王敦4  王敦の乱、その後

王敦おうとんの乱は、王敦の死によって

一つの転機を迎える。


乱のさなかに、

首謀者が死んでしまうのである。

あとに残された者たちは

王敦の存在故に従っていたにすぎず、

誰かが王敦の代わりに旗を振って、

などという事は到底できなかった。


王敦の兄王含おうがん、その息子王応おうおう

二人はどう逃げようか、と相談していた。


二人は提案し合った。

息子の王応は江州の王彬おうひんのもとに、と。

父親の王含は荊州の王舒おうじょのもとに、と。


王含、息子に言う。


「王敦様と王彬殿が、普段どのような

 仲であったか知らぬわけでもなかろう。


 あの人は王敦様の前にあっても、

 毅然と己が義を貫いておられた。


 そのような方が、

 わしらを受け容れると思うか?」


すると王応が返す。


「だからこそ、頼るべきなのです。

 王彬様は誰の権力が強盛だ、

 などという事に囚われません。

 これは尋常の人に

 できる事ではありません。


 我々がいま窮状に

 立たされているというのであれば、

 憐れに思ってくださるでしょう。


 一方の王舒さまは、

 ルールを守ることに

 汲々とされておられます。


 このような方が、果たして我々を

 どれだけ守って下さるでしょうか?」


結局王含は息子の言い分を却下、

荊州の王舒のもとに逃げ込んだ。


そして王舒は、王応の見立ての通り、

彼らを長江に沈めた。


一方の王彬は、

王含親子が来るかもしれないという事で、

密かに船を準備して待っていた。


そして、二人が結局来なかったことを

非常に残念に思うのだった。



なお王応について、王敦はこう評している。

「奴の振る舞いからすると、

 まあまあ前途がありそうじゃないか?」




王大將軍既亡,王應欲投世儒,世儒為江州。王含欲投王舒,舒為荊州。含語應曰:「大將軍平素與江州云何?而汝欲歸之。」應曰:「此迺所以宜往也。江州當人彊盛時,能抗同異,此非常人所行。及睹衰危,必興愍惻。荊州守文,豈能作意表行事?」含不從,遂共投舒。舒果沈含父子於江。彬聞應當來,密具船以待之,竟不得來,深以為恨。

王大將軍の既に亡ぜるに、王應は世儒に投ぜんと欲す。世儒は江州たり。王含は王舒に投ぜんと欲す。舒は荊州たり。含は應に語りて曰く:「大將軍は平素にては江州と云何たり。而して汝は之に歸せんと欲せるや?」と。應は曰く:「此れ迺ち宜しく往くべき所以なり。江州は當に人の彊盛なる時、同異に能く抗したり。此れ常に非ざる人の行いたる所。衰危に睹せるに及び、必ずや愍惻なるを興さん。荊州は文を守らば、豈に能く意を作し事を行うに表さんや?」と。含は從わず、遂には共に舒に投ず。舒は果して江に含父子をして沈ましむ。彬は應の當に來たらんとせるを聞き、密かに船を具し以て之を待てど、竟には來たるを得ず、深く以て恨みたるを為す。

(識鑒15)


王大將軍稱其兒云:「其神候似欲可。」

王大將軍は其の兒を稱えて云えらく:「其の神の候し、可なるを欲せるに似たり」と。

(賞譽49)




王含、王応

王敦は子供がいなかったため、王応を養子に迎えて後継者に指名している。のだが、「クソであったため結局滅んだ」。んー、いろんなところで直面するケースではあるのだけれども、敗者=クソのこの図式はさぁ、なんていうか、「敵が偉大であってこそ初めて主人公が輝く」教の信者としてはつらいのですよ。そう言う宗教上の理由から王敦周りの人物の書かれ方にムカついてます。こまったなあー(棒)。ただまぁ、ここに載る通り、王応にはそれなりの評価が加えられていますよね。王義之さんのところでも王義之さんに並ぶ世代の秀抜、的な扱いですし。


王舒

息子の王允之おういんしがめっちゃ強いのだが、ご本人は普通、というか微妙。この人のぱっとしない風に書かれてるっぷりにも業績が尾を引いている印象がある。なお劉孝標りゅうこうひょうはこの人に対して「親族をぶっ殺すとか、お前の血は何色だァー!」って激怒してる。「舒は人に非ざりたらん」とか笑うしかないやろそんなん。


王彬

息子が王彪之おうひょうし。しかしほんと琅邪王氏の傍流の人って皆端役ね。本編にも書いた通り、王敦に対しても決して媚び諂わない毅直の士だった。その上で、王敦の乱が沈静した折には「私は王敦の親類であるため、罪に連ならねばならない」とかも言いだしてる。まぁ、カッコイイ類の人である。世説新語じゃ影薄いけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る