第31話 羨望9

「アランさん。ジャックの事を宜しくお願い致します」


エリシャさんが深く腰を落として礼をする。ジャックのことがとても心配なんだろうな。こんなに人の事を想ってくれる人はそうそういないよな。

その期待に応えたい。


「安心してください。ジャックはなんとしても送り届けますから」


「はい! お願いします!」


私とジャックは背嚢を背負って、森の中に進んでいく。エリシャさんは私たちの姿が消えるまで、手を振って見送っていた。




 昼頃に拠点の川に着いた。道中では魔物の遭遇もない。狩りに適した得物もいなかったので、直ぐについてしまった。

二人で無駄になる荷物を下ろして、身軽になってから狩りを行う地点に向けて森の深くまで進んでいく。

森の深くを進む道中も魔物は一切現れない。一昨日にゴブリンを退治したのでゴブリンを餌にする魔狼とかも現れないのかもしれない。

そう考えると、ちょっと得意気になる。私のおかげで安定した狩りが行える訳だってね。

まぁ、自惚れるのも大概にしておこう。あとで痛い目を見ることになるかもしれないからね。


 前回、鹿の群れを見つけた草原地帯まできた。だが、鹿の群れも他の動物も見当たらない。


「この前ので警戒されちゃったのかもしれないね」


「そうかぁー……じゃあ、ジャックどうする?」


私は結構、がっかりしていた。なんて言ったって、鹿のレバーが食べられないからだ。あれは美味しかった。今回も食べられるかもしれないと淡い期待。いや、結構期待していたんだけどそれも見つからないんじゃしょうがない。


「そうだなぁ。近場に罠を仕掛けてみようか」


「罠か。そういえば、猟師なんだから弓矢だけじゃなく罠を使うのも当然か」


その言葉にジャックは「心外だなぁ」と言う。いやだって、ジャックの弓の腕はかなりのもんだしさ。

狙ったら外さないんだもん。罠を使うなんて想像できないよね。ごめんなさい。


「近場の森に5個程仕掛けておこう」


「わかった」


草原地帯を抜けて森の奥深くに進む。1時間程したところで、ジャックが足を止めた。


「……これは、ヌタ場だ」


「ヌタ場? それってなんなんだい?」


「これは猪が穴を掘って、雨水を貯めたものだよ。猪はここで自分の身体に泥をつけたり、近くの木に泥の付いた身体を擦りつけるんだ」


一種の遊び場ってことかな?


「ってことは、近くに猪がいるかもしれないってこと?」


「そうだね。今はいないけど、戻ってくる可能性もある。罠を設置しておこうか」


ジャックは罠を設置する。ある一定の重さが地面に掛かるとロープが足にキュッと締め付ける罠だ。

それをジャックは設置して、罠の上にどんぐり等の木の実を置いておく。


「これで、終わりだよ。あと4つも仕掛けておこうか」


「わかった」


森の中を進むと木の幹に乾いた泥が付着しているのを発見した。これが、猪の痕跡か。

ジャックはここにも1つ同じ罠を設置して、先を進む。


次に、木の幹に2つの傷が付いているのを見つけた。ジャック曰く、これも猪の痕跡らしい。これは猪が幹に自分の牙を擦りつけて研いでいる様子らしい。

なるほどねぇ。こういう痕跡を探して罠を設置していくわけだ。

ジャックがその場所の近くに3つ目を設置する。


他にも2つほど罠を設置すると、日が少し傾きかけていた。もう2時間か3時間はかかったのかな?


「ジャック。そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか? 川に戻る頃には夜になってるよ」


罠を設置し終えたジャックは罠を枯れ葉などで隠してから、立ち上がりこちらを向く。


「そうだね。そろそろ戻ろうか」


ジャックの決定により、戻ることになった。結局、野生生物は何も見つけられなかったなぁ。まぁ、でも毎回何かを見つけられるっていうのも変な話か。こういう不猟の日があっても仕方ないことなんだろう。


「狩りは根気がいるからね。捕れない時も多い。それでも焦らない心が大切なんだ」


とはジャックのお言葉。確かにそうなんだろうけど私は今日の夕食が期待できそうにないので悲しいです。あぁ、鹿のレバーが食べたかったなぁ。



なんやかんやで川に戻るころには日暮れになっていた。魔物にも得物にも見つけられず、発見も出来なかったため、足早に道中は進んでしまった。

直ぐに着いたところで、荷物を下ろして、川の中に入って魚を獲ることにした。

10分程かけて魚を4匹ナイフで獲って、拠点に戻る。


「おーい。魚を4匹獲ってきたぞー」


「おぉ! ありがとうアラン!」


焚火の世話をしているジャックは大喜びで出迎えてくれた。


「アランのおかげで、今日は保存食を食べずに済んだね」


「ははは……保存食は飽きたからね」


魚に木の枝を頭から尾まで突き刺して、焚火の近くに突き刺す。

すると、数分でじゅうじゅうと油の焼ける音と匂いがしてくる。

うーん。良い匂いだ。そういえば、魚醤とか醤油はこの世界にはあるのかな?

塩だけだと味気ないしな。

まぁ、米がこの村にはあったんだ。どっかの地域には大豆があって、味噌や醤油もあるかもしれない。……カレー粉はあったんだしね

考えると、食べ物に対する欲求が止めどなく溢れてくる。

あぁ、たまには味噌汁とかも飲みたいなぁ。



 白煙が空に向かって上っていく様を見ながら、私が物思いに耽っていると、魚が焼けたようだ。

いい匂いがする。


私たちは2匹を直ぐに食べてもう1匹に手を差し伸ばそうとしたところで、ジャックから声が掛かった。その声は真剣味を帯びている。


「……アラン。静かに、直ぐ近くに熊が出た。ゆっくりとこっちに近づいてくる。目を合わせないで」


「……獣って火を怖がるものじゃないのかい? なんで、向かってくるんだろうか」


「多分、充分に餌を食べられなかったから匂いに釣られてやってきたんだよ」


「なるほどね。……で、どうする?」


ジャックは少し深呼吸をしながら尋ねてくる。


「……ふぅ。アラン。熊は倒せるかい? 出来るなら倒してほしい。熊の僕の弓じゃあ倒すのは何発も射かけなきゃいけないしそんな距離も離れていない。僕じゃあ無理だ」


「よし、じゃあやったことないけど倒そうかな」


強さ的にもDランクよりも上なわけはないだろう。多分、自分の実力でも倒せるはずだ。目線を向ける。距離は80mってとこか。夜闇で接近に気づかなかったな。

知らずに襲われてたら大参事だ。


立ち上がり、邪魔にならない場所を確保すると片手半剣を居合の構えに持つ。敵は野生生物の熊。危険度は高いがなんとかなるだろう。

熊の方もこちらにゆっくりと近づいてくる。そして、50m付近になったところで、一気に走りながら襲ってきた。


飛び掛かってくる瞬間に紫電の太刀で熊の首を狙う。

抜刀。

一瞬の攻防――熊の巨体を抜き去る――熊の首は飛び跳ねてその場で宙に浮いてから地面に落ちた。


熊は地面に激突しながら血を頭から鮮血のように飛ばす。


よかった。倒せたな。やっぱり、私でも倒せる程度だったか。

まぁ、護衛の面目躍如ってとこですかね。


「凄いよアラン! それって、紫電流の紫電の太刀だよね!」


ジャックは私の紫電の太刀を見て驚いていたようだ。今まででも使ってなかったっけか?

まぁ、今までは近くじゃなかったから分からなかっただけかもしれない。


「うん。そうだよ。まだまだ、未熟だけどね」


「そんなことないよ! 熊の首を一瞬で刎ねちゃうなんて! 太刀筋がみえなかったもん」


ジャックは子供のようにはしゃいでいる。そんなに言われると恥ずかしいな。


「そんなことより、ジャック。熊の血抜きをした方が良いんじゃないかな?」


「あ、そうだね。うん、忘れてた。直ぐにやっちゃおう」


呆けた顔から一瞬にして仕事モードになったジャックは血抜きをするべく熊の下に向かう。私と二人で熊の両腕を片方ずつ持って、川に熊を入れた。


「今日はここまでにしとこう。明日には血が抜けてると思うから、明日に解体しちゃおう」


川は天然の冷蔵庫だ。今の季節なら肉も腐ることもないだろう。

今回は得物無しだと思ったけど思わぬ収穫というやつだ。

熊は1体で250コルもするんだっけかな。それの2割は貰えるってことだから報酬にも期待出来る。


私とジャックは最後の2匹の魚を食べ終えると、ジャックは早々に就寝した。


私も鍛錬をしてから寝ることにしよう。

未だにっていってもまだ5日だけどジャックのやっていた魔力を隠す技は習得できない。薄く見えづらくなってはきているんだけどなー。

どうしてだか完全に消え去る事が出来ない。

まぁ、こればっかりはまだ鍛錬を始めたばっかだから仕方ない。

いつかは使えるようになるだろう。


最後に剣技の練習をして布で汗を拭いてから私は寝床に戻って寝ることにした。

熊肉って美味しいのかな? 中国料理では熊の手って高級食材だったよね。どうなんだろうか。

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