第92話 真実5


 夢を見ていた。それは現代社会の夢だ。

何故ならビルが至る所に立ち並んでいる。

店にはガラスのショーケースがあり、中に服を着たマネキンや食事処では食品サンプルがずらりと並んでいた。


今の世界のファンタジーとは全然似ても似つかない世界だ。

夢にしか思えない。いや、本当に夢なんだろう。

空は青空で、眩しく太陽が照らしている。

私はその中空に浮かんでいる。


下を見ると、私がいた――


――それは紛れもなく私の姿だ。


思わず、自分の下に行く。

スーツを着ているので私は今、家から出て会社に向かう所のようだ。


なぜか私は上機嫌に歩を進めて会社に向かっている。


はて、そこまで私は会社人間じゃなかった気がするけど。

15分程歩いて、駅に到着する。いつも使っている駅だ。

その改札を通って駅のホームに下りる。

満員電車の中を40分程我慢して、乗換駅にて乗り換える。

そうして、10分程また満員電車に耐えて目的の駅に到着した。

駅の改札を出て10分程で会社を出る。


私の会社は医療機器の会社だ。

そこで、私は医療機器の製造を担当していた。


やはり、いつも通り医療機器の製造をしている。



その後も見続けたが、昼に昼食を取ってまた製造を再開して、定時の18時に会社を退社した。

会社を出た私はそれこそスキップをしそうな程、嬉しそうな顔をしている。


今日はいったいなにかあったのかな?


駅の改札を通って、電車に乗る。

そこで、通勤途中の駅にて降りる。


ここは通勤途中の駅なんだけど何が目的だ?


私は駅を離れ、渋谷駅を練り歩く。

そして、一つのジュエリーショップに入った。


そうか! そう言えば、この日私はジュエリーショップに行って、妻に結婚記念日の贈り物をしようとしていたんだ。


私はショーケースの中を物色しながら、財布と相談しながら一つ一つ慎重に見ながら選んでいる。


そうして、30分くらい経った頃に店員さんを呼んだ。


「これを下さい」


「かしこまりました」


店員さんはショーケースを開けて私の選んだ物を手に取り、私に見せてくる。


「これでよろしいでしょうか」


「はい、お願いします」


選んだのはネックレスだ。ハートのペンダントが付いたネックレスを買った。

値段は3万円。そこそこの値段だ。

だけど、お小遣いを貯めて買った大切なネックレスだ。


それをプレゼント用に包装して貰って、ジュエリーショップを出た。


そして、また駅のホームに下りて電車に乗る。

丁度、帰宅ラッシュもあって電車の中は混雑していた。

その中で包装されたプレゼントを潰されないように大事に抱える。

揺られること30分くらい。

地元駅に着いて、私は駅の改札を出る。

改札を出た私はとても晴れやかな笑顔だ。


15分の道のりをウキウキしながら上の空で歩いている。

信号を持ち、青信号になった所で前に進む。


と、信号を無視して車が突っ込んできた。


危ない! 気づけよ私!


そう思ったが、私には聴こえないし、気づけない。


車のクラクションがうるさく鳴り、ブレーキの音が響き渡る。

そして、横を向いて気づいた私はその車に撥ねられて地面を転がった。

頭から血が流れ出ている。

それは、辺りに段々と広がっていく。

それでも、私はプレゼントを手から離してはいなかった。


悲鳴が上がる。車から降りた男が狼狽しながら俺の体を揺らした。

誰かが救急車を呼んだ。野次馬が集まって信号は一時大混乱となっていた。


そうして、私の意識は消えていった。



気付いた時には病院のベッドの上に私は仰向けになっていた。

私はそれを上から見下ろしている。


あれから一体何日掛かったのだろうか。


ベッドの私の横に椅子に座っている人がいる。


妻だ! ただ、その顔は少し老けていた。それに5歳児くらいの子供もいる。


「あれから5年。カズトさんはいつになったら目を覚ましてくれるの?」


妻の声は震えていた。涙を堪えているのだ。

首に掛かっているネックレスが光った。


良かった。プレゼントは無事に受け取ってくれたみたいだな。

それにしても5年も経っていたのか。

ってことはこの子供は俺の子供か!? もう、こんなに大きくなっていたんだな……。


「本当にお寝坊さんなんだから……」


妻は献身に私の世話をしている。


「あなたに名前を呼んで欲しいわ。エリカって……」


エリカ……。そうだ。エリカだ。私の妻の名前は絵里香だ。やっと思い出した!


ああ、やっと思い出せた。私の妻の名前は絵里香なんだ。

思わず涙が出た。今まで思い出せなかった後悔と思い出せた嬉しさが心に混じりあって目から涙となって零れていく。


絵里香……絵里香! 


何度も言う。狂ったように叫んだ。妻にこの声が届くようにと。

だけど、その声は届かない。私はベッドの上で安らかに眠っているだけ。

そして、これを見ている私もただの泡沫の夢。

届くはずはないのだ。

でも、それでも私は声を荒げて名前を呼び続けた。


だが、絵里香と子供はその場を後にして部屋を出て行った。


絵里香……。


そうして、私の意識はまた無くなった。




「ハッ!」


思いっきり上半身を起こして起き上がった。


「お兄ちゃん。大丈夫?」


リリィが私の顔を心配そうに覗き込んでいた。


「あ、……ああ、大丈夫さ」


「でも、凄いうなされてたよ」


「悪い夢を見ていたんだ。そう、悪い夢をね」


「お兄ちゃん。泣いてるよ」


リリィにそう言われて目元を拭った。

水滴が指に付いた。私は泣いていたようだ。


「大丈夫。大丈夫さ」


「お兄ちゃん泣かないで。お兄ちゃんが悲しいとリリィも悲しいよ」


リリィも涙目になってこっちを見ている。

頭を振って、夢の中の事を忘れる。


「もう大丈夫だから泣かないでリリィ」


「本当に大丈夫?」


「ああ、バッチリさ。リリィのおかげだな。さ、朝食を食べよう」


「うん!」


リリィの手を取って昨日の残りを火の精霊で温める。

アルフさんも置きだしてきた。


「アラン殿。おはようなのだ」


「おはようございます。アルフさん」


「おはよう。おじちゃん」


俺の本当の名前は和人。

だけど、この世界での名前はアランだ。

冒険者のアラン。ただ、それだけだ。

和人ではないのだ。あの世界に帰るまでは。

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