように弾き飛ばされた。


「うわぁっ!?」


 僕は情けない悲鳴を上げながら、無様に地面を転がる。

 慌てて体勢を立て直そうとするが、足が震えてうまく立ち上がれない。


「嘘だろ……!? チュートリアルみたいな戦闘で、こんな……!!」


 まるで冗談のように、その場で何度も転んでしまう。

 その間にも、重々しい甲冑の足音が――死の足音が再び迫ってくる。


「誰か! 助けてくれ! ヴァルキリー!! 聞こえてるんならすぐに来てくれ!!」


 ありったけの声で叫ぶが、返事は……一つもなかった。

 すぐ目の前まで差し迫った青い甲冑が、トドメを刺そうとハンドアクスを振り上げる。


――僕は……また死ぬのか? 二度も死んだら、次はどこへ行かされるんだ……?


「ゴメン……真衣。お兄ちゃんは……またダメだったよ……」


 無情にも、ハンドアクスが振り下ろされる――その直前、空から降ってきた『何か』が青い甲冑に直撃し、真横へと吹き飛んでいった。


 助かったと理解するのに、しばしの時間を要した。

 理解した途端、全身が粟立ち、冷や汗がどっと溢れ出す。


「はぁ……はぁ……!! 本当に、ヤバかった……!! 誰か、助けに来てくれたのか……?」


 空からゆっくりと舞い降りてきたのは、ヴァルキリー……ではなく、予想外過ぎる人物だった。


「よぉ、犬飼。負け犬の遠吠えがこっちにまで聞こえてたぜ?」

「大道寺……!?」


 単なるチャラいヤツかと思っていたが、まさか仲間想いで頼れるヤツだったなんて……。

 ヤバイ、コイツはカッコイイぞ。

 このジャスト過ぎるタイミングは、マジでシビれた。

 僕が女子なら、一発で恋愛度マックスになってたかも知れない。


「ほら、ちゃんと構えろ。敵が来るぞ」

「あぁ……!」


 吹き飛んでいった青い甲冑が、ガチャン、ガチャン、と鎧を鳴らしながら戻ってくる。

 さすがに一撃では倒せなかったようだ。

 だが、今は二対一という圧倒的に有利な状況だ。


 さっきまで震えていた手が、今はもう止まっている。

 僕の隣には、頼りになる仲間が居るんだから。


「……ん?」


 あれ?

 おかしいな?

 見間違えだろうか?

 青い甲冑が増えているような気が……?


「……んん?」


 目をこすって見直してみるが、青い甲冑は確かに二体存在している。


「なぁ、大道寺……。青い甲冑が増えているように見るけど、僕の気のせいかな……?」

「そりゃ増えるさ。だって、俺が連れてきたんだもの」


 大道寺は、自分の武器であるヒモをクルクルと指先で回す。


「だって、コレだぜ? 仕事人じゃあるまいし、こんなので倒せるワケがないだろ? その点、ホラ、お前のは剣っていかにも強そうな武器じゃない? だからここに連れてきたんだよ。お前に倒してもらおうかなーって。いやー、みんなどこに居るか分かんなくて困ったけど、お前の遠吠えが聞こえてきて助かったわ」


 つまり……助けに来たワケじゃなくて、助けてもらうためにここへ連れて来たのか?

 ま、まぁ、懸命な判断じゃないかな?

 一人じゃ無理だから協力して戦おうってんだから、さすが軍神って名前の武器を持つだけはあるな。

 僕なんて動揺しまくってて、そんな考えすら思い付かなかったよ。


「じゃ、後はヨロシク。俺は女の子の援護に行くから」


 そう言って大道寺は、天馬の如く空に跳び上がり、振り向きもせずにそのまま北の森林地帯に消えていく。


「……へ? ん? ……あの野郎ぉぉぉーーーーー!! 僕に押し付けて逃げやがったあああぁぁぁーーーーー!!」


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