第63話 大人のアニマルサポーター
年が明け、三月になると俺達は無事、高校を卒業した。
何の思い入れもなく、何の目的もなく入った高校だった。だがそのおかげで楓と出会い、藤崎や田辺と出会うことが出来た。高校に対してこれと言った特別な感情があるわけではない。ただ卒業した、それだけの事だった。確かに、俺達が卒業したことで藤崎や田辺やアニマルサポーターのメンバー達と会う機会は激減し、事実毎日のように顔を合わせていた奴らと途端に会わなくなるので、その寂しさがないと言えば嘘になる。
さて、ここでアニマルサポーターについて、少し話をしておこう。
実は「卒業」に関して、アニマルサポーターに問題が生じたのだ。
アニマルサポーターは俺達三人から始まり、全国規模で展開した「高校生有志による、動物愛護グループ」だ。ここで問題になったのが「高校生だけなのか?」と「俺達は卒業と同時に、アニマルサポーターも卒業するのか?」だ。もちろん、同様の質問が本部のメールアドレスに殺到した。しかしそれは一昨年解決していた。それでも同じ内容の質問が毎年来るのだ。
俺達が活動を始めた時、俺達は一年生だったが、その時点でメンバーの中には三年生も居て、その三年生が卒業するにあたり、同じ問題が発生していた。
そして答えは簡単だった。
「自分たちが高校を卒業する時、アニマルサポーターを辞めたいと思うか?」
その質問に、誰ひとりとしてYESと答える人物は居なかった。聞くまでもない。
そこで高校を卒業することで、高校生としてのアニマルサポーターのメンバーからは外れる。これは高校生だけで行うという最初の目的をずらさないようにするためだ。そして、卒業したアニマルサポーターはそれぞれがOB、OGとして、別の活動を始めた。
それが……。
『
もちろんご想像のとおり、ASとは「アニマルサポーターの略」であり、それらのOB、OGが集まるから同窓会。略して
この名前には、最初は別の案があった。「アニマルサポーター同窓会」、つまり略さないフルネームだった。高校生がやっているアニマルサポーターは略して「アニサポ」。なので略すと似てしまうのでこれは却下。「アニ同」でも良いんじゃないか? なんて話もあったのだが、それだと「アニメ同好会みたいになる」という意見から却下。そこで英語表記にしようということになり、現在のASとなった。
この名前の名付け親であり、このASの発起人はうちの高校の卒業生。つまり、俺の先輩だ。学年的には二年先輩なのだが俺たち三人が最初の発起人なので、役職的には俺達のほうが上。藤崎が会長、俺が副会長、伊織は理事だった。ま、役職名はどうでもいい。で、当然のごとく……。
「櫻井くん、やっと卒業したね……」
彼女は「
「なんですか、その待ってました的な挨拶は……」
俺は上着を脱ぐと、手近なハンガーにかけて座った。
俺たち三人は卒業式を終えた三日後。「ASの食事会」という名の飲み会に誘われていた。
「ってか、なんで未成年を居酒屋に呼ぶんですか……」
「え? 私達が飲むからに決まってるじゃない。あ、君らは飲んじゃダメだからね」
「いや、飲みませんよ!」
「あ、そのバッジ……」
藤崎が小玉さんの胸につけているバッジを指差した。小玉さんの胸にはアニマルサポーターのバッジによく似たデザインのバッジがつけられていた。
「あ、これ? いーでしょ? 知り合いに作ってもらったんだ」
小玉さんは胸についたバッジをつまんで前に引っ張り出した。
「あ、それ。ASのバッジなんですか?」
「うん。なんか卒業してさ、あのバッジつけてるのって……違う気がしてね。でもなんかこう……形になるものが欲しくなっちゃって、作っちゃった。今、ASに入ると三百円で購入できます!」
「あ、入ります!」
「俺も!」
藤崎が手を挙げ、それに田辺が続いた。
「おっけー。あれ? 櫻井くんは?」
「答えなくても入らされるんでしょ?」
「もちろん! 櫻井くんは会長だからね」
「は……?」
「いや、は? って……」
「いえ、聞いてませんけど」
「うん。言ってないもん」
「えっと……。もしかすると、俺が会長になるのは決定事項なんですか?」
「え? 違うとでも思ってたの?」
「……いえ、そうだろうとは思ってました」
「じゃ、問題ないね」
「でも、会長って言うなら、藤崎じゃないですか?」
俺は藤崎を指差した。
元アニマルサポーター本部のリーダーで会長。藤崎彩。
「あ、それは先に聞いて、藤崎さんに断られたの」
「え? 断ったのか?」
俺は藤崎を見た。
「うん。元々櫻井くんが会長になる予定だったし、あのときは高校で活動するにはレンコンさんの関係者じゃない方が良いって言うから、私がなっただけで……」
「いや、そうだとしてもだ。お前が会長のほうがしっくり来るだろ……ん? いや待て……小玉さんが会長で居続けない理由が無くないですか?」
俺は小玉さんを見た。
「え? だってこの中で一番動物に詳しいの、櫻井くんでしょ?」
「まぁ、そうかもしれませんけど、それって会長になる理由にはならないのでは?」
「いや、私は辞退するんだよ」
「どうしてですか?」
「面倒だから」
「え…………そこ!?」
「うん、メインはそこ。でも動物に詳しい人が会長になるべきっていうのは本当」
「うーん……。で、会長ってなにやるんですか?」
「なにもしないよ?」
「は……?」
「何もしない。ただジーっと見てるだけ」
「何ですか、その化粧品のCMみたいな仕事は」
「いや、飲み会のセッティングくらいはするかな? あと、会報を作ったり」
「会報?」
「会報って言ってもホームページね。ホームページは作ってあるから、そこに『次の飲み会はいついつどこですよー』とか書き込むだけ」
「……ASの活動内容って、飲み会なんですか?」
「まぁ、昔の仲間が集って近況を報告しあったり、昔を懐かしんだりする会だから。あ、でも櫻井くんが会長になったらもっと活動してもいいよ」
「付いてきます?」
「内容による」
ああ、絶対についてこないな……この人は。
その後、結局ズルズルと会長の座を譲られ、ホームページの権利を譲られると、実は結構大きなホームページになっていたことが判明した。毎月のアクセス数が十五万。記事数は五百に登り、その内容の多くは小玉さんの言う通り、半分以上は飲み会の連絡。だが、残りの記事はすべて「譲渡会のお知らせ」や「動物保護団体や動物愛護センターの取材」だった。
「なんだよ、結構真面目にやってるじゃん……」
こんな大変そうな仕事、受けてよかったんだろうか……?
俺は小玉さんに電話をかけた。
「あの、ASのホームページに、レンコントの記事を載せても良いんですか?」
「いいよ。ただ、一つの団体に偏っちゃダメ。常に公平にね」
「え……それって全国の愛護団体とか、動物愛護センターを回れと!?」
「うん。今、関東から始めて、東北の団体の取材まで手を伸ばしてるから」
「……えっと……。経費は?」
「自腹」
「はぁ!?」
「いや、それは嘘。この間、通帳渡したでしょ? あれを使って取材するの」
「ああ、寄付金ですか……」
「うん。私たちは一般と会員からの寄付金を使って現状を取材、報告する義務があるの。それで、余剰金は全国の団体へ分配する」
「あ、なるほど……余剰金の分配って、年度ごとで良いんですか?」
通帳には二百万円ほどあった。
「うん。年度末の決算前に振っちゃって。じゃないと税金かかっちゃうし。ガンガン使わないと損するからね」
「あ、それで十二月の取材が多いんですか……」
「あはは、そうそう。そういうこと」
「あれ……? 今残高が二百万ほどありますけど……これは?」
「ああ、まだ分配前なの。そこからお願いね」
「え!? あの……これ、全部一人でやるんですか?」
「うん。私は一人でやってた。ってか、櫻井くんなら出来るっしょ」
「いや、せめて引き継ぎとか、やり方の指導とかを」
「あーごめん。私、今大学のサークルが忙しくなっちゃってさー」
「サークル……? 何のサークルですか?」
「え? 似たようなやつ」
「え……大学でも同じようなことしてるんですか?」
「うん。あ、でも安心して。そっちはアニサポの名前使ってないから」
「いや、そっちの心配はしてませんて……じゃ、相当大変だったんじゃ」
「うん、櫻井くんに会長を委譲するまでは、本当に大変だった。バイトする暇もないくらい」
バイト? さらにバイトする気だったのか!?
「あの……どう考えても、一人じゃ無理なんですけど……」
「じゃ、田辺くんと藤崎さんに手伝ってもらえば?」
結局、そこか……。
その後、俺は田辺と藤崎に電話をし、状況を説明すると、二人は快諾してくれた。
説明の際、二人がした反応は全く同じ。
「それは無理だぞ!」
「それは無理だよ!」
だった。しかし、これを小玉さんは一人でやっていたと言う……。
「なんて
俺はうなだれた。
そんな人の後釜なんて、務まるわけないじゃないか……。
途中で辞めるつもりなら、せめて後任が困らないようにして欲しいものだ……。
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