第40話 質問攻めという名の苦行
「小鉄、どうして死んじゃったの?」
「いや、あれは寿命だったから」
「四歳にもなってないのに?」
「……どう説明したら良いかな……俺は、こう……運。運だけ持ってたから、それ以外がからっきしダメだったんだ。むしろマイナス」
「マイナス? それって神様の話?」
「あ、いや……その……」
「言えないんなら良いや。じゃ、小鉄は自分が死ぬことを知らなかったの?」
「ああ。気がついたら天井に浮いてた」
「何時頃?」
「多分、三時くらいかな……まだ暗かったし」
「その時、私とお母さんは寝てたの?」
「ああ。ぐっすりとな」
「え、でもさ。あの五十音表に丸をしたのって、小鉄でしょ? 死ぬの分かってたんだよね?」
俺は楓に小鉄認定され、その後車を走らせながら、楓から色々聞かれ、色々と怒られながら根掘り葉掘り聞かれていた。楓と二人きりのロングドライブは、すっかり答え合わせのような、俺が責められ続け、聞かれ続けるという、一種の苦行のようになっていた。
まぁ、自分の猫が話せるようになったら、そうなるわな……。
「あ、え……えっと。言えないことです」
「どうして急に敬語になるの?」
「いや……今も言えない状態にあるんだ」
「ふーん。それって、神様から禁止されてるってこと?」
「え……? い、言えないことです」
「……まぁいいや。あ、お友達にやってもらったの!?」
「あ……うーん……。言えないことです」
「……わかりやすいけど、大丈夫?」
いや、かなり大丈夫じゃない気はする……。
そして途中のファミレスで昼食を取りながら。
「チョールってやっぱり美味しいの?」
「食ったことないか?」
「人間だもん」
「すんごいうまいぞ」
「やっぱり美味しいんだね」
「ああ。あれは格別だ」
「あ、あのビスケットとケーキは?」
「ああ、あれも美味かった! どうして人間が作ったものが、猫に美味く感じられるんだろうって思ってた」
「どっちが美味しかったの?」
「両方共別の味だから、比べられん」
「じゃ、その二つとチョールなら?」
「うーん……行かないと食えないという理由でケーキかな……?」
「なるほど。カリカリは最後ので満足してた?」
「ああ。あれはあれで美味かったぞ」
そして再び車の中で。
「最初から言葉はわかってたの?」
「ああ、分かってた」
「ふーん。やっぱり解ってるんだ……。でも、それって小鉄だから?」
「多分そうだ。俺は特殊だからな」
「そっか……。じゃ、どの猫も理解しているわけじゃないんだね?」
「ああ。……あ、違う。俺も最初は理解できなかったぞ。だから年老いたら、理解できるようになったりするのかもな」
「そうなの? 最初って何?」
「言えないことです」
「そっか。じゃ、どうして急に喋りたいと思ったの?」
「忙しくなり始めて、タクシーで移動し始めた時。タクシーの中で楓が俺に『調子が悪くなったらちゃんと言え』って言ったの、覚えてるか?」
「ううん。覚えてない……私、そんな事言った?」
「ああ。それでよく考えたら、俺は楓の言葉に返事をしているだけで、俺から伝えることが出来ないって気づいたんだ。それから色々考えた」
「そうなんだ……。結構覚えてないもんだね……」
「ああ」
「あんなに大切な……三年間だったのに……」
楓はぐずりだした。
「あ、楓! 危ないから車を停めろ!」
「うん……」
楓はぐずりながら、車を路肩に停めた。
そんな感じで、質問しては思い出して泣いて車を路肩に停め、また泣き止んでは車を走らせて質問し、また泣いては車を停めた。こんな感じで進んでは止まり、進んでは止まりを繰り返し、ようやく目的地に到着した。
「楓、目が腫れてるぞ……」
「え……? あ、ホントだ……どうしよう……。もう、小鉄のせいだよ?」
楓はルームミラーを覗き込むと、そう言って俺を見た。
「いや、俺は悪くないかと……ちょっと、顔を洗ってきたらどうだ?」
「どこで?」
「ペットボトルの水じゃダメか?」
「あ、その手があったか。頼んで良い?」
「おう」
俺達は車を降りると、バックドアを開け、鞄の中からペットボトルを取り出した。
俺はペットボトルを開け、楓の両手に水を注いだ。楓はその水でバシャバシャと顔を洗った。
「あ、お化粧大丈夫ですか?」
アリシアが言った。
「え……? あ、楓……化粧大丈夫か?」
「ん? お化粧なんかしてないよ?」
楓は顔を上げ、タオルでゴシゴシと顔を拭いた。
「え……すっぴんでその顔!?」
「うん……ダメかな?」
「いや、ダメじゃない! ……ってか正直驚いた。昔から思ってはいたが……お前、どんだけ美人なんだ!?」
「あはは……ありがと。で、どうかな?」
楓はそう言って笑うと、俺に顔を近づけた。
「うん。大丈夫じゃないか?」
「よし。じゃ、いくよ?」
「おう」
俺達は子猫の新しい飼い主を訪れ、楓は子猫を新しいケージに入れ、飼い主に注意事項を説明し、子猫が落ち着くまで待つと飼い主に抱かせて猫との相性を見ていた。そして一時間ほどそうしてから自分が納得すると、宜しくお願いしますと一緒に頭を下げて、家を出た。
俺達は車に乗って、来た道を戻っていた。
「今はどこに住んでるの?」
「台東区に住んでます」
「どうして敬語?」
「いや、なんか今のことを聞かれると……」
「ああ、小鉄モードじゃなくなっちゃうのか……あはは。可笑しいね」
楓は笑った。
「ああ。今はなんか小鉄っていう人格と、蒼汰っていう二つの人格が混ざり合ってて、変な感じだ」
「なるほどね……あ、台東区だったら近いね。寄ってく?」
「え、どこに?」
「
「え、アパートって台東区だったのか!?」
「あー、今は引っ越しちゃって、あそこじゃないの」
「あ、そうなのか……?」
「うん。お母さんにも合わせたいし。どう?」
「ああ、是非会いたい」
「うん」
車は夕方の道を一時間ほど走り、そこそこ大きなマンションの駐車場に入った。
「ここか?」
「うん。今の仕事を初めて、少し広い所に引っ越したんだよ」
「ああ、家でも飼ってるのか」
「うん。あ、ちょっと待って。私バック苦手なんだ……」
楓はそう言うと、車を駐車スペースの前に停め、ギアをリバースに入れると後ろを見ながら車を後退させた。二度前後に行ったり来たりを繰り返すと、車は無事、駐車場に入った。
「よし。で、何だっけ?」
楓はギアをパーキングに入れ、サイドミラーをたたむとエンジンを止めた。
「家でも飼ってるのか?」
「ああ、そうだった。うん、見ればわかるよ」
楓が車を降り、俺が降りると楓は車のドアをロックした。
そのまま駐車場を歩く。
「お家に連絡しなくていいの?」
「あ、じゃメールしときます」
「あはは、うん」
楓は笑い、そのまま駐車場から続く、マンションの入り口の鍵を開け、中に入った。
エレベーターホールで俺がお袋にメールをしていると、楓は横から覗いた。
「なんか、普通の高校生だね……」
「ええ、普通の高校生ですから」
「全然普通じゃないけどね。私に駅のホームでナンパしたんだから」
「いや、してないだろ!」
「あれ? あれって愛の告白じゃないの?」
「違う!」
「なーんだ」
楓は笑ってエレベーターに乗り込み、ボタンを押した。
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