第39話 証明



 楓は一つのケージの中に一匹の子猫を入れると、それを持って建物を出て、地下の駐車場へ降りて行った。


「本当に学校はお休みなんだよね? 不良学生を連れて歩いていました……とか、嫌だよ?」

 楓はそう言いながら車のバックドアを開け、ケージを入れるとドアを閉めた。

「はい。それは大丈夫です。ご心配なら学校に電話していただければ」

「うん、わかった。信じるよ。結構遠いから、帰りは夜になっちゃうよ?」

「構いません」

「うん、じゃ乗って」

「はい」


 楓が運転席に乗り、俺は助手席に乗ってシートベルトを締めた。

 楓はエンジンを掛け、車はゆっくりと動き出すと地下駐車場を出て右へ曲がった。


 おー……楓が車の運転をしている……。

 俺は楓を見ていた。

「ん? 私が運転しているのが不思議?」

「はい」

「困ったなぁ……」

「え、何がですか?」

「いや、蒼汰くんと話していると、本当に小鉄と話しているみたいだよ……」

「ええ、そうなので……」

「そっかぁ……そう言ってたもんねぇ……。じゃさ。もっとちゃんと信用させてほしいんだけど……小鉄の好きなものは?」

「チョールです」

「あ……普通か」

「あ、そうですね……」

「小鉄のお仕事は誰が管理してた?」

「スケジュールは楓さんが、お金は美月さんがしてました」

「……ほう。じゃ、小鉄の一回の撮影代は?」

「わかりません。でも確か……最後の方はCMだと五十〜七十万位だったと思います。あ、そう言えば。美月さんが最初の頃、五十万円口座に入ってたって、驚いてたことがありましたね」

 俺は笑った。思い出してきた。

「むむむ……。じゃ、小鉄は水が嫌いですか?」

「そうでもありません。でも、身体を洗われるのは嫌でした。あ、でも、最後の温泉で洗われた時は気持ちよかった……」

「あぁぁぁぁぁ、もう! 困ったなぁ!」

 楓は運転しながら叫んだ。

「あれ? 間違ってないですよね?」

 何しろ、俺のことだ。間違うはずがない。

「間違ってないから困ってるんじゃない……」

「はぁ……」


 そのまま暫く会話が途切れた。


「ねぇ小鉄」

「ん? あ、はい」

「言い方っていうか、雰囲気はそっくりなんだよなぁ……。ね、私の頬、舐めてみて」

「は……?」

「良いから、ちょっと舐めてみて」

「いや、それは……今は人間なので、同じにはならないかと……」

「あ、そっか……だよね」

 楓は苦笑いした。

「それに運転中は危ないですよ」

「……なんか小鉄みたい」

「いえ、小鉄なので」

「本気で言ってるの?」

「はい。紛れもなく本物ですから。他に質問とかあります?」

「よし、ちょっと待って」

 楓は左にウインカーを出すと、コンビニの駐車場に車を入れ、停めた。


「後ろの子の様子を見るから、降りて」

「はい」

 楓がそう言って車を降りると、俺も降りた。

 楓はバックドアを開き、ケージにかけられた布を開けると、中の子猫を覗いた。

「大丈夫かーい?」

 楓はそう言いながらケージの中に指を入れ、子猫をチョイと突くと、子猫はニャーと鳴いた。

「うん、大丈夫そうだね。ドア閉めるよ?」

「はい」

 楓はラゲッジに乗り込むと、バックドアを閉め、ケージの隣の鞄から水が入ったペットボトルと器を取り出すとケージの扉を開け、ケージの中に器をおいて水を入れた。

 ああ、良くそうやって水を入れてくれてたっけ……。

「なんか懐かしいですね……」

 アリシアは楓の様子を見ながら、そう言った。

「ああ、俺もそう思ってた」

 楓は子猫が水を飲まなくなったのを見ると、水の入った器をケージから取り出し、ケージの扉を閉めた。そして内側からバックドアを開き、車の外に残った水を捨てた。器の水を拭き取り、ペットボトルと器を鞄にしまった。

「あ、これ……まだ使ってるんですか!?」

 俺は楓の鞄を指差した。

「え……? うん。壊れないからさ」

 楓はそう言いながらバックドアから車を降り、ドアを閉めると車の鍵を閉めた。

「何か買おう」

 楓はコンビニに向かって歩き出した。

「あ、俺、貧乏なんで……」

「おごるよ」

「良いんですか?」

「うん」

 楓はそう言いながら、コンビニに入った。


 楓はペットボトルの水とお茶をかごに入れた。

「何にする?」

「じゃ、俺もお茶を」

「うん」

 楓は自分と同じお茶をかごに入れた。

「これは?」

 楓はチョールを俺に差し出した。

「あの……人間なんで」

「あはは、冗談だってば」

 楓は笑った。


 店を出て車の前に戻ると楓が少し話そうといい、俺達は車のボンネットに腰掛けた。楓はコンビニ袋からお茶を取り出すと、一本を俺に渡し、もう一本を開けて飲んだ。

「ねぇ」

 楓は前を見ながら言った。

「はい」

 俺は楓を見た。

「この質問に答えられたら、信じてあげる」

「何ですか?」

 最終問題らしい……。

「私の身体には、秘密の場所に、秘密のほくろがあります。どこでしょう?」

 楓は人差し指を立て、俺を見てそう言った。

「ありましたっけ?」

「……わかんないの?」

 楓は眉をひそめた。

 期待はずれだったらしい……。

「え……? ほくろ……」

 俺は首を傾げた。

「ほら、旅行に行った時、小鉄がお風呂の中で指差したじゃない」

「お風呂の中で、俺が指差した……? あ、あれか!」

「思い出した?」

「ああ。右胸の下にハートのほくろがある!」

「ピンポンピンポン! 大正解!」

 楓は拍手をした。

「って言うか、これ、小鉄じゃなかったら張り倒してるけどね……」

「あ……ですよねぇ……」

「はい、次。最終問題です」

「はい」

 ほくろ以外の秘密の問題って、なんだろう?

 俺はドキドキしていた。ほくろのことさえ覚えていなかったのに、それ以上の秘密のことなんて覚えているだろうか?


「小鉄が死んだ時……」

 楓の声が上ずっていた。

「え?」

 俺は楓を見た。

「小鉄が死んだ時、私にある言葉を、残して……くれました。それ……それは……なんでしょう……」

 楓は涙を流しながら、そう言って俺を見た。

 俺はあの後、俺が死んでいるのを楓が見つけた時、楓がどうなったのかを想像していた。想像すると……目から涙が溢れてきた。


『ありがとう』

 俺は楓の目を見て言った。やっと俺の口から楓に伝えることが出来た。


「小鉄……」

 楓はそう言うと、俺を抱きしめた。

「楓……」

 俺も楓を抱きしめた。ボンネットの上に座り、俺と楓は抱き合っていた。

「やっと言えた……。ずっと伝えたくて、伝えられなかった言葉がやっと……自分の口から言えた」

「うん……ありがとう……小鉄……」

 楓はそのまま、泣き続けた。


 楓は俺を、小鉄と呼んでいた。


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