第106話 世界一の影響
俺達はフリスビードッグで世界記録を達成すると、一週間後に特別参加でIPOにも出場し、高得点を叩き出した。
こちらはある意味ズルの様なもので「ハンドアクションなしの言葉だけで指示をする」という事をやった。こちらの方がエキシビジョンらしいという判断と、俺とクラウディアにとってはこちらの方が圧倒的に楽で、練習すら必要がないという判断からそうした。ただ、他の人からすればそれは凄いことで動物関連の有名なサイトにはフリスビーの世界記録と同時にIPOでのエキシビジョンも紹介され、俺達は
「あ、この子が世界一の子ですか!? かぁわいぃぃぃ!」
「(こんにちは!)」
クラウディアはやって来た女性に愛想を振りまいた。
「はい、その子がクラウディア。世界一のレコードホルダーです」
「あ……片桐蒼汰さん!?」
「え……? あ、はい……」
「うわぁぁぁぁ、世界一のトレーナーさんにも会えた!」
いやいや、世界一のトレーナーではないんですけど……。まぁ、それでも間違いではない。こうして世界一と言われるのは少なからず嬉しいものだ。
レンコントには連日クラウディアと俺に会いに来るお客さんが増えていた。それに伴い毎度毎度、俺とクラウディアが五階や三階から一階に呼び出されるので、空き時間はこうしてクラウディアと一緒に一階に居るようにした。
そしてお客さんが増えるに伴い保護動物を引き取ってくれる人も増えた。もちろん増えたと言っても二倍程度。多くは俺とクラウディアに会いに来てくれる人で、全員が保護動物を引き取ってくれるわけではない。それでもそれは望んでいたとおりの嬉しい結果だ。だが、ドイツのティアハイムには遠く及ばない。比べてはいけないのだろうが、どうしてもあのティアハイムの凄さと比べてしまう……一度経験してしまっただけに……。
そんな日々を送っていたら……。
「え? ディスクドッグに勝てる子……ですか?」
「うん、ディスクドッグに限らなくても良い。足が速いとか頭がいいとか、そう言う子が欲しいんだ」
「はぁ……」
俺と楓は突然やって来てそう言った、五十代くらいの男性の言葉に目を丸くした。
「クラウディア号でも良いんだけど、クラウディア号の子供とか居ないのかな? もしくは片桐蒼汰くんがトレーニングしている子とか」
号? クラウディア号……? でも良い? なんだろうこの人……なんか嫌いだ……。
「申し訳ございません。クラウディアは私の子でお譲りすることは出来ません。クラウディアの子供もおりませんし、私が他にトレーニングしているのはお預かりした子たちだけなので、お譲りできるような子たちもおりません」
俺は丁寧に頭を下げた。
「そうか……じゃ、クラウディア号の子供が生まれたら連絡をくれ」
男性はそう言って俺に名刺を渡すとレンコントを後にした。
「……なんだあれ……」
「(何かしら、あれ……)」
俺とクラウディアは一階の入り口のガラス戸の中から、去っていく男性の姿を呆然と見つめていた。
「蒼汰、よく怒らなかったね……」
「え? あ、ああ……」
振り返ると後ろに楓が立ち、同じように去っていく男性を見送っていた。
「私だったら『二度と来るなーっ!』って追い返していたところだよ……」
「いや、一瞬そう思ったんだが、それもどうかと思ってな……」
「……どういう意味?」
楓は目を丸くして俺を見た。
「俺達が世界記録を出した。それは目的通りの『保護犬にだって出来るんだ』っていう証明になったと思うし、実感もある。それは嬉しい。だが、同時にそういう目的の人たちにも目をつけられることになったんだと……そう思った。でも、それを邪険にするのはなんか違う」
俺はカウンターに戻りながらそう言うと、受け取った名刺を四つに破り、ゴミ箱の中に放り込んだ。
「あ、なるほど……って、捨てるんだ」
「ん? あぁ、これは要らん。ってか、二度と来ないで欲しいというのは俺も同じだ」
「……そっか」
楓は笑った。
「って、お前はどうした……?」
俺の足元にクラウディアがベッタリと
「(ふふふ……やっぱり私、あなたの事が好きだと思うわ)」
「そりゃどうも……って何で?」
「(カッコ良かったわ……。私の中の蒼汰ポイント急上昇中!)」
「何だそのお得に使えそうなポイントは……」
「(だからおやつ頂戴)」
クラウディアは俺の前に座り、俺を見上げて笑った。
「ポイントが貯まるとおやつがもらえるのか? ってお前、そっちが目的だろ……」
「(そんな事ないわ。でも、今くれないと蒼汰ポイントはだだ下がりよ?)」
「だからその蒼汰ポイントってのは何なんだ……ほれ、一つだけだぞ?」
俺はカウンターの中にある犬用のおやつを一つだけ取り出すと、クラウディアに与えた。
「(ありがと。うぅぅん、蒼汰ポイントさらにアップ!)」
「よくわからん……」
俺はカウンターの上に肘をついてクラウディアを見ていた。
「(おやつの音がした! 私にも頂戴!)」
「(おやつだ! 俺にもくれ!)」
「(おやつ、おやつ!)」
「(ズルい! 私にも!)」
一階に居た子たちが俺が取り出したおやつの袋の音に反応し、一斉に鳴き出した。一度こうなってしまうと俺にも止めることは出来ない。
「あぁぁぁもう! お前ら一個だけだからな!?」
俺は再びおやつ袋を取り出すと、一階の子たちに一つずつ分け与えた。
「クラウディア、もうおやつ頂戴は禁止!」
「(ふぅ、わかったわ……今度は誰もいない時にやる)」
クラウディアは残念そうに床に伏せたが、諦めてはいなかった……。
その後似たような電話やメールでの問い合わせが増えた。俺達はその度に丁寧にお断りをし続けた。俺達が行った「保護動物で世界一になる」という行為は、保護動物の地位向上とともに保護動物もそういう対象となりえ、レンコントはそれを提供している保護動物団体であると勘違いされる結果になっていた。そしてその後……。
『当団体は保護動物達の幸せを願い設立したもので、競技に有利な保護動物を提供している団体ではございません』
という一文をレンコントのホームページの一番上に加えたが、それでも暫くは同じような問い合わせが続いていた。
人間の欲というのは恐ろしい……。
俺は何だか動物たちのおやつに対する執着心と似た様な何かを感じていた。
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