初夜編 供物としての結婚式 2

ベルは結婚式が嫌いだ。

 理由は、大きく分けて3つ

 第1.彼女は、人の幸せに興味がない。

   (1)幸せになるも、不幸になるも、本人次第だ。

     本人の努力で幸せになったのならば、それはとても素敵な事だと感じる。

     だが、彼女は、それ以上思うこともない。感じることも無い。

     幸せの結晶である結婚式を祝福して当たり前。という風潮が理解できず、

当たり前のように話されることに、不快感しかない。

     だから、嫌いなのだ。

第2.祝福を強要される空間が苦手

  (1)結婚式の参列者は、新郎新婦を祝福しなければならない。というのが暗黙のルールである。

  (2)新郎新婦の両方を知っている場合、彼女は祝福を強要されても、致し方ないと考える。(1.でも述べたように、この祝福はあくまでも形式的である)

  (3)では、新郎新の片方しか知らない場合は、見知らぬ者を祝福しなければならない構図となる。ベルはこれが疑問だった。そもそも、見知らぬ者であれば、祝福する義理は無い。それでも、出席した以上、2人を等しく祝福しろ。と、見えぬ同調圧力が強要する。彼女は、皆何故、知らない人間を手放しに祝福できるのか疑問で仕方が無い。

  (4)以上を是とする空間は、ベルにとってとても窮屈なものである。

第3.出費・拘束時間と比較して見返りが少ない

  (1)祝う気持ちはさらさらないのに、祝福として、金銭を贈与する。新郎新婦の仮装を横目に、料理・談笑などで時間を費やす。

   (2)では、彼女に何が残るのかと考える、腹が一時的に膨れること。そして、それらは、いずれ大小便となる運命が決定付けられたことだけだ。

  (3)結局、眼に見えないものしか彼女には与えられない。

  4.上記の理由から、彼女は結婚式が理解できず、嫌いになってしまったのだ。


 一方、結婚式というシステムは嫌いではない。

 理由は2つある。

 第1.「祝福」を理由に金銭・贈答を要求できる

  (1) 「結婚式」とは、祝福してもらいたい。という自己承認欲の典型例である。結婚式に参加するとは、どういった形であれ祝福する意思表示である。

 面白いことに、結婚式に参加する場合、手ぶらで参加することはタブーとされている。なので、参加者は一様に、金銭や贈答品を手にして結婚式に参加するのである。

  (2)金銭や贈答品。必然的に数字が現れる。収受した金銭・贈答品を眼にし、多寡は祝福の誠意の数字となる。祝福の誠意は、言葉ではなく数字だ。

  (3)当たり前の事だが、新郎新婦はこの誠意を口外することは無い。だが、今後の心証に作用することは多々あるだろう。

  (4)金銭・贈答品を得て、参加者の誠意を知る。ある意味一石二鳥とも言えるシステムだ。

第2.嫌いな人間をサンドバッグに出来る

  (1)新郎新婦が容姿・社会的地位・資金力・血筋 これら4点が総合的に高ければ高いほど、希少価値のある存在である。

 その様な者を射止めれば、羨望の眼差しが注がれる事がある。

  (2)ベルは注がれるなら、より確実に羨望の眼差しを注ぐ可能性がある人間に注いでもらいたいと考える。具体的には、ベルの事を嫌っている人間。

    うだつの上がらない無能な上司

    冴えない同僚

    目障りで煩い後輩

    彼らは、日ごとベルのいないところで陰口を叩く人間ばかりだ。

    もしも、ベルが希少価値のある男性を結婚すれば。彼らは間違いなく羨望と僻み 妬みの眼差しをベルに注ぐだろう。その眼差しがたまらない。その眼差しを前に、幸せのオーラを固まりにして、殴りつける。


「恋の競争倍率1.0倍の皆様。皆様一様に口を大きく開けて醜い顔」


 といおまけの言葉までつけたくなる。

 まさに絶好の機会 一方的な幸せと言う暴力が可能となる。

第3.

 考えば考えるほど、結婚式と言うシステムは良くできている。

 結婚は考えていないが、このシステムを使って人生を乗り越えて生きたい。



 なんて考えていたのはいつの事だったか。

 仮初めとはいえ、ベルは23歳にして結婚式を挙げている。

 現実と理想は違う。思うようにいかない。この経験を踏まえ思ったことは、やはり結婚式は嫌いだ。という事である。

 結婚式嫌いに拍車をかけたのは、目の前の人物のせいだ。



オリヴァ・グッツェー


 キルク王の前筆頭侍従

 筆頭侍従としての職権を濫用し、前王イヴハップ王の葬儀を遅滞・妨害させた。という理由で査問会にかけられ、筆頭侍従補佐に降格した。

 それでも、年齢と比べれば十分に王宮内での地位は高い。

  容姿といえば、中肉中背

 多くの女性が羨む円らな瞳ではなく、切れ長の涼やかな瞳。刈り上げた黒髪と、黄色味がかった肌。容姿が劣っていることは全く無い。

しかしながら、彼の評判は芳しくない。その理由は、彼の性格である。


 卑屈

陰鬱

ナルシスト

慇懃無礼


 彼と接し、「印象が良い」と言える人間はどれだけいるだろうか。性格に難があるため、友達と言える者はいない。というのが専らの噂だ。

 彼の実績 事実 噂 すべてを総括し、彼女が導いた答え。それは、立った二文字である。


「最悪」 



「接吻」とはやし立てる声。オリヴァとベルは声の渦にいる。グルグルと渦巻く波は、止められない。

彼女の唇に人肌が触れた。

カサついた唇。そう感じると、覆うように自分よりも大きな体が包み込んだ。

 全て、オリヴァ・グッツェーである。

 そう思うと、胃袋から酸っぱいものが込み上げてくる。汚物が、身体にまとわり付いているのだ。

 何もかもが不快。ベルの手は、彼を拒絶しようともがくも、彼は赦さなかった。

こんなはずではない こんなはずではない。とこのような場面になって本音が駄々をこねる。頭の中でぐるぐると感情と理性が暴れ始めた。

ベルが結婚式をあげたい人間も

ベルが誓いのキスを交わしたい人間も

どれもこれもすべて

オリヴァ・グッツェーは入る余地はないのだ。

 なのに、受け入れなければならない。現実は、苦痛だ。


  新婦の華奢な身体が数日ぶりに地面に伏せた。


口元を拭いたい気持ちを必死に抑え、半ば睨むようにしてオリヴァは領主コンラッドを見つめた。


「愛の誓いは認められましたか?」


オリヴァの問いにコンラッドは満足そうに首を縦に振った。


「ロサリオ。愛の誓いをイグラシドルは認めた」


コンラッドは、両手を肩の高さまで挙げる。


「ありがとう。君のおかげで我々はーーー」


オリヴァは最後までコンラッドの言葉を聞くことはできなかった。

ごつんと鈍い音が後方から聞こえる。そのあと、ジンと沁みるような痛みが走る。前のめりになる身体を抑えるよう、一歩 二歩とよろめくように踏み留まった。

視線は、痛みの根源を知るべく、後ろを振り返る。

目に飛び込んできたのは、大剣の柄をオリヴァへ向ける男。

誰も暴漢を止めることはしない。それどころか、一部の村人に至っては、彼の暴挙を笑みを浮かべ見つめる。

オリヴァは、どういうことだ。と声をあげたかった。暴漢は、大剣の柄を彼の額めがけて振りかざす。

 彼は、追い討ちを避けるように、身体を捻った。だが、真の追撃は、背後にある。 

 コンラッドは手にしていた星の剣の柄を容赦なく、彼の後頭部に叩きつけた。オリヴァの身体は、背後の痛撃をうけ、ガクンと前へと倒れ掛かる。バランスを失う身体に、留めんといわんばかりに、暴漢の大剣が襲い掛かった。左即頭部を突き刺し 抉るようにして叩きつける。

 襲う痛みに、オリヴァは何もできない。膝をつき、音を立て、倒れてしまった。

緞帳が降りる意識。村人の列の中にキルクの姿を見た。





「ほぅ。まさに愛だな」


 面白いことに。オリヴァの手はベルの手と重なっていた。

コンラッドは服の裾で星の剣の柄を拭った。

 暴漢は、ヘラヘラとした笑みを浮かべ、大剣を畳の上に投げ捨てた。


「念の為ですわ」


 彼は、乾いた笑いを漏らす。そして、そのままオリヴァの横っ腹を蹴った。ビクンと身体生理的反応を見せたが、それだけだった。今度は、顔に手を近づける。微かに空気の動きを感じる。


「彼のお陰で手間省けましたね」


 暴漢は、オリヴァ達が大雨の際であった親方達の列にいた者だ。彼の取り繕う笑顔。


「皆のもの。よくつきあってくれた」


 村人達の表情から察するに、彼らはこの結婚式がまがい物であることを知っている。彼らも演じていた。

 コンラッドが一つ咳払いをする。暴漢は、オリヴァ達から少し離れた赤い絨毯の上に腰を下ろす。

 村人の顔は途端、真剣なものへと変化した。


「我々は、土の聖剣の加護を受ける一族なり」


 低く呟く声だ。


「はるか昔、土の聖剣は我々の敬剣けいけんに疑念を持ち、呪いを与えた」


 敬剣。それは、12本の聖剣全てを敬い、信じる心の事を言う。コンラッドは、星の剣を鞘から抜き、剣先に人差し指を当てる。プツリと皮膚を穿つと、小さな血の袋が指先に出来上がった。零さぬよう、血を剣先にこすり付けると、剣を天井絵に向けて掲げた。この天井絵は、一部の聖剣の絵が欠けている。だが、この場にいる人間には見えるのだろう。描かれていない土の聖剣の姿が。


「供物とは捧げる為にある」


 星の剣の剣先は、天井絵から、新郎新婦に向けられた。


「願おう。コトウの呪いがこの供物で贖われる事を」


 そして、星の剣の剣先は、最後に村人に向けられた。


「祈ろう。我らが敬剣が認められることを」


 コンラッドの演説に皆は「あるべし」と一様に口にする。天井絵に向かい、ある物は拳をあげ、ある物は、腰に下げていた剣を鞘のまま天井絵に上げる。呼応する声は、己の信心を誇示するためだろう。

 その様をコンラッドは目を細めて、高みから眺めている。

 彼の血液はどこかへ消えてしまった。星の剣の剣先を拭うこともなく、彼はそのまま鞘に収めた。


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