第39話 羨望17

「ありがとうございます。それにしても遂にDランクになったのかー」


思わず、感慨深くなる。冒険者になってからまだ1年と三、四ヶ月程度。早いかどうかわからないがDランクになれたのだ。

まぁ、ギルド長はCランクに上がるのが大変と言っていたし、本当に実力が問われるのはこれからということだ。



 冒険者ギルドの扉が開けられる。私たちは入ってきた人物が気になって視線を向けた。

初老に入ったばかりの男性。服は貴族程、派手ではないが身綺麗であり、どことなく好感の持てる人だ。


「失礼。依頼をお願いしたいのですが、どちらで受付をすれば宜しいですかな」


男性はこちらのテーブルに問いかける。そりゃ、受付に誰もいないんだから尋ねてくるのは当然だ。


「ギルド長。お客さんみたいですよ」


「はいはい。分かってるよ」


ギルド長は男性を促して、受付まで戻ると依頼の発行手続きをしている。


「ちょっとアラン! 来ておくれ!」


ギルド長に大声で呼ばれたので受付まで行く。


「この人は馬車の護衛を依頼しているようだ。しかも、Cランク。もしくはDランク冒険者を護衛にしたいそうだ」


「なるほど。そうでしたか。一応、つい先ほど、Dランクになったアランです」


「君がDランク冒険者のアランさんか。私は奴隷商人をしているキースです。君が依頼を受けてくれるなら詳しい話をしたいと思うのだが、どうだろうか」


「ええ、良いですよ。あちらの席で詳しくお話をお聴きしましょう」


奴隷商人か。やはり、この世界にもあるんだな。私の中でのイメージではもっと、悪そうな人相や恰好をしているイメージがあったけど、イメージとは全然違うな。なんか、黒い服装と相まってバリバリ仕事ができるサラリーマンのようだ。


「わかりました」


キースさんを席に促して対面に座る。ギルド長はキースさんの真横の席に座り。ジャックは私の隣に座る。


「して、依頼とは具体的にどのような内容のものでしょうか」


「私の出した依頼は護衛依頼。この村から首都までの道のりを護衛してもらう任務です。期間は大体、三ヶ月半と言った所です」


首都までの護衛依頼か。これは、またとないチャンスではないだろうか。冬が終わるまで待ってから首都に行こうと思っていたところにこのような依頼。

私としても、早く首都に行って情報を集めようと思っていたので渡りに船だ。

だが、まだ詳しい話を聴いていない。

首都までに――冬が終わるまでに――行かなくてはいけない理由と報酬等だ。


「話はわかりました。ですが、首都に冬が終わるまでに行かなくてはいけない理由は何故なのですか?」


「……それは、春の半ば頃。大体、五月の頭に奴隷の大規模なオークションが開催されるからです。私共はそれに参加して今回の商品を売りたいと願っているのです」


商品、ね。それって結局は奴隷ってことでしょうに。でも、大規模なオークションに出される奴隷だ。それはかなり珍しいのか、それとも凄い綺麗な奴隷なのだろうか。

今は一月と言った所だから、ここから三ヶ月半かかるとしたら四月から四月の半ば頃か。まぁ、早めに着きたいのだろう。何か問題があって遅れてしまったら元も子もないし、キースさんも焦っているのかもしれない。


「話は分かりました。私も首都に用があるのでキースさんが良ければ護衛依頼を受けようと思います」


「おぉ! 本当ですか! それは有難い。明日から出発したいのですが良いですかな」


「やっぱアランはこの村を去っちゃうの?」


私の了承の旨にジャックは納得したような顔をしていた。ジャックとしては冬が終わるまで狩りの手伝いをしてもらいたいと思っていたのだろう。


「許してくれジャック。首都に行きたかったのは本当で、キースさんの話は私にとっても願ってもない内容なんだ」


「そうか……わかったよ。じゃあ、今日の夕食はご馳走するから家に来てよ」


ジャックは犬のようにしゅんと顔を伏せて、悲しんでいた。


「わかった。じゃあ、キースさん。もう少し詳しい話を聴いても良いですか?」


「ジャック。あんたは席を外しな」


ギルド長の言葉に「わかりました」と声を掛けて冒険者ギルドを出て行った。ちょっと、ジャックには強く当たり過ぎただろうか。でも、この依頼は受けたい。許してほしい。


「まず、護衛は三食付きで1日10コル出しましょう。それに、魔物や盗賊といった輩が出た場合はそれ1回毎に危険手当として10コル。そして、魔物や盗賊の魔石や収集物に関してもアラン君が貰って頂いて構いません」


ふむ。一日10コルの三食付きということは三ヶ月で900コルか。それに、魔物や盗賊が出た場合は追加報酬もあると。かなり良心的だなぁ。


「キースさんの移動手段はなんですか? 馬車であってますかね」


「ええ、間違いありません。馬車は2台です。1台は私と使用人用。もう一つが商品用の馬車です」


「理解しました。では、私はもう一つの商品用の馬車を守れば良いんですかね」


「話が早くて助かります。その通りです。先頭を私たちが、後方が商品用の馬車で、その馬車に乗って頂ければと思っています」


「なるほど。馬車に乗って護衛すればいいのですね。わかりました」


「ここ周辺では盗賊団も出るとの噂も耳にしましたので、何卒、宜しくお願いします」


「あぁ、それ潰したの私ですよ」


「な、なんですと!?」


キースさんが私を驚愕の目で見て、ギルド長を次に見る。


「本当だよ。つい昨日、盗賊団を捕まえたのはここにいるアランだ。Cランクの依頼として解決してもらってる。それだけの実力があると思ってくれて構わないよ」


「……アランさんは面白い方ですね。盗賊団が消えたのなら依頼を取り消すとは思わなかったんですか?」


「あ、そう言えばそうでしたね。失念していました」


「はは、面白いお方だ。盗賊団が消えたらしいですが、護衛の依頼はお願いしたいと思います。なにより、貴方を気に入りました。私、こう見えても正直な方は大好きでして」


「ははは……ありがとうございます」


一旦、話が纏まった所で、ギルド長がキースさんに声を掛ける。


「んで、話は変わるけど盗賊団の身柄を捕らえたわけなんだけど。それを買い取ってはくれないかね。全部で13人。一人は片腕がないが」


キースさんはその言葉に首を捻る。


「そうですね。私たちの持ってきた馬車では持って行くことが出来ません。なので、お断りさせてもらいましょうか。こちらとしても願ってもない依頼なのですけどね」


「そうかい。まぁ、ダメ元で聴いただけさ」


「ああ、待ってください。私たちでは無理ですが、隣町に知り合いの奴隷商人がいます。その方に連絡してこの村に寄って貰えるようにしましょう」


「本当かい!? それは助かるよ」


「ええ、これも何かの縁。恐らく二ヶ月はかかると思いますがご了承願います」


「ああ、そんなこと気にしなくて良いさ!」


「因みに、あの盗賊団はどんな奴隷になるのですか?」


自分でしでかした事だ。盗賊団が悪い奴らには間違いはないが、それでも、どんな結末になるかだけは知っておきたかった。それが、私がしなければいけない使命だと感じたからだ。


「……盗賊団と言うと、全員男ですよね?」


「ええ、その通りです」


「でしたら、良くて一生農奴でしょう。悪くて、落石や落盤の危険性のある鉱山奴隷。最悪の場合は闘技場での催し物。つまり、戦闘奴隷です」


「そう……ですか」


自分のやったことだけに少し心がざわついた。彼らには一生、自由なんてものはないんだろう。


「とりあえず、話は纏まったね」


「ええ、そうですね。では、アランさん。明日の早朝に村の入り口に来てください」


立ち上がり、一礼してからキースさんは冒険者ギルドを去っていった。

私とギルド長もその場を後にする。


 夕食、ジャックの家にお呼ばれしてご飯を食べる。エリシャさんは私に感謝を伝え、ジャックも私の雄姿を称える。それに、私は謙遜する。

夕食は楽しかった。エリシャさんのご飯も美味しかったし話も楽しかった。

でも、それも今日で終わるのだ。

帰り際、ジャックは何も言わなかった。寧ろ、言おうとして言葉が出てこないような感じだった。


「ありがとうございました」


私は扉を開けてジャックの家を去る。


「アラン! ありがとう! 今までありがとう! 元気でね!」


ジャックは扉を開けて、私に大声で声を掛けた。


ああ、そうだねジャック。君には本当にお世話になったよ。ありがとう。そして――さようならと告げて宿屋に戻っていった。



 次の日、宿屋で朝食を食べた後、荷物の整理をして、背嚢を背負って村の入り口に向かう。

そこには馬車が2台ある。これが、キースさんの言っていた馬車なのだろう。

キースさん側が乗る馬車は高級な馬車というイメージがあったが、2台目の奴隷が乗っている馬車もかなり高級な馬車で驚いた。もっと、簡素な感じがしたのだが。

キースさんが手招いて来る。私はそれに近づいて挨拶をする。


「2台目の馬車の奴隷はちょっと気難しい子でね。まぁ、仲良くしてやってくれると助かるよ」


「はい? わかりました」


気難しい子? 子供なのか? それにしては普通の奴隷に使うような馬車ではないからどこかの没落貴族の奴隷だったりするのだろうか。無礼な発言はしないように気をつけよう。


私は、2台目の馬車の扉を開けて、4人用の席に座る。

そして、対面に座る女の子に声を掛ける。


「――はじめまして。私の名前はアラン。宜しくお願いします。お嬢さん」


私は、その日不思議な少女に出会ったのだった。

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