楽広3  楽令の言葉   

楽広がくこう、清談こそ得意だったものの、

文筆はどうにも苦手だった。


河南尹かなんいんという役職

(洛陽の市長、みたいな役職である)

を、他人に譲ろうとしたとき、

その思いをどう告げたものかで迷い、

潘岳はんがくに代筆をしてもらうことにした。


「分かりました、やりましょう。

 ただ、そのためにはあなた様の

 お考えが必要です。

 そのあたりをお教え願えませんか?」


そう言われたので、楽広、自分の思いを

二百文字ほど書き出した。


それを見た藩岳、錯綜をほどき、

順序を整え、明文化。

これがまた、素晴らしい出来栄え。


これを読んだ人々は言う。


「このコラボやべえ!

 原案の楽広、執筆の藩岳!

 これ以上ないマリアージュじゃねーの!」



楽広の発する言葉といえば、

こんな話もある。


武帝ぶてい政権下で謀臣として活躍した、衛瓘えいかん

彼が宰相となったとき、

ふと楽広とそのゆかいな仲間たちが

清談に勤しんでいるのを見かけた。


ふーん、若い奴らも頑張ってるねー。

なんの気なしに聞き始めた衛瓘だったが、

その論の深みに気づき、

えっマジ? となった。


そして言う。


何晏かあん夏侯玄かこうげん嵆康けいこう阮籍げんせき

 名手たちの死は、清談の衰亡を

 招くのでは、と心配していたが、

 なんのなんの。


 いま、そなたらの言葉を聞き、

 清談は滅ばぬ、と確信したぞ!」


更に、自らの子供や親族を

楽広らに引き合わせようとした。

その時の言葉が


「かの人の前に立てば、

 その心はたちまち映し出される。


 心の靄を取り払い、

 青空を仰ぐかのような心地で、

 彼らと接するように」


であった、という。




樂令善於清言,而不長於手筆。將讓河南尹,請潘岳為表。潘云:「可作耳。要當得君意。」樂為述己所以為讓,標位二百許語。潘直取錯綜,便成名筆。時人咸云:「若樂不假潘之文,潘不取樂之旨,則無以成斯矣。」

樂令は清言に於いて善かるも、而して手筆に於いては長ぜず。將に河南尹を讓らんとせるに、潘岳に請うて表を為さしむ。潘は云えらく:「作すべきのみ。當に君が意を得んことを要めん」と。樂の己が讓を為す所以を為せば、標位にて二百許りの語たり。潘は直ちに錯綜を取り、便ち名筆と成す。時の人は咸な云えらく:「若し樂の潘の文に假さず、潘の樂の旨を取らずば、則ち以て斯くの成りたる無きなり」と。

(文學70)


衛伯玉為尚書令,見樂廣與中朝名士談議,奇之曰:「自昔諸人沒已來,常恐微言將絕。今乃復聞斯言於君矣!」命子弟造之曰:「此人,人之水鏡也,見之若披雲霧睹青天。」

衛伯玉は尚書令と為り、樂廣と中朝の名士が談議せるを見、之を奇しみて曰く:「昔よりの諸人の已來に沒せるに、常に微言の將に絕えなんを恐る。今、乃ち復た斯くなる言を君より聞かんか!」と。子弟に命じ之に造りて曰く:「此の人、人の水鏡ならば、之を見るに雲霧を披い青天を睹すが若くせよ」と。

(賞譽23)




政治的顕名たちは割と世代間断絶がすごかったけど、名士たちはなかなか連結が取れていますね。見方によっては把握しづらい、だけど、見方によってはスペクトラムを感じられてベネ。とはいえ、世説新語の上では何晏たちと竹林七賢に断絶があるんだよなあ。かろうじて鐘会を通じてぎりぎりつながってる感じ? うーん。



以下はオマケです。




楽広と藩岳の関係と

似た関係のある人に、

太叔廣たいしゅくこう摯虞しぐという人がいた。


太叔廣は論談に優れ、

摯虞は文筆に優れ、という感じだ。


太叔廣が論談の座で摯虞と議論すれば

摯虞は絶対に勝てなかったし、

さりとて帰宅してから摯虞が筆にて

先ごろの論談についての批評を加えると、

今度は太叔廣が答えに窮する、

という感じだった。




太叔廣甚辯給,而摯仲治長於翰墨,俱為列卿。每至公坐,廣談,仲治不能對。退著筆難廣,廣又不能答。


太叔廣は甚だ辯を給じ、摯仲治は翰墨に長ず。俱に列卿たり。公坐に至れるが每、廣が談ずらば、仲治は對う能わず。退りて筆を著し廣を難ずらば、廣は又た答う能わず。


(文學73)




太叔廣、摯虞

共に優れた文学家である。そして八王の乱のさなかに殺される。というか二人ともここにしか登場しないのでほっとくどとうにも紹介のしようがないので、楽広と藩岳の関係に近いのをいいことに一緒に登場していただきました。

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