第40話 記憶3
「お父様! いったいどういうことなんですか!?」
私は侍従のシエラさんが押す車椅子で、お父様の部屋で叫んだ。
「どういうこと、とはいったいなんのことかな?」
だが、お父様はどこ吹く風のように私の怒りを受け流した。
「アランの事です! なぜ、アランがこの町から追放されなくてはいけないのですか!」
「ああ、アラン君の事か」
お父様の態度に怒りが沸々と沸いてくる。私は、目覚めてから侍従のシエラさんにアランがもう町から追放されて出て行った事を聴いて、居ても立っても居られずにお父様の所に来ていたのだった。
だのに、お父様のその態度に私は怒りが収まらない。
「あれは仕方がない処置だったんだよ」
「仕方が無い!? 私を助けるために命懸けで採取してくれたと聴きました。なのに、仕方が無いでお父様は片づけてしまうのですか!」
お父様は深いため息を付くと、指を3つ立てる。
「アラン君の事について仕方ない処置が3つある。
まず、1つ目はEランクの冒険者に特別な計らいと捉えられてしまっても仕方が無いDランクの指名依頼をしたこと。
2つ目にその依頼が、期日のギリギリ3時間前というタイムリミット限界だったこと。この二つに関しては、私の方も悪いから、一概に彼のせいとは言えない。私の、見込み違いということでもある」
「でしたら! ――」
「――だが、最後の3つ目は擁護できない。冒険者ギルドという大勢の目がある場所で、彼の腕の中でエリカは意識を失ってしまった。それが故意じゃないとしてもだ。彼は、貴族に対して重大な怪我を負わせたと思われても仕方ない。そうだろう?」
「確かにそうですが……」
「最後の3つ目のせいで、私が何もお咎め無しになんて出来ない。寧ろ、してしまったらこの町の秩序を法を蔑ろにしていると言われても仕方なかったんだ。だから、アラン君には悪いが、この町の追放をさせてもらった。寧ろ感謝して欲しい程だ。もっと、処罰は重くて奴隷落ちや処刑もあり得たんだからね」
「ぐっで、ですが!」
「ですがも何もない。この話はこれでお終いだよエリカ。君は貴族なんだ。アラン君を特別視して他を蔑ろにしてはいけない。貴族としてのルールを守りなさい」
「…………」
私は、お父様の声に何も言い返せなかった。アランに触れた時に気を失ってしまったこと。これは多くの人が目撃してしまっている覆せない事実だ。
あれだけ見たらアランが私になにか害を成したと思われても仕方が無い。
悔しい! 悔しい! 言い返せない私が情けなくて、みっともなくて悔しかった。
アランは私の為に精一杯だったのだ。私の為に、努力し、血の滲むような鍛錬も行っていた。
そのアランに私はなにも何一つも報いる事が出来ないなんて……
「く……ぅっうぅ」
目から涙が溢れた。侍従のシエラさんはハンカチで涙を拭いてくれる。その光景も私にとっては情けなかった。
「もういい。エリカ下がりなさい。君はまだ療養しなくてはいけないんだからね」
「……」
私は何も声を掛けられない。止めどなく溢れる涙で声を出す事が出来なかった。
侍従のシエラさんは車椅子を引いて、お父様の部屋を出た。
そして、自分の部屋に戻って、シエラさんの手助けを得てベッドに横になった。
見っとも無い。そして、情けなかった。お父様に何一つ言い返す事が出来なかったからだ。
そして、自分一人では動かすことも一苦労なこの両腕も両足も見っとも無かった。
光の乙女と言われている私は全然、素晴らしい存在ではなくちっぽけで見っとも無い、ただの子供でしかなかった。
天井をぼーっと見つめながら、私はアランの事を考えていた。
訓練でボロボロになりながら頑張るアラン。
ギルド長に扱かれながらも必死に頑張るアラン。
紫電流を覚える為に何日も何ヶ月もかけていたアラン。
あの頃から私はどんどん彼に惹かれて行ってしまったんだろうな。
アレンと模擬戦をしてボコボコにされながらもやっと1勝出来た時なんてとても嬉しかったな。
アランはいつも頑張っていた。必死になって毎日のように頑張っていた。
なのに、私のこの様はなんだ。
無力な少女がお父様に言い返す事も出来ずに打ちひしがれている。
私にもアランみたいな強い心があればなぁ。
彼は妻の為に頑張っていた。
それは私たちご先祖様のためだ。
アランに言いたかった。
伝えたかった。
私はここにいるよ。
あなたの妻はここにいるよって。
でも、そんな言葉ももうかける事が出来ない遠くまで彼は行ってしまったんだ。
また、涙が溢れてきた。もう、この場に他の人はいない。その涙を止めることは出来なかった。
「情けないねぇ。お嬢はよぉ」
扉を開けて誰かが入ってきたと思ったら声が掛けられた。この呼び方は間違いなくアレンだろう。
「うるさいわね……ほっといてよ!」
上半身を起き上がらせることも出来ないので、寝たままアレンに声をかける。
「おー、気が立ってんなぁ。そんなんじゃ、アランに見せられないぜ」
「ふん。アランはもうこの町にはいないじゃない……」
「ああ、そうだな。確かにアランは領主様に町を追放されて、今はもうここにはいない。そりゃそうだよ」
「…………」
「でもよ。お嬢はそんな態度で良いのか? 確かにアランはこの町を追放されたさ。でも、だったら、今度はお嬢が会いに行けばいいじゃないか」
「え! 私が……会いに行く」
まさに、雷が落ちるかのような電流が身体に流れた。それは、思ってもいなかった事だからだ。
「そうさ。覚醒した光の乙女はお供を連れて各地を周ることになっている。ならよ。その時にアランに会いに行けば良いんだよ」
「た、確かに……そう……だけど。私の身体じゃ車椅子がないと移動できないし。現実的に無理よ」
「おや? お嬢は諦めるのか? アランは最初、素人だった。だけど、毎日血反吐吐いて努力して強くなったんだ。身体が動かない? なら、動くように努力すれば良いだけだろ!」
「そう……そうね。確かにその通りだわ。私間違えてた。アランに会いたいとは思ってたけど、会いに来てくれることだけを考えていた。でも、本当は違う。本当に会いたいなら私から会いに行けば良いんだわ!」
「そうだ! その意気だお嬢! お嬢に涙は似合わない。アランが頑張ったんだ。今度はお嬢が頑張る番だぜ!」
「ありがとうアレン! 私決めた。アランに会いに行く。今は、身体が動かせないけど、それもなんとかして動かせるようにする。そうして、アランに伝えなきゃ」
「ああ、そうだぜ。頑張れよお嬢!」
「うん! 私、頑張る!」
その日から侍従のシエラさんの観衆の下、衰えた足腰や腕を鍛えるために歩行訓練をするようになった。
最初は、上手く行かなくて何度も何度も自棄になった。侍従のシエラさんも見るに見かねて止めようとした。
でも、アランの頑張りを見ていた私はこんなことじゃ諦められない。
私は、ずっと近くでアランの頑張りを毎日見ていたんだ。
こんな歩行訓練程度で音を上げる訳にはいかない。
私はアランに伝えなくちゃ行けないんだ!
三週間程で、一人でも歩けるようになった。まだよろよろと頼りないが、一人で大地に立つ事が出来た。侍従のシエラさんは涙を流して私の事を褒めてくれた。私も嬉しくて、彼女の胸の中で涙を流した。二人して涙を流し合った。
もう、冬の季節になった。あれから一ヶ月は経とうとしていた。少しだが、走れるようになってきていた。
なので、ゆっくりとジョギングペースだけど、町の中を走るようにしていた。町中からはいろんな人から声を掛けられる。そして、いろんな人から頑張って、応援していると声を掛けられる。有難い。本当にありがたかった。みんな応援してくれている。私は頑張るんだ。もっと頑張らないと。
月を見ながら、私は自室でアランの事を考えていた。
アランも同じ月を見ているのだろうか。
同じ月を見ていると嬉しいな。
今は遠く離れているけど、この世界で私たちは小さな線で結ばれている。
そう信じたい。
両手を合わせて月に祈る。
「和人さん。今度は私があなたに会いに行きます。だから、待っててください。必ず、必ず会いに行きますから!」
そう、 貴方を待っていた甘えた心の私とはさようなら。今度は私が貴方の下に行きます!
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