第36話 羨望14

 それから、一週間が経った。今日で村に来て一ヶ月と一日。

つまり、ジャックの依頼を受けてから一ヶ月経ったということになる。

この日は依頼の終了日ってことになる。


「今日で、アランとの依頼も終わりなんだね」


「ああ、そうだね」


真昼の道中に村を目指して進む。帰りは夕暮れくらいになるだろう。

私たちは猪を一匹狩り、それを村に持ち帰る道中だった。今回の狩りの成果は3日間で猪一匹だ。少ないように思うが、捕れただけマシというものだ。


「もう、一ヶ月も経ったのかぁー。……ねぇアラン。まだこの村で狩猟の依頼を手伝ってくれないかな。依頼はちゃんと冒険者ギルドに出すからさ」


「そうだなぁー……」


もう、一ヶ月この村で過ごす。それも、良いかもしれない。季節は冬の半ば頃だ。冬が終わるまで、まだ二ヶ月はかかるだろう。どうせ、今、旅に出るのは厳しい季節だ。いっその事、冬が終わるまでここに居着いて、春になってから移動を開始するのでも良いだろう。

いや、それの方が現実的だ。

その間のお金についてはジャックの護衛兼狩猟の手伝いをすれば、困ることはない。

だけど、


「なに? アランもしかして何かあるのかい?」


「いや、別になんでもないけどさ」


「なら良いじゃないか。アランがいるととても助かるしさ」


嬉しい事を言ってくれる。

でも、正直な事を言うとジャックの依頼は今回で止めたいと思っていた。

ジャックとエリシャさんの二人を見ていると自分の心の中に暗い感情がどんどん溢れてくるのだ。

そう、私はジャックとエリシャさんに嫉妬している。

それは、私が原因なのだ。

でも、妻を目的にした旅をしている最中で見つけた幸せな夫婦。

自分の妻の名前まで思い出せない私自身への苛立ち。

その二つがかき混ぜられて、私の心を襲うのだ。


ジャックとエリシャさんは悪くない。悪いのは自分だけだ。それはわかっている。でも、だからと言ってこんな感情をずっと抱えたまま冬が終わるまで、生活をすると思うと心が先に壊れそうだ。


「まぁ……とりあえず、保留ってことにしておいてよ」


「なんだいそれ。まぁ、良いけどさ。でも、本当にアランには感謝しているんだ。だから、前向きに考えて欲しいな」


「分かったよ」


私たちは村へ向かう。木片に吊るした猪が少し重い。だけど、これは嬉しい重さだ。

早足になって私たちは村を目指した。

そして、村に着いた頃には夕方になっていた。


なにか、村に入る時、村の人からの視線に嫌な感じを受けた。

どことなく後ろめたいような目を合わせるのを避けるような……


「アラン! ジャック! 待ってたよ!」


急に声が掛かったのでその方向を見るとギルド長がこちらに走ってきている。

彼女はこっちに辿り着くと、肩で息をしながら話す。


「はぁ……はぁ……落ち着いて聴いておくれ」


「はい。なんでしょう」


ギルド長の慌てように嫌な予想を浮かべてしまう。それにさっきの村人たちの視線もその予想に拍車をかける。


「盗賊どもが現れた」


「ええ! 本当ですか」


ジャックは驚いて、背の荷物の猪を地面に叩き落した。

私はやっぱりなと思いながら木片を地面に下ろして、顔をしかめる。


「で、盗賊はどうしたんですか」


「……村の食料の備蓄を一ヶ月と若い女を一人寄越せと。そうすれば、村に危害は加えないとね。つい半刻くらいの話だ」


「も、もしかしてその女って……」


「あぁ、エリシャだ。エリシャが私が行きますって言ってね。自分自ら捉えられたってわけさ」


「そんな、まさか……」


ジャックはブツブツと呟きながら頭を抱えている。


「村に来た盗賊の規模は何人でしたか?」


「8人だった。武装したのが4人で他の4人はエリシャと食料を抱えていたよ」


「そうですか。半刻と言う話ですよね。でしたら、そこまで遠くには言っていない。エリシャさんも連れてるとなれば足は遅くなる」


「は、早くエリシャを助けに行かなきゃ!」


「落ち着けジャック! まずは、準備だ。盗賊もそこまで遠くには行っていない。万全の準備をしてから行こう」


「どうしてそんなに冷静なんだよアラン! エリシャが捕まったんだよ! 君だって、エリシャには世話になっていたじゃないか!」


「あぁ、確かにそうだ」


「アランは独りだから僕の気持ちが分からないんだ! そうだろ!? じゃないとそんな冷静な訳が――」


「――少し、落ち着け」


ジャックの顔を殴る。

そうして、尻もちをついたジャックの肩を掴み、諭すように言う。


「相手は8人。武装しているのは4人だ。まずは、準備だ。狩りの時を思い出せ。準備もしないで狩れる訳ないだろう。助けられる訳がないだろ!」


「そう……だね。確かにそうだ。分かった」


ジャックは一先ず落ち着いたようだ。私たちはいらない荷物をその場に置いて、荷物のチェックをする。


片手半剣1つ

片手剣1つ

ダガー8本

ポーションは2つ


捕獲用にロープは2束しかない。ジャックのも合わせて6束か


道具屋でポーションをもう2つ買い足すか。


「アラン! やってくれるんだね」


ギルド長の言葉に頷く。


「えぇ、やるしかないでしょう」


「良い漢気だ。……だけど、早めに行きな村長がこの話を聴いたら止めにくるだろうからさ」


「は? なんでです?」


「もし、盗賊の討伐に失敗したら報復があるかもしれないからね。一ヶ月に一回備蓄の食料と女を提供すればそれで村に被害はないって考えているのさ」


「腐ってる! そんな考えで納まるわけがない! そのうち要求はどんどん高くなって村も滅ぼされるだろうに!」


「ああ、私もそう思うけど。それが村長の村の総意なんだよ。だから、あんたたち二人は邪魔される可能性もある。それを覚えておいてくれ」


「……わかりました」


私とジャックは道具屋に向かう。まずはポーションの補給だ。自分用に2本あるが、もう2つ買い足しておく。ジャックにも2つ買い渡しておいた。


そして、ジャックの家でジャックも準備をする。矢筒と矢を補充しているんだ。

ジャックが出てきた。よし、行くか。


「行くよ。ジャック」


「うん」


二人して走りながら森の中を疾走する。盗賊がいるであろう場所に心当たりはある。

以前、ゴブリンシャーマンの巣穴を探した時に目星をつけていた3つの穴だ。

その時には2つ目の村から5時間程の距離の穴にいたが、今回は村から近い場所。


恐らく、村から2時間程の距離の洞窟だろう。


 走りながら一刻が過ぎたくらいだろうか。魔力で強化した目に9人の人を発見する。


「ジャック。見つけたよ」


「本当かい!? 早く助けよう!」


「落ち着け。とりあえず、気づかれないように近づこう。出来れば、アランが矢を外さない距離まで近づこう」


「わ、わかった」


ジャックが納得したので足早に見つからないように進む。

ジャックは集中しているのか森に一体化しているかのように目で魔力反応を見る事が出来ない。

私も見様見真似で魔力を薄くして森の自然に紛れるように近づいて行った。



距離が100mmまで近づいた。

何か話している声が聴こえるが内容は聴こえない。

陽気な声と笑い声がする。

恐らく、簡単に物事が進んだので楽観的になっているんだろう。

だが、こちらとしては好都合だ。もっと近づかせてもらおう。


距離50mまできた。ジャックをその場に置いて、私はダガーを外さない距離30mまで近づく。

匍匐前進しながら近づく。よし、気づかれずに近づけた。

私は片膝立ちになって、ダガーを2本手に取って、それ以外を全て地面に置く。

反撃開始だ。

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