第100話 問題は俺
「(ジャパンファイナル対象種目においては、選手は、当日受付時に配布される『競技用フリスビー』で全て競技を行う。……これ、微妙に読みづらいわ……ストレスが溜まる)」
クラウディアは俺を見た。
「俺に言うな」
俺がそう言うと、クラウディアは再びルールブックを見た。
「(トライアルボールドッグゲームにおいては……これ、フリスビードッグの公式ルールブックよね? どの単語もフリスビーに関係なさそうなんだけど……)」
クラウディアは俺を見た。
「だから俺に言うな。俺もまだ勉強中なんだから……」
「(これ読むの、結構疲れるわ……)」
「だな……。年会費払ってこれだと納得いかないよな……」
「(払ったの?)」
「まだ払ってない」
「(蒼汰……私と漫才がやりたいの?)」
「いや別に」
「(そう……じゃ、やっぱり天然なのね)」
「天然!? 俺がか? そんな事、誰からも言われたこと無いぞ!?」
「(周りのみんなが優しいのね……)」
「お前、結構口悪いのな……ってか良く喋るんだな……。ちょっと意外だ……」
「(そうかしら? まぁ、今までサマンサ以外と喋っていなかったから、嬉しいのかもしれないわ……迷惑だったらごめんなさい)」
「迷惑だなんて思ってない」
「(そう?)」
「ああ」
「(……楓はそういうところに惚れたのかもね)」
「どう言う所だ?」
「(教えない)」
「…………」
「(早く読みなさいよ。ページがめくれないでしょ?)」
「え、もう読み終わったのか!? ちょ、ちょっと待て…………トライアルボールドッグゲームって何だ? なんかフリスビードッグとは何の関係もなさそうな……」
「(だから知らないわよ! あなた人間なんだから、ちゃんと読んで理解したら教えてよ!)」
「あ、はい……」
俺は飼い犬に怒られていた。と言うか、一緒にフリスビードッグのルールブックを読んでいた。
朝起きて、レンコントへ行ってくると言ったら、クラウディアは「私も行く」と言った。なので、結局連れて帰った車に乗り、また一緒にレンコントへ出勤。で、俺とクラウディアは仕事の合間にこうやって一緒になって地面に寝そべり、楓に借りた大きなタブレットでルールブックを読んでいた。
「公式フリスビーか……いくら位するんだろうな……」
「(お金、足りないの?)」
クラウディアは俺を見た。
「いや、困るほどじゃない。……まぁ、あって困るものではないがな」
「(稼ごうか?)」
「は?」
俺はクラウディアを見た。
「(私があなたの真似をして、お金を稼ごうか?)」
「俺の……? ああ、タレント犬って意味か?」
「(ええ。あなたの真似をすればお金がもらえるんでしょ? そしたらあなたも楓も助かる。違う?)」
「いい。違わないけどいい」
俺はルールブックを読み続けた。
「(どうして? あって困るものじゃないんでしょ?)」
「うーん……お前のその気持は嬉しい。でもな、俺が猫だった時にそうしたのは、ただ儲けさせたいっていう理由じゃないんだ……」
「(そうなの?)」
「ああ。もちろんそこには、楓と美月を喜ばせたいという気持ちはあった。でもな、俺が引き取られた時……一年前に楓の父親が亡くなっていたと知ったからだ」
「(…………)」
「幼かった楓は、幼いなりにそれを理解し、苦労していた。そして美月は当然の様に苦労していた……。そして二人はそれを隠そうと、乗り切ろうと努力していた……。俺はそれを何とかしてやりたい、明るく生きて欲しい……そう思って始めたんだ。だからクラウディア」
俺はクラウディアを見た。
「お前には今、それをしてもらう理由がない」
「(……私がやりたいと言っても?)」
「ああ。今俺はそれほど苦労していない。そんな状態で、お前に苦労させたくはない……」
「お前にも楽しく生きて欲しい」
「(……私の飼い主さんが亡くなったから?)」
「うーん……そうかもな……」
俺はルールブックを読み続けた。
「(私、やっぱりあなたが好きだと思うわ……)」
クラウディアはルールブックを見た。
「そりゃどうも……。お前、昔からそんなに好き好き言うやつだったのか?」
俺はクラウディアを見た。
「(いけないかしら?)」
クラウディアは俺を見た。
「いや、良いんじゃないか?」
「(そう)」
クラウディアはルールブックを見た。
「ああ」
「(やっぱり好きよ)」
──
夜家に帰ると、俺はクラウディアと楓と恵美と一緒に、近くの公園に併設されているサッカーグラウンドへ来た。
事前にネットから競技用フリスビーを三枚購入し、フリスビーをやっても怒られなそうなところを探した。丁度家の近くにあったこの公園にサッカーグラウンドがあり、その大きさがフリスビードッグの公式コートの大きさと似ていたことから、この公園に目星をつけた。そしてこの公園を管理している区役所に電話をして経緯を話すと「誰もいない時、きちんと糞尿を管理してくださるのならいいですよ」と許可を得たのだ。
糞尿の管理と言われたので、家からペットシートを数枚持って来て、グラウンドの端に敷いた。
「トイレはここでしてくれ。他の場所でやるとここで練習させてもらえなくなるから気をつけろ」
「(わかったわ)」
クラウディアはうなずいた。
「あ、うなずいた……」
恵美は驚いた。
「ああ、こいつは頭がいい。と言うか、知識は人並みだ。だから言えば分かる」
「知識が人並な犬!?」
「ああ、見てれば分かる。始めよう」
「あ、うん」
俺がそう言ってグラウンドの中へ入ると恵美はグラウンドの反対側に走った。
「みんながんばれー!」
楓はグラウンドの横にあるベンチに座っていた。いつもならやりたがる筈なのに、今日は恵美が居るから遠慮しているのだろう。
「おう!」
「はーい!」
「じゃ、いくぞー!」
俺はフリスビーを持った右手を挙げた。
「いいよー!」
「クラウディア。最初はフリスビーを追いかける練習だ。まだくわえなくていい」
「(わかったわ)」
俺がそう言ってフリスビーを構えると、クラウディアは姿勢を低くして俺を見た。
いい子だ……。
「それっ!」
俺がフリスビーを投げると同時にクラウディアは走り出した。
「速っ!」
クラウディアはフリスビーを見ずに先行する。ものすごい速度でまさに弾丸のようにスタートし、そのまま美しい肢体を動かしながらすぐにトップスピードになる。そのまま真ん中辺りまで走って振り返った。
「あれ?」
だが、俺の投げたフリスビーは左に曲がり、十メートルも飛ばず、勢い良く地面に突き刺さるように落ちた。
「(あら? どこ!?)」
クラウディアは振り返ったがフリスビーが飛んでいない。
「すまん、そこに落ちた!」
「(え……? そこ!?)」
俺がフリスビーを指差すとクラウディアはフリスビーを見つけ、ゆっくりと戻ってきた。
「(ちょっと……どこ投げてんのよ?)」
クラウディアはそう言いながら、俺が投げたフリスビーをくわえて持ってきてくれる。
「すまんすまん、手元が狂った」
俺はクラウディアからフリスビーを受け取った。
「(今度はまっすぐ投げてよ)」
「おう、任せろ……せーのっ」
俺がフリスビーを体の横に構えると、クラウディアは俺の後ろを回って再び体制を低くして構えた。
「それっ!」
俺がフリスビーを投げると……。あれ? クラウディアは動かず、そのままフリスビーの行方を目で追った。フリスビーは右へ曲がり、再びスコンと地面に勢い良く落ちる……。
「(……才能無いんじゃないの?)」
クラウディアは伏せたまま俺を見上げた。
「いや、そんな事は……」
「お兄ちゃん! ちゃんとこっちに投げてよー!」
恵美が両手を挙げた。
「(ふむ……)」
クラウディアはそう言うと立ち上がり、十メートル先のフリスビーをくわえてそのまま恵美のところへ小走りにかけていく。
「お、おい……どこへ持っていく!?」
「(彼女に投げさせてみるわ。はいどうぞ)」
クラウディアは恵美にフリスビーを渡した。
「あ、ありがとう! いい子だねー」
恵美はフリスビーを受け取ると、クラウディアを撫でた。
ま、まぁいいか……。俺が出来ないものが恵美に出来るはずがない。
「お兄ちゃん、いくよー!」
恵美はフリスビーを掲げた。
「おう!」
俺も両手を挙げて応えた。
「そうれっ!」
恵美がフリスビーを投げると、その円盤は勢い良く水平に恵美の手から離れ、美しくフワッと浮き上がった。
「(上手い!)」
クラウディアはそれを見ると勢い良く飛び出し、フリスビーを追いかけた。
「やっぱり速いな……」
全速力で走るクラウディアは美しく速い。まるで草原を駆けるチーターのような、そんな美しさで速かった。
「綺麗……」
それを見た楓が声を漏らしていた。
フリスビーはそのまま俺の手元に届き、俺は両手でそれをキャッチした。
「(あぁ、取れたのに……)」
クラウディアは俺の横を走りすぎ、立ち止まって振り返った。
「おお、私やっぱり上手い!」
恵美は両手を挙げた。
「よし俺も……。いくぞー!」
「いいよー!」
恵美が両手を挙げると、俺はフリスビーを構えた。隣を見るとクラウディアは俺の横で伏せていた。
こ、こいつ……走る気がないだと!? それなら……。
「それっ! よし!」
俺の手から離れたフリスビーは見事に宙に浮き、そのまま真っすぐに恵美のところへ飛んでいった。
「(あっ!)」
それを見たクラウディアは一目散に走り出した。
「速えぇぇ……」
遅れて飛び出したクラウディアは今まで以上の速度で走り、ディスクに追いついた。
「(取らないで!)」
「恵美、取らずに避けろ!」
「え、うん!」
恵美は受け取ろうと構えていたが、俺の声を聞いて横に走り去った。恵美が避けたその場所へ、俺が投げたフリスビーが飛んで行く。クラウディアは少し走る速度を緩め、ディスクを目で確認しながら追いかけた。
「いけ!」
俺がそう叫んだ時、クラウディアは地面を蹴って大きくジャンプすると体を捻り、フリスビーをガッチリくわえて体を捻らせると前足から見事に着地した。
「(取った!)」
クラウディアは着地をすると振り返った。
「よし!」
俺はガッツポーズをした。
「(取ったわ!)」
クラウディアはそのまま俺のところに走って来る。
「やったー! 凄い凄い! カッコイイー!!」
恵美はそう言って拍手しながらクラウディアを追いかけた。
「やった! 凄いよ、クラウディア!」
楓もガッツポーズをすると、俺のところへ走り寄る。
「やったな! お前すごいぞ!」
俺はクラウディアからディスクを受け取ると地面に置き、両手でクラウディアを撫でた。
「(あなたがちゃんと投げれば、こんなことは容易いわ!)」
クラウディアはそう言いながら尻尾をブンブン振り、とても嬉しそうだった。興奮冷めやらず、俺に撫でられながらその場をぐるぐると回った。
「ああ、本当に凄いな。これならみんなを驚かせる事ができそうだ……。こら、そんなに動くと撫でられないだろ」
「(だって、嬉しいんだもの! じっとしてなんかいられない!)」
「ああ、俺も嬉しい」
「凄いね……クラウディア」
楓がやってきてクラウディアを撫でた。
「凄いよー。あなた、本当に凄いんだねー」
恵美もやって来るとクラウディアを撫でた。
そしてその後、何度も何度も投げてはみたものの……。
俺が投げるフリスビーは右へ左へ曲がって落ちるか、投げてすぐに地面に勢い良く落ち、二度と真っ直ぐ飛ぶことはなかった。
「お兄ちゃんは投げる時、水平じゃないんだよ」
恵美から何度も注意され、試してみるのだがどうにも上手く行かず……。
「いくよー!」
「いいよー!」
「それっ!」
「オーライオーライ! よし!」
楓と恵美が二人でキャッチボールの様にフリスビーを投げあい、それをクラウディアが追っていた。
俺はその横、グラウンドのエリア外で、一人投げる練習を繰り返していた……。
そう、問題は俺だったのだ……。
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