初夜編:利己的な爪跡03

「あっ。コトゥー。いらっしゃい」


 コトウの突然の来訪にトルダートは、嫌な表情を浮かべる事なく、家に招き入れた。

 この聖剣使いは変わったもので、土壌改良だけではなく、村人に混じり稲作に講じている。鍬の使い方一つもわからない男が、村に逗留した事で、今では手植え捌きが村一番である。

 なお、トルダートは手植えさばきが一番なのであって、綺麗な植え方かどうかは別問題である。

 今日も、田んぼの草むしりを早々に終え、他の田んぼへ栄養補給という名の元でまた土壌改良に勤しんでいたそうだ。

「エービバディセイッ! トルちゃん」とわけのわからない歌を歌い、クイクイッとなまめかしい腰つきで聖剣を振り回し、土壌改良する姿は、全トリトン村人黙殺である。


「いヤァ。雨季だからって気を抜いてました。カンカン照りのスケコマシ。天気がよすぎて吐くぐらいに暑い。どうせ吐くなら、ゲロよりア・イ。アァーン。を吐きたいです。みなさん、愚痴もこぼさず、ようやりますわ。この被虐体質村人どもめ」


 トルダートは笑い、グラスに水を注いだ。コトウは、グラスを受け取りもせず、じっとトルダートをみつめていた。

 相変わらずテンションはおかしい。言語チョイスもおかしい。スナイル国の人ではない。腐っても聖剣使い。ということで村人は流す。もしも、樹のイグラシドルに人間の身体があれば、きっと頭を抱えて「失敗したぁ」と叫んでいるだろうとコトウは思っている。

 視線は、トルダートの人懐っこい顔から、土の聖剣へ。土の聖剣はトルダートの腰に下がっている。どろに塗れた手で触れているおかげで、柄は土色に変化している。

 鞘も土埃を被り、茶色味がかっている。元の色が何色で、装飾はどのようなものが施されていたかなど、思い出すことはできない。


「で、どうしたんですか? コトゥーさん。そんなに悩んで。アホヅラにもう一つ言葉を載せましょう。そうだ! 言葉のオカズを乗せよう」

 

 トルダートは人前ではいえないような言葉をポンポンと並べる。トルダートはコトウといるとき、自分が聖剣使いであることを忘れられる。この世界で生きる人間として、振舞えることが出来る。と言っていた

 初対面で「コトウさんを友人1号に認定する」という言葉。彼は笑いながらいっていた。思い返せば、思い返すほど、トルダートの愛情は涙が出るほど嬉しい。

 しかし、コトウの涙はかれた。もうトルダートの事で泣くことは無い。


「トルダート。僕はどうしていいかわからないんだ」

「どうしたどうしたどうしたぁ! 若者よ。若者の特権は、泣き、笑い、悩む事。さぁ! 特権を解き放て! 自分も解き放て! 自分に正直になれ。コトゥー!」


 何も知らないトルダートは両手を大きく広げる。全てを受け入れ、話を聞いてやろう。と鼻息を鳴らした。トルダートは無邪気に笑っている。コトウが目亜z特腰に下げている聖剣をもう一度確認していることにも気づかない。


「ありがとう。トルダート」


 トルダートはコトウの表情・心情を汲み取ることが出来なかった。コトウはトルダートに抱きつくように距離を詰める。無防備にさらけ出されている聖剣。トルダートの腰に手は回らない。コトウの手は聖剣の柄を握り締め、引き抜いた。

 シャッと裂く音が、二人の耳に入る。


「トルダート。僕は君が言うとおりアホやから、こげなごつしか母ちゃんを救えないんばい」


 抜かれた刀身は、鞘へ戻らない。鋭い切っ先は持ち主であるトルダートのわき腹を深く穿つ。

 剣は吸い込まれるように、体内に沈む。それはまるで、池の中に沈んでいく小石のスピード。トルダートの身体は「く」の字に折れ曲がる。脇腹に刺された剣を抜こうと、両手で刃に強く触れる。刃は、彼の第一、第二関節に食い込み、骨の上を走る血管をブチブチと絶つ。白銀の刀身の中央に溝がある。トルダートの血は一度、溝に溜まると、溢れだすように、流れていく。聖剣はトルダートの血で染まった。床が血で濡れていく。コトウもトルダートも下半身が赤い。


「コトゥー……」

「トルダート。なんでこの村にとどまったん? どうして、この村に聖剣の恩恵を与えたん? 君にそんな力があるなら、どうして母ちゃんを救ってくれなかったん?」


 トルダートの口の端から、血の泡が零れる。トルダートはコトウの方に顎を乗せ、耐えるように苦悶の表情を浮かべる。喘ぐような息はひゅーひゅーと発作性の呼吸に変わる。息をするのも苦しそうだ。


「お前が振りまいた優しさは、災厄だ」


 言い終えると、コトウの手に更なる力が入った。ズブズブと切っ先は進み、ブツリと背中の筋肉と皮膚を貫く。

 トルダートはとうとう堪えきれず声を上げた。絶叫は村中に響くほどのけたたましい声。“人の声”とは思えないほどの迫力だ。喉を震わせると、トルダートの身体はガクリと力を失う。

 声に驚いたコトウは慌てて、トルダートの身体から聖剣を引き抜く。ぐちゅっと濡れた音の後、彼の身体は血たまりに伏せた。


「でも、僕の事を友人と言ってくれたのは君だけだった」


 コトウは涙を流さない。肩口はトルダートの血で汚れている。コトウの手は真っ赤に染まっていた。

 聖剣は白銀の刀身を忘れた。

 茶色だった柄も、赤に染まる。

 土の聖剣は自分を見失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る