第65話 俺の遺伝子
「なぁ、アリシア」
俺は家に帰ると風呂からあがり、自分の部屋でベッドに横たわって天井を、アリシアを見ていた。
「…………」
「なぁ、アリシア……」
「…………」
「なんで怒ってるんだ?」
「あの……私の出番、少なくありませんか……?」
「……そこ!?」
アリシアは、自分の出番の少なさに怒っていた。
「蒼汰……前回私が登場したの、いつだか覚えてますか?」
「も、もちろんだ」
ま、言われてみれば最近はご無沙汰だった……あれ? いつ以来の登場だ?
「じゃ、どうぞ」
「は?」
「いえ、前回の私の活躍を、簡単でいいですから、言ってみてください」
「か……楓をホームで見つけた時!」
「違います。と言うか、そこを指摘するなら、その後の楓に
アリシアは目を細めて俺を睨んだ。
あぁ……そんな事もありましたね……。俺が楓に交際を申し込もうとして尻込みをしていた時、アリシアに応援されてアリシアを見たら、逆に楓にキレられたときだ……。ま、結果的に上手く言ったから良いが……。
「……あ、エンパシーの時か!」
「そうです!」
「って事は、空さんに試された時か?」
「……あの、それだとさっきの告白よりも時間が遡ってますけど……?」
あれ? でもエンパシーはあってると……。エンパシー、エンパシー……最近使わなかったからな……。
「……あの、本当に忘れていませんか?」
「いや、そ、そんな訳あるか! 俺がお前のことを忘れることなど……」
「どうしてどもった上にセリフを言い切らないんですか……」
「あ……! あの時以来、なのか?」
「やっと思い出しましたか!?」
「藤崎が倒れたときだ……」
「はい……! そこから何年登場していないと思ってるんですか?」
アリシアは恨めしそうに俺を見た。
アリシアは、この世界の時間軸で二年近く登場していなかった……。
いや、もちろんどこかに行っていたとか、一時的に見えなくなっていたとか、そんな裏設定はない。ずっと俺のそばに……トイレと風呂の時以外は付かず離れず、ずっと
「な……なんか、ごめんな……」
俺はアリシアに両手を伸ばした。
「……抱っこして終わりとか、そんな風に思っていませんか?」
「ダメか?」
「……もう……嫌じゃないから困るんですよね……」
アリシアは膨れたままで俺の腕の中に入ると、両手で俺を優しく抱きしめた。
「ご、ごめんな……。いつも一緒に居るから、気にしてなかった……。でもお前、裏では俺と毎日喋ってるんだから良いだろ?」
俺もアリシアを抱きしめた。
「そうですけど、読者の皆様に忘れられるじゃないですか……」
いや、そう言う裏の話はいい……。
「それで、何ですか?」
「ん……? ああ、そうだった。あのな……」
「俺の能力って、俺の遺伝子に書き込まれているものなのか? もう少し詳細に言うと、こう……俺の……なんだ……あの……アレだ……そう、子供! 俺の子供は俺の能力を引き継ぐのか?」
「……久々の公の会話の内容が、まさかのセクハラ質問!?」
アリシアは少し体を起こし、俺を見た。
「いや……まぁ、セクハラっちゃセクハラかも知れんが、真面目な質問だぞ?」
「うぅん……まぁいいでしょう……。でも、その答えは簡単です」
「そうなのか?」
「はい。あなたの能力は私の力。つまりプラグイン、後付なんですよ。なので、あなたの遺伝子とは何の関係もありません」
「ああ、そっか。そうだよな……。いつでも消せるんだもんな?」
「はい。遺伝子に書き込まれるのは、それまでの魂の記憶だけです」
「そうなのか……」
じゃ、考えなくていいか。
「蒼汰……」
「なんだ?」
「浮気はだめですよ?」
「……し、しねーよ! ってかそんな事、これっぽっちも考えてなかったわ!」
「……なんかその慌てっぷり、怪しいですね……。まぁ、空も美人ですけど……。と言うか、あなたの周りの女性って、美人ばっかりじゃないですか! 私はそっちのほうが疑問ですよ」
「いや、それは知らん! それに、お前の質問が俺の考えのスゲー斜め上を行くから、驚いただけだ!」
「本当に……?」
アリシアは疑いの眼差しで俺を見た。
「あ、ああ」
「リアリー?」
「ああ」
俺はアリシアをじっと見た。
「ふむ……嘘はついていないようですね」
「だろ……?」
「じゃ、何を考えていたのですか?」
「そ……それは言えん」
「言えないことを考えていたんですか?」
「……ああ」
「楓にも?」
楓には絶対に言えん。それこそ大泣きされて破局になりかねん。
「ところでアリシア……」
「話をそらした!? って、どれだけいかがわしい事を」
「それより俺はもう、ルシアと会話ができないんだよな?」
「え……? あ、はい。覚えてましたか」
「いや、正直忘れてた……。お前があまりにいい子になったから、その必要がなくなっていた」
「私は何も変わっていない気がしますけど……」
「いや……お前は変わった。本当にいい子になった。可愛くなったよ」
「……褒めてくださるのは嬉しいんですけど、なんだかこそばゆいですね。でも、見た目は何も変わっていませんよ?」
「あ、お前には見た目が可愛いくなったと、そう聞こえたのか?」
「え、違うんですか?」
「ああ。見た目は変わってないかもな、それは認める。でもな、実際にお前は可愛くなったと思う。それは見た目、外見じゃない。内面だ」
「内面が可愛い……ですか?」
「ああ。人の本質は中身だ。もちろん外見も大事だが、それはパーツとして、人という生き物しての完成度を図る尺度でしかない。そう言う意味ではお前は完璧だ。それに加え、徐々に内面が変化してきている。とてもいい傾向だ」
「それは、ありがとうございます……で良いんですかね?」
アリシアは眉を寄せ、首を傾げた。
「別に、礼を言われることじゃない。お前の努力の結果を表現したまでだ」
「努力と言われても……私は何もしていませんよ? ただ蒼汰と一緒に暮らし、蒼汰の生活を見届けているだけで……」
「それでいい……それがお前の……」
「私の?」
「……なんでもない」
「あーっ! 今、何か大切なことを言いかけましたね!? 何ですか? ほら、白状してください!」
アリシアは起き上がって俺の上に馬乗りになると、俺の首に両手をかけて揺さぶった。苦しくはない、ただ首を絞めるフリをしてじゃれついているだけだ。だが……良い気はしない。
「おい、それ以上やると……」
俺は右手を挙げて人差し指で天を指した。
「え!? そ、それも覚えてたんですか!?」
「もちろん。忘れたとでも思ったか?」
「いえ、ルシア様と話せなくなったついでに、それも出来なくなったと思いこんでくれていたら良いなー……とは思ってましたけど」
アリシアは首を絞めるフリをやめ、ドサッと俺の上に横たわった。俺の胸の上にアリシアの顔があり、美しい青い瞳が俺を見ていた。
「お前、正直になったな……」
俺は右手をアリシアの頭に乗せ、なでた。
「そうですか? ……あ、これはなかなか」
「気持ちいいか?」
「はい……」
「じゃ、もう少しだけやってやる」
「お願いします……」
アリシアは微笑んで目を閉じた。
──
「え……? 噛み癖……?」
「うん。二歳くらいになった時、その子の遊び相手にと言ってトイプードルを引き取ってくれたの。でもその一ヶ月後くらいから、急に吠えたり噛んだりする様になったんだって……どうする? 引き受ける?」
俺は楓からしつけ教室に通わせたい、むしろ暫く預けたいという問題児の柴犬の依頼内容を聞いていた。
「なぁ、その子……俺が引き受けても治らなかったら……」
「多分、そのままセンター送りになると思う……」
「え……それって」
「うん……飼い主から直接預かった、扱いきれなくなった凶暴な子は、譲渡犬にできないから……」
「即日殺処分されると思う」
「即日……」
「うん……多分ね」
「その子、連れてきてもらうことは出来るか?」
「うん! 蒼汰ならそう言うと思った。もうそう言ってあるよ。明後日に来る予定」
「わかった」
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