王羲之14 王述とのこと2

王羲之おうぎし王述おうじゅつのことを軽蔑していた。


にもかかわらず、王述の名声は

時を追うごとに重くなっていく。


王羲之、それがとにかく不満だった。



王述が会稽かいけいの長官であった頃、

母親の訃報がもたらされる。

これから建康けんこうまで戻るわけにもゆかず、

王述、会稽にいたまま服喪に入った。


王羲之、忌引きの王述に代わって、

会稽の仕事を任される。


「王述殿、このたびは……。

 近いうち、弔問に参じます」


そんな口約束を何度か交した王羲之、

けど口先ばかりで、全然赴こうとしない。


やがて、ようやく訪れたと思っても、

応対に出た王述が故人を偲び

慟哭したのを見届け、撤収。

母親の霊前にまでは出向かなかった。


相手の先祖の霊を軽んじる。

ひどい侮蔑である。

これによって、

王述と王羲之の仲は最悪となった。


のちに王述、揚州ようしゅう刺史ししに昇進。

つまり会稽を含んだ一帯のボスだ。


その頃の王羲之は会稽郡のボスだった。

上司が誰になるかを知った王羲之、

ふざけんなとばかりに申し立て。


内容は、会稽一帯を揚州から独立、

越州えっしゅうとして下さい、というもの。


えぇ……。


一応使者は建康に

その訴えを持って行ったが、

当然、受理されるはずもない。


「おいおい私情剥き出しだよ王羲之、

 恥ずかしくないのかね?」


この訴えは思いっきり、有識者に

笑われたそうである。


さて、王羲之の意図を把握した王述。

お前がそう来るなら、こちらにも

それなりの手立てはあるぞ。


何せ刺史ってヤツは行政監督官である。

会稽郡の内情を調査する

手立てなんか、いくらでもある。


そうして密かに調べてみれば、

出てくるわ出てくるわ、

不正の山、山、山。


王述、これまでのことへの

意趣返しの意味も込めて、

王羲之に言う。


「王羲之殿、何を言っても構わんが、

 それは自らの治所を

 万全に治めた上で

 言うべきことではないのかね?


 これだけのやらかしをしておいて、

 それでも長官の座に居座っておれるなど、

 並大抵の肝っ玉ではないと思うのだが、

 いかがだろうか?」


ピャッ!


痛いところをつかれた王羲之、

病気になった、という事にして、

会稽の長官の座を辞職。


以後死ぬまで、怒り恥じていたそうな。




王右軍素輕藍田,藍田晚節論譽轉重,右軍尤不平。藍田於會稽丁艱,停山陰治喪。右軍代為郡,屢言出弔,連日不果。後詣門自通,主人既哭,不前而去,以陵辱之。於是彼此嫌隙大搆。後藍田臨揚州,右軍尚在郡,初得消息,遣一參軍詣朝廷,求分會稽為越州,使人受意失旨,大為時賢所笑。藍田密令從事數其郡諸不法,以先有隙,令自為其宜。右軍遂稱疾去郡,以憤慨致終。


王右軍は素より藍田を輕んじるも、藍田が晚節の譽論の重きに轉ぜるに、右軍は尤も平らかならず。藍田の會稽にて丁艱せるに、山陰に停りて喪を治む。右軍は代りて郡を為し、屢しば弔に出でんと言いたるも、連日果たさず。後に門に詣で自ら通えるに、主人は既に哭せど、前まずして去り、以て之を陵辱す。是に於いて彼此の嫌隙は大いに搆う。後に藍田の揚州に臨ぜるに、右軍は尚お郡に在りて、初にして消息を得、一なる參軍を遣りて朝廷に詣ぜしめ、會稽を分け越州に為さんと求むるに、使いたる人は意を受くれど旨を失い、大いに時賢に笑わる所と為る。藍田は密かに從事に令し其の郡の諸もろの不法を數えしめ、先に隙有せるを以て、自ら其の宜しきを為さしむ。右軍は遂にして疾を稱りて郡を去り、憤慨を以て終を致す。


(仇隟5)




あんまりにも綺麗なオチがつき過ぎてわろた。王羲之さん、さんざすごい人として持ち上げられておいて、最後の最後で執政官としての不手際で墜落とか。王述さん、「性」は急だったにせよ、「政」は急ではなかったんですね。王述憎しでいろいろ見誤っちゃってたんだね、王羲之さん。

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