韓伯5  母、殷氏    

韓伯かんはくの家はとても貧しかった。


数歳の時のこと、とても寒い日があった。

その中でも韓伯が着れるものは

肌着一枚くらいしかない。


母のいん氏は韓伯に「火のし」、

いわゆる当時のアイロンを持たせて

寒さをしのがせながら、言う。


「まずはその肌着を着ていなさい、

 あわせてパンツもこしらえるから」


すると韓伯は答える。


「だいじょうぶです。

 ぱんつは、いりません」


え、どゆこと?

殷氏が問うと、韓伯は答える。


「この火のしも、

 火のあつさが手のところまで

 とどいてきています。

 いちまいをきていますから、

 もうすぐ、足もあたたかくなります。

 だから、いりません」


ほへぇ、この子凄いわ!

母氏、韓伯ちゃんが将来

すげぇやつになる、と確信したそーな。


まぁ国賊(桓温さま)の

部下になっちゃうけどね!



それから、ずっと後のこと。

息子の韓伯も死に、

孫たちがもう成人しようか、

と言う位の話だ。


殷氏、古く壊れかけたひじ掛けに

もたれかかっていた。

それを見た孫の卞範之べんはんし

新しいひじ掛けに取り換えようとする。


だが殷氏、それを突っぱねる。


「私がこう言う物に

 寄りかかっておらねば、

 お前はいつ古いものを

 見ることができるのだね?」




韓康伯數歲,家酷貧,至大寒,止得襦。母殷夫人自成之,令康伯捉熨斗,謂康伯曰:「且箸襦,尋作複(巾軍)。」兒云:「已足,不須複(巾軍)也。」母問其故?答曰:「火在熨斗中而柄熱,今既箸襦,下亦當煖,故不須耳。」母甚異之,知為國器。

韓康伯の數歲なるに家は酷く貧しく、大寒に至れど、襦を得るに止まる。母の殷夫人は自ら之を成し、康伯をして熨斗を捉わしめ、康伯に謂いて曰く:「且つ襦を箸くべし、尋いで複た(巾軍)を作さん」と。兒は云えらく:「已に足れり、複た(巾軍)は須まざるなり」と。母の其の故を問うに、答えて曰く:「火は熨斗が中に在りて柄は熱し、今、既に襦を箸け、下は亦た當に煖ぜん。故に須まざるのみ」と。母は甚だ之を異とし、國器為らんことを知る。

(夙惠5)


韓康伯母,隱古几毀壞,卞鞠見几惡,欲易之。答曰:「我若不隱此,汝何以得見古物?」

韓康伯が母は毀壞せる古几に隱る。卞鞠は几の惡しきを見、之を易えんと欲す。答えて曰く:「我れ若し此に隱らざらば、汝は何をか以て古物を見たるを得んか?」と。

(賢媛27)




殷氏

殷浩さんの姉。もうそう聞いただけでめっちゃ烈女。息子の韓伯は桓温に、孫の卞範之が桓玄に仕えたことで、「あたしゃ反逆者に仕えさせるために子供産んだんじゃないよ!」的にキレてた。まぁその何と言うか、この卞範之の謎の存在感、いったい何なんだ。

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