第50話 自由10

二人で湯に浸かりながら、のんびりとする。

当然、精神は統一しながらだけど。


「安心した? リリィ」


リリィは手をギュッと握ってくる。柔らかくて小さい手だ。


「……少しだけ」


「そっか」


それだけリリィにとってはヘンリー王子の件は衝撃的な事だったんだろう。

私でも、あんな光景見たら口が塞がらない。


「お兄ちゃんは……ううん。なんでもない」


何かを口にしたいけど声に出したらいけない。そんな葛藤をリリィから感じた。

その言葉の先が気になった。

リリィが言おうとしている言葉を待っていたのだが、リリィはそれから一言も話す事はない。

ただ、身を寄せてくるだけだ。


「そろそろ、湯から出ようか。逆上せちゃうよ」


「うん。わかった」


手を取って、立たせて風呂から出ていく。


そうして、体を拭いて、二人して着替える。


「お兄ちゃん。髪拭いて」


「え!? うん。わかった。やるよ」


なぜか両手でガッツポーズを取ってしまったが、私は喜んでなんかいない。いないんだ。

リリィの髪を丁寧に拭いていく。

その間に、リリィは体全体を拭いて着替えを始めている。

髪を拭き終わる。


「お兄ちゃん。丁寧だね」


「それはどうも。お姫様」


今日は色々あったので疲れてしまった。鍛錬は止めてもう寝てしまおうか。

二人でベッドに入る。


当然、彼女は私の手を離さない。そして、身を寄せて来る。


「お兄ちゃんは私の騎士様だよね」


「騎士様かどうかは分からないけど、護衛だから同じようなものかな」


「じゃあ、リリィの事を守ってね」


「うん。約束する。何があっても守るさ」


「ありがとう。お兄ちゃん」


手が強く握られる。私も少し力を込めて握り返す。

大丈夫さ。絶対に危険な目には合わせないよ。


「明日は、町に行って服を買おうか。きっと、リリィに似合う服があるよ」


「うん」


「それで、道具屋とか装飾品のお店にも行ってみよう」


「うん」


「他にも露店を見てみたりとか、お土産を見るのも楽しいよ」


「う……ん」


「リリィ。もう、寝ちゃった」


「……ん」


リリィは目を閉じていた。寝息が聴こえてくる。

安心してくれただろうか。せめて、夢の中だけでも良い夢を見て欲しい。

彼女の目から透明な雫が零れる。

月の光を受けてそれは輝いて頬を流れて行った。

私は、その雫の後を拭う。


せめて、夢の中だけでも自由になってほしい。


私の願いは届いたのだろうか。

それはわからない。

でも、リリィの寝顔は少し笑みが浮かんでいた。


「おやすみ。リリィ」


私は少しだけ満足して眠るのだった。



 明けて、早朝。目を覚ますと、リリィが目の前にいた。幼くても美少女が目の前にいる事に若干ながら心音が高くなる。

馬車の生活で慣れていたと思ったが、ベッドの上でより間近でリリィを見ると、その美しさと儚い可憐な容貌にドキリとしてしまう。

体を動かそうとするが、リリィが私の体に抱き着いていた。


「う、うごけん……」


時折、聴こえる寝息すら蠱惑的だ。リリィはこの年齢にして男を誑かす天性の才能があるのかもしれない。

だって、私の心臓が五月蠅くなっているんだ。こんな幼女に!

リリィには悪いけど、ここは心を鬼にして起こそう。

そうしないと持たない!


「り、リリィ。起きて。起きて!」


「う、……うーん」


拘束が解除された。彼女はいつものように目を擦っている。


「おはよう。リリィ」


「おはよ」


まだ、寝ぼけ眼なリリィはそれで歳相応で可愛らしい。


「目は覚めたかい?」


「うん」


目は覚めたみたいだが、リリィは頬を染めてこっちを見ている。


「お兄ちゃんがいつもより近いからドキドキしちゃった」


「ありがとう。リリィもいつもより可愛く見えるよ」


リリィは顔を更に赤くしながらも、目は離さない。

蒼い瞳がキラキラと輝いて見える。

耳もピクピクと動いている。


「お兄ちゃん。なんか起きたくない」


「そっか。じゃあ、もう少し寝坊しようか」


「うん。そうだね」


眠りはしない。二人見つめ合いながら時は流れていく。

彼女の瞳には私がどのように見えているのだろうか。

それはわからない。でも、この時間がずっと続けば良いなって思った。


私達はそれから30分お互いを見つめ合ったままベッドから起きなかった。

朝食の時間にはギリギリ間に合った。


 二人して、朝食を食べた後に、町の外に出て見ることにする。


「じゃあ、昨日言った通りにまずは服を買いに行こうか」


「うん。わかった」


リリィの手を離さずに握って服屋を目指す。

直ぐに服を売っているお店に辿り着いた。

扉を開けて中に入る。


「いらっしゃい」


店員のおばちゃんから来訪の挨拶が聴こえてくる。


「すみません。この子の服を買いたいんですけど」


おばちゃんは私の隣のリリィを見ると、顔を両手に当てて驚いた。


「あらまぁ! こんな可愛い子の服かい? これじゃあ服がこの子に負けちゃうね!」


「ははは、そこはお願いしますよ」


「わかったよ! 任しとくれ! あたしがこの子に似合う服を選んであげるからさ」


リリィの手を放しておばちゃんに託す。

そのまま、リリィを連れておばちゃんは店の中の服をあれでもないこれでもないと、彼女に当てては唸っている。


そもそも、リリィには何でも似合うだろう。それだけのポテンシャルはある。

4着程、選んでからおばちゃんは試着室にリリィと一緒に入る。


そうして、リリィのお着換えショーが開催される。

最初は、白と赤を基調にしたエプロンドレスに赤いフードを着た格好だ。


「お兄ちゃん。どう?」


「とっても可愛いよ!」


まるで、童話の赤ずきんみたいだ。

小さな籠を持っていたらまんまそうだろう。

悪い狼さんに食べらえてしまいそうだ。


「本当に可愛いね。絵本の中のヒロインみたいだよ」


「ええ、そうですね!」


リリィを置いてけぼりにして二人で白熱し出した。でも、リリィも満更でもないようだった。

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