第38話 ラストチャンス




 三日後。


「制服よし、生徒手帳よし、学校指定バッグよし……身だしなみ、よし!」


 俺は決行日を三日後の今日に決めた。もし、楓が少しでも俺を信用してくれていたら、俺を探していた筈だ。だとすれば、俺達が経験したように、会えない時間が少しだけあったほうが、感動? が強くなるんじゃないか、とそう思っていた。


 俺達は再び、楓と出会った駅へ向かい、駅のホームで楓を待った。

 俺はドキドキしていた。もう後がない……。


「あ! 来ましたよ!」

 アリシアが上から眺め、楓を見つけるとそう言って俺を見た。

 俺はアリシアに頷くと、前を見た。


 来た!


 人の隙間から楓の顔が見え、俺はさらに緊張した。

「しっかり!」

「お、おう」

 アリシアがそう言うと、俺は辛うじて返事をした。それ程緊張していた。俺は内ポケットから生徒手帳を取り出した。手が震えていた。

「あ……」

 楓が俺に気づき、声を上げた。

 今だ! 俺は楓の前に進み出て、頭を下げた。

「は、初めまして。私は櫻井蒼汰、十六歳です。先日は大変失礼いたしました。あ、これ。学生証です」

 俺は生徒手帳を広げ、自分の学生証が掲載されているページを開いてみせた。まるで警察が警察手帳を見せているかのようだった。

「はぁ……」

 楓は少し呆けていた。

「あ、あの……宜しければ、少々お話をさせていただきたいのですが……お時間はございませんでしょうか?」

「新手のナンパ?」

 楓は少し笑いながらそう言った。

「あ……いえいえ、そのような訳ではなく……えっと……」

「違うの? それはそれで、お姉さん少し傷つくなぁ……」

 楓はいたずらに笑った。

「え? あ、じゃ……ナンパ……です」

「えーっ……そうなのー?」

 楓は怪訝そうに俺を見た。

「え!? じゃ……じゃぁ……。どっちが良いですか?」

 俺は困り果てて楓を見た。

「あはは、ごめんごめん。冗談だよ。じゃ、時間がないからついてきて」

 楓はそう言うと歩き出した。

「え……?」

 俺は先に歩いて行く楓を見て、立ち尽くした。予想すらしていない急展開だった。

「蒼汰! 急いで!」

 アリシアは俺に言った。

「お、おう!」

 俺はそう言って小走りに、楓の後を追った。



 楓は改札を出るとそのまま線路沿いに歩き、五分ほど歩いたところにある、小さなビルへ入った。

「ここだよ」

 楓はそう言いながら階段を上がり、入り口を解錠するとドアを開けた。

「入って」

 楓は俺を中に招き入れた。

「お、おじゃましまーす……ん?」

 俺は小声で言った。中に入ると動物臭がした。

「やっぱり気づいた? あ、先に生徒手帳をコピーさせてくれる? 何かあった時困るから」

「あ、はい」

 俺は生徒手帳を楓に渡した。

 何かあった時とは、俺に何かあったときなのか、楓に何かあったときなのか……どっちなんだろう……?

「じゃ、ここで待ってて。コピーとったら持ってくるから」

「はい……」

 楓はそう言うと、入り口に俺を残して奥へ入っていった。


「ここって……」

 俺はあたりを見渡した。何か懐かしさを感じていた。

「ここ、ペットショップ……じゃなさそうですけど……」

 つぶやくように、アリシアが言った。

「ああ。多分、動物保護施設だ」

 俺が猫時代、最初に楓と出会ったあの場所に、とても良く似ていた。

「動物保護施設?」

「ああ。捨て犬、捨て猫、または震災などで飼い主が亡くなったり、身寄りのない動物を保護して、新しい飼い主を探すための施設だ」

「あ、それって……楓の家に引き取られる前に、あなたが居たところですか?」

 アリシアは俺を見た。

「ああ。ハッキリとは覚えていないが、多分そうだ」

 俺はアリシアを見た。

「じゃ、楓は……昔のあなたのような動物たちを、保護する仕事を始めたと?」

「多分な。始めたんだか、そこで働いているんだかは分からんが、そういう事なんだろう」

 俺は奥を覗いた。

「やっぱり……」

 奥にはケージが並び、その中に多くの犬や猫がいる。廊下につながれている犬は結構な年齢らしく、口の周りの毛が白くなり、少し足腰が弱そうな動きをしていた。

「楓……あなたに影響を受けて……」

「…………」

 俺は涙がこぼれそうになっていた。俺が死んだ、あの日を思い出していた。

 だが、それが泣きそうになった理由ではない。俺が楓に与えた影響は、楓の俺への思いは、まだ続いていたんだ……。そう思うと、感情が溢れ出し、涙がこぼれそうになっていたのだ。

「蒼汰?」

「……あ、すまん。なんか思い出してしまってな……」

 俺はアリシアを見ると、ケージを見て、鼻をすすった。ほとんど覚えていない猫時代の母親のことを、少し思い出していた。兄弟たちはどうなったのだろう? 俺の母親はまだ生きているのだろうか? いや、生きてるわけ無いか……。そんな思いが、一気に押し寄せていた。

「ですよね……」


「あ、やっぱり……」


「え?」

 見ると、楓は柱の陰から俺の様子をうかがっていた。

「今でも、そこにお友達が居るの?」

 楓は柱の陰から出てくると、歩きながら俺の上を指差した。

「え……? あ……えっと……。な、何のことでしょうか?」

 俺は戸惑い視線が宙を泳ぐと、そう言って楓を見た。

「今、空中の誰かと話してたでしょ? はい、生徒手帳、返すね」

 楓は俺の生徒手帳を返した。

「あ、はい」

 俺は生徒手帳を受け取ると、内ポケットに入れた。

「ねぇ、今日は学校はどうしたの?」

「え……? あ、ああ。今、学校は試験休みなんです」

「じゃ、どうして制服を来て、学校のカバンを持ってるのかな?」

「あ、これは……。変な人じゃないと、証明するために……」

「あぁ、そういう事か……うん。ちょっとこっち来て」

 楓はそう言うと俺を連れて奥に進み、一つのケージを開けた。

「ほーら、おいでー」

 楓は中から子猫を取り出した。

「あ、俺だ!」

 そう思えるほど、猫時代の俺にそっくりの、白黒で、どちらかと言えば白のほうが多い、目の色が左右で違う猫だった。

「ふむ……小鉄!」

「ん? どうし……いや違う、どうされましたか?」

 俺は楓を見た。

「あなた……蒼汰くんだっけ? 蒼汰くん、本当に小鉄の生まれ変わりなの?」

「え、信じてくれるんですか?」

「うーん、色々ありすぎて……何ていうのかな……感覚的には小鉄……なんだと思う。見えないお友達も、その答え方も、この子を見たときの反応も……」

 楓は困っていた。

「え、その子を見て俺だーなんて言うやつ、他にも居ませんか?」

「いやいや、居ないでしょ。普通言わないよ。それに……」

 楓は抱いている子猫を見た。

「小さい頃の、丁度この頃の小鉄を知っている人は、この世に数人しか居ない。あの保護施設の人と、私と、お母さんだけ。後は小鉄だけだよ」

「あ、なるほど……」

「だから、蒼汰くんが知っている訳無いの。でもなぁ……お母さんも言ってたけど、それを鵜呑みには出来ないんだよなぁ……」

「あ、美月……いや、美月さんも俺のこと、知ってるんですか?」

「…………」

 楓は黙った。疑いの眼差しだった。

「あれ? 何か変なこと言いました?」

「うん。私の名前を知っていて、お母さんの名前まで知っている……そんな人も数人しか居ない」

「あ、そうか……」

「ねぇ、もっと信用できる何か、無いかな?」

 楓は子猫をケージの中に入れ、扉を閉めた。

「信用できる何か……俺しか知らないこと……ですか?」

「うん。じゃぁ……家の場所は?」

「あ……それ、知らないんです……」

「え? 小鉄なら知ってるんじゃ……」

「いえ、生まれ変わる時、その情報を消されたんです」

「生まれ変わる時……消された?」

「あれ、これは言って良いんだっけか?」

 俺はアリシアを見た。

「もう言っちゃいましたからねぇ……。ま、天罰が落ちなければ……まだセーフなんじゃないですか?」

「そっか……あの……」

 俺は楓を見た。

「また喋った!」

 楓は目を丸くしていた。

「あ! あの、これは内緒に……見なかったことに……」

「うん。あなたが小鉄の生まれ変わりなら、そう言うと思った」

 楓は笑った。笑顔は変わっていなかった。


「片桐さん! そろそろ出ないと!」

 奥から声がした。


「あ、はーい! 付いてくる? これから新しい飼い主さんにお届けに行くけど」

 楓は声がした方に返事をすると、俺を見てそう言った。

「はい! 是非!」


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