第59話 老犬の威を借る俺





「よし、藤崎。とし子さんを出せ」

「あ、うん」


 藤崎は学校に許可を得て、家からとし子さんを連れてきていた。俺が頼んだのだ。


「とし子さん、おいでー」

 藤崎はとし子さんを出し、テーブルの上に載せた。

「(なになに? 何が起きてるの? みんな怒ってるの?)」

 とし子さんはスピーカーから聞こえる周囲の怒号に驚き、戸惑っていた。

「大丈夫だ、心配するな。ちょっとここに座って、あのカメラを見て笑っててくれ」

 俺はカメラを指差した。

「(……わかったわ)」

「カメラさん、とし子さんをアップで」

 俺がそう言うと、カメラを操作していた生徒は、テーブルの上のとし子さんを撮し、その映像は各会場にドアップで表示された。

「藤崎、マイク借りるぞ」

「うん」

 藤崎はテーブルの上のとし子さんを撫でていた。


「あーあー。聞こえるかー? 本部の櫻井です。この子は、うちから引き取ってもらった子。老犬のとし子さんだ。今、藤崎会長の家に住んでる。なぁ、少し考えてみて欲しいんだが、この子は毎日老犬用のドッグフードを食ってる。そしてそのドッグフードには少なからず動物の肉やエキスが含まれている。けど、これって悪いことか? 犬や猫がドッグフードを食ったり、キャットフードを食ったりするのは悪いことなのか? 特に猫はそうだよな。基本的に魚系の成分のものを食ってる。牛、豚、魚、俺達もそうだし、この子達も他の動物を食っている。食って生きている。俺達は人間だ。人間であり、動物の一種だ。なぁ、人間って言うだけで、何か特殊な動物だと思ってないか? 俺達が偉いみたいな、勘違いをしてないか? こいつらに動物を食わせて、俺達が動物を食わなかったら、もっと動物が救えるのか? それで、俺たち人間に問題が起きたとして、こいつらは困らないかの? こいつらが飼えなくなり、余計に捨て犬、捨て猫が増えたりしないのか? こいつらのことを考えてくれて、みんながいろいろと言ってくれるのは嬉しいし、助かる。ここまでアニマルサポーターが成長したのは、みんなのおかげだと思ってるし、とても感謝している。でも、俺達の生活が危うくなった時、本当に困るのは、こいつらなんじゃないのか?」

 俺は言葉を区切り、会場の映像を見ていた。

 各会場は静まり返っていた。

「一度初心に戻ってみてくれないか? 俺達の目的は『死ぬはずだった命を俺達の力で一匹でも多く救うこと』であって『全ての動物の命を救うこと』じゃない。むしろそれは俺たち高校生には無理だ。どうしてもやりたいのであれば、それは大人になってから存分にやってくれ。だが、今やることじゃない。……反論がある人は挙手」

 俺はマイクから口を離した。


「全部の会場を見せてくれ」

 俺が会議システムを操作している生徒に言うと、すべての会場がマルチで映し出された。

 一人も手を挙げている生徒は居ない。


「ありがとう。じゃ、会長に戻すな」

 俺はマイクにそう言うと、藤崎にマイクを戻した。

「あ、うん」

「よーし、とし子さんは下だ。お疲れさん」

 俺はそのままとし子さんを抱え、床におろした。

「(もう見なくていいの?)」

「ああ、良くやった。お前のおかげだ」

 俺はとし子さんを撫でた。

「(……よくわからないけど……役に立てたのなら良かった)」

 とし子さんは笑った。

 その様子は全体に映し出され、各会場からどよめきが起きていた。


「かーわいいー」

「何だこの子、笑ってるぞ」

「この子……会ってみたい……」


 そう。とし子さんは見た人を笑顔にする天才。


「藤崎、進めろ」

「あ、うん。それでは反対意見はないようですので、改めまして、総意を確認します。『ペットを購入した人を非難することに反対』の方は挙手をお願いします」

 全員が手を挙げた。

「満場一致で、採択します。手をおろしてください。続きまして『非難に対する抗議行動を行わないことに賛成』の方は挙手をお願いします」

 また全員が手を挙げた。

「こちらも満場一致で採択します。手をおろしてください。それでは各支部、各リーダーの皆様は、この方針に基づき、指導、活動をお願い致します。以上をもちまして、第一回、アニマルサポーター全国会議を終了します。ありがとうございました」

「ありがとうございました!」

 全体からガヤガヤという感じで重なって聞こえたが、どうやらみんな納得してくれたようだった。良かった。

 俺が会議システムの担当者にシャットダウンのサインを送ると、映像が切れた。


「ふぅ……一時はどうなることかと思ったな」

 田辺は椅子にうなだれた。

「だな」

 俺は立ち上がり、とし子さんのところに行った。

「おつかれさん」

 俺はとし子さんを見た。

「(いいえ……終わったの?)」

 とし子さんはいつものように笑っていた。

「ああ、終わった。お前のおかげだ」

「(そう……良くわからないけど)」

 とし子さんは笑った。

「櫻井くん、かっこよかったよ!」

 藤崎は俺を見た。

「そか? まぁ、とし子さんのおかげなんだがな……」

 俺はとし子さんを見た。とし子さんは名前を呼ばれ、なぁに? という感じで俺を見た。

「蒼汰! かっこよかったよ!!」

 楓が走ってきて、俺の背中に抱きついた。


 俺は楓に頼み、車を出してもらった。今日は祝日。学校は休みだが、この会議のため、同行してくれる先生が居た。その先生に頼み、とし子さんと楓の立ち入り許可をもらっていた。こうしてやっと、とし子さんを連れて来ることが出来たのだ。


「お、おい……学校だぞ!」

「あ……失敬……」

 楓は俺から離れ、先生を見た。

「でも、櫻井くん。どうしてとし子さんなの? 他の子でも良かったんじゃない?」

 藤崎は俺を見た。

「いや、とし子さんしか居ないだろ。この子を見たら誰も怒れない」

「うん。とし子さんしか居ないよね。うーらうらうらうら」

 楓が同意し、久しぶりに会うとし子さんを存分に撫で回していた。

「そうなの?」

「うん。藤崎さんはとし子さんしか知らないかもしれないけど、私と蒼汰は多くの動物に会ってきた。その中でもとし子さんは別格と言っていいほど可愛い。この子に見つめられて笑わない人なんか居ないよ」

「そうなんですか……。まぁ、私もお母さんもその一人なんですけどね……」

「でしょ?」

「はい!」

 楓が笑うと、藤崎が笑った。


「あ。ねぇ、蒼汰たちの教室、見てみたい」

 楓は俺を見た。

「え? あぁ、先生。ちょっとだけ、良いですか?」

「ああ。見るだけなら構わんよ」

「やったー!」


 俺達は視聴覚室をもとに戻し、手伝ってくれた生徒に礼を言って別れると、藤崎はとし子さんをケージに入れ、先生と一緒に教室へ向かった。


「俺が持つ」

 田辺は藤崎からとし子さんの入ったケージを受け取った。

「あ、ありがとう」


「うわー、ここが蒼汰の教室かぁ……どこどこ? どこの席?」

 楓は教室に入るなり、テンションが上っていた。

「俺はここ、田辺が前、隣が藤崎だ」

「あ、三人一緒なの? あ、先生。写真を撮っても良いですか?」

「ああ、いいですよ」

「よし……」

 楓は教室の全体と、俺の席の写真を撮った。

「じゃ、三人座ってみてよ」

「あ、ああ」

 俺達が自分の席に座ると、楓は三人の斜め前からカメラを構えた。

「あ……蒼汰、レフ板ない?」

「あるか! 早く撮れ」

「うーんじゃ、フラッシュにするか……」

 楓はフラッシュを出してディフューザーを取り付けてカメラの上に設置すると、カメラを構えた。


「ハイチーズ」

 バシャッ。

 楓の一眼レフが大きなシャッター音を立てた。

「もう一枚ー。はい、チーズ」

 バシャッ。

「はい、最後ー。はい、チーズ」

 バシャッ。

 楓は画像を確認した。

「うん。オッケー!」


 俺達は教室を出て、楓の車が停まっている裏口へ行った。


「じゃ、先生。ありがとうございました」

 俺は先生に頭を下げた。

「おう、気をつけて帰れよ」

 先生はそう言うと、建物の中に戻っていった。

「はい」

「田辺くん。ケージは後ろに積んで、中の布をかけてあげて」

 楓は車の鍵を開けると、田辺に言った。

「はい」

 田辺はバックドアを開けてとし子さんのケージを中に入れると、布を上からかぶせた。俺が助手席に乗り、田辺と藤崎が後部座席に乗った。

「忘れ物ない? 出すよ?」

「はい」

「大丈夫です」

「俺も大丈夫だ」

「よーし、出発ー!」


 車はゆっくりと学校を出た。


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