初夜編 御伽噺のゆりかご01

 むかし むかし あるところに「トリトン」という村がありました。

 トリトン村には、コトウというこころやさしい わかもの がいました。


 コトウさんは、山へたきぎをひろいにいくとちゅう、 へいしたちに ふみつけられている いちりんの花 を見つけました。

 コトウさんはそばにより、へいしに 花をふむのをやめるように言いました。

 へいしたちは


「おれたちはむしゃくしゃしているんだ。おれたちが花にいかりをぶつけてなにがわるい」


 花はなんどもふみつけられて、いたさのあまりに、あたまをたれていました。


 コトウさんは、そのような花を見て、とてもかなしくなりました。


「そうですか。それでしたら、わたしをふんでください。きっと、このはなよりもすっきりしますよ」


 そういうと、コトウさんは大の字にねころがりました。へいしたちは、びっくりして、花をふみつけるのをやめてどこかへいきました。


「かわいそうに。ぼくのいえにくるといいよ」


 コトウさんは花をやさしくほって、いえにうえなおしてあげました。

 コトウさんは花をやさしくそだてたおかげで、花はすっかり元気になりました。とてもきれいな花をさかせて大きな種をつけてかれてしまいました。

 コトウさんは花がかれてしまって大きな声でないてかなしみました。


 ある時、コトウさんの家のドアをだれかがたたきました。


「コトウさん。コトウさん」

「はいはい。だれですか?」


 コトウさんはそとへでると、とてもりりしい顔をしたせいねんがいました。


「わたしは土の聖剣使いです。あなたがたすけた花が、わたしにコトウさんにおれいをしてください。とたのんできたのでやってきました」


 コトウさんはびっくりしました。


「コトウさん。花のおれいにあなたの願いを一つかなえましょう。なにがいいですか?」


 コトウさんはいいました、


「土の聖剣使いさん。わたしには としおいた はは がいます。はは はうつくしいウェルラン山を見たいと言っています。けれども、はは は、足がわるくてむらからでることができません。なので、ははにウェルラン山をみせてもらえませんか?」


 土の聖剣使いは「いいですよ」というと、剣をひとふりしました。

 すると、トリトン村をかこっていた山が切り崩され、とおくにウェルラン山が見えるようになりました。とつぜんあらわれたウェルラン山に、むらのひとたちは、びっくりしましたが、そのうつくしさにとてもよろこびました。コトウさんのおかあさんもよろこびました。

 コトウさんは、ウェルラン山もそうですが、きりくずされた山の渓谷のうつくしさにびっくりしました。


「土の聖剣使いさん。ははにウェルラン山を見せてくださってありがとうございます。それいじょうに、わたしはこの渓谷がうつくしいと思います。土の聖剣使いさん。あなたの名前をおしえていただけませんか?」

「はい。わたしの名前は、トルダートと言います。コトウさん。わたしのことは、聖剣使いではなく、トルダートとよんでくれませんか?」


 コトウさんはそれからトルダートとともだちになり、くらしていきました。

 そして、いつしかうつくしい渓谷は土の聖剣使いのなまえからトルダート渓谷

とよばれるようになりました











  語り部は、おしまいのかわりに、軽く手を打った。二人の聴衆は彼女のお話会に、パチパチパチと拍手でこたえる。二人とも目を細め、手にしている杯を天高く掲げ、語り部を褒め称えた。


「嬢ちゃん、えぇ声してんなぁ」

「せやせや。ゴッツ聞きやすかったで」


 酒焼けした二人の男の声に紅一点の語り部 ベルは苦笑するしかない。

 ここは、トルダート渓谷。厳密にいえば、トルダート渓谷に挟まれるブラート川の中流にあたる。一艘の船が、岸辺に係留され、焚き火を囲っている。

 季節は乾季。寒さの入り口の季節だ。夜となれば、ベルのように薄手の布で身体を包み込まなければ、風邪をひいてしまう。ある意味、この焚き火は彼らの生命線だ。


「あとは、乾き物でもあれば、言うことねぇなぁぁぁぁぁ」

 

 最後の言葉は欠伸になってよく聞こえない。男の一人はそのまま寝転ぶと、大の字のまま寝息を立て始めた。

 どう言うわけか、ベルは二人の男に童話を聞かせた。きっかけは、一人の男が「何故、トルダート渓谷はできたのか」と言う疑問だった。もう一人の男も「なんででしょうね」と言うだけで、遅々として話が進まない。そこで仕方なく、先の物語を語った。

 どこにでもある、地域の昔話だ。物語には、多かれ少なかれ、子どもに教訓を与える。この、「コトウさん」という話は、植物は大切に扱いましょう 友情を大切にしましょう。 聖剣使いは優しい人です。であったはずだ。語り部は、足元に落ちている小枝を折り、心の中でこの輪に加わらない相方に舌打ちを打った。


「ご満足いただければ、幸いです」

 

 口では、満足げに言うも、彼女の胸中は穏やかではない。まず、この二人の男はコルネールが手配した男だ。二人とも、大きな浅黒い身体に「いかにも」な荒くれぶれの姿をしていた。現在ベルと話しているのが、船長で、大の字に寝転がり、腰に下げている剣を手放そうとしない男が航海士だ。航海士というからには、下げている剣は海や川の流れを司る「海」の剣だろう。

 あと、二人の立場を証するのは、船ぐらいだろう。一見すると、どこにでもある遊覧船だ。この船が他の遊覧船と違うのが、乗客層は観光客ではなく、表立つことが許されない人々となる。


「それにしても、嬢ちゃんの相方、もうちったぁ、愛想よくても良くねぇか?」

「性格に難があるんですよ。人の心を省みらないし。仕事ばかりにかまけて、ようやく出来た恋人にもそっぽをむかれる始末。それにも気づかないし。気づくのはいつだって手遅れになった時なんですよ。彼」

「おぅ。女難の相あり。って顔をしてるもんな。あいつ」

 

 オリヴァは有る意味ベル以上に彼らに嫌悪感を示している。

 船の中へ案内されると、挨拶もそこそこで、すぐに奥の座席に座った。

 コルネールと付き合いがあるだけではなく、彼らのかもし出す粗暴さが気に食わないのだろう。人のえり好みが激しいのだ。


「私もそれに近しいことを言いましたよ」

「そしたら、どうだった?」

「むっちゃ、怒りました。お前に俺の何がわかるんだ。って」

「まぁ、そういう事を言いそうだな」

「内緒にしておいてくださいね。彼、プライドだけはウェルラン山以上に高いですよ」


 最後の一言以外、すべて彼女の嘘だ。


 深夜、男3人に女一人。事前に道中1泊と聞かされていた。船内泊だろう。と思っていたが、まさか野宿だとは想像していなかった。

 船内泊が出来ない理由は2つ。 

 1つ。まず、風が強く、船が転覆する可能性があること。

 2つ。先の大戦で多数の剣戟があり、命の可能性が長期間にわたり高まっている。魔獣は365日、発情期状態で、常に気が立っている。気性の激しい魔獣が遊覧船に乗り込み、人間を襲った。という話はよく聞く。魔獣は昼間以上に夜の気性が激しい。夜間、船内に魔獣が襲撃した場合、痛手は必至。

 なので、野宿をしたい。と船長命令がでた。後者の理由が主だろう。広い場所であれば、男3人。魔獣を払いながら、船を出すことは可能だ。船長の話しを聞くと、オリヴァはそうそうに、何も言わずにズタ袋を枕にして横になった。

 

「嬢ちゃんは寝なくていいのかい?」

「私は、夜型なので、まだ、眠たくないんです。」

「襲われるって思ってるならそれは誤解だぜ。俺達は船の男だ。陸の女の同意なしに手荒なことはしねぇよ」

「えぇ。そこは信頼しています。貴方達はコルネール様が手配した人たちですし。万が一、コルネール様の道具に傷でもつけたら、途端に船の男は磔の男に無事転職しますね。転職が厳しいこのご時勢。こんなに感嘆に転職できることもそうそうないでしょう」


 涼やかな表情で言いのけるベルに、船長は大きな体を震わせた。荒くれ者の外見にぴったりと当てはまる豪快な笑いっぷりだった。


「いいゼェ。嬢ちゃん。その意気込みだ。その意気込みがなければなーー」


 船長は目を細め、黄色く染まった歯をにぃとベルに向ける。途端、得体の知れない何かが彼女の口にまとわり付く。背筋を這い上がるような不快感がベルを襲った。


「嬢ちゃん、死ぬぜ。近いうちにな」



 結局のところ、ベルはその夜、一睡もしなかった。

 理由は二つ。

 一つは任務に対する緊張だ。

 見知らぬ土地に、オリヴァと共に夫婦として潜入する。24時間。他人から監視され続け、演じなければならない。そもそも、恋人すらいないベルが一足飛びで夫婦を演じるなど考えたことも無かった。夫婦とは、星の剣でしか知らない空想の産物だ。よく言われる甘酸っぱい思いなど、今まで微塵もない。むしろ、「夫婦」を演じなければならない事に、苦虫を噛み締めるような辛さばかりが肩にずしりとのしかかる。

 二つ目は、船長の言葉だ。日常生活で売り言葉に買い言葉として、「死ね」と言う単語が使い、使われる。さして気にも留めないが、彼の容姿と「船長」という肩書きが言葉に重みを持たせる。近いうちに「死ぬ」かもしれない。突きつけられた言葉に心がジュクジュクと傷み始めた。


 空高く飛ぶ鳥が声高に泣いた。体育座りで目をつぶっていたベルは顔をゆっくりと上げる。赤く染まり始めた空に、しみのような黒いトリの影。影の形から、そのトリが、朝を知らせる「なんとか」というトリであると思った。


「朝……か」


 確かめるように、呟いた。任務の起算日は初日と数えないので、今日から任務が開始となる。ベルは瞼をこすりながら見上げる。時間は残酷だ。1週間の間続く暗澹たる日々がやってくる。もう彼女は逃げ出すことは出来ないのだ。


 船は、昼前に、目的地の船着場についた。そこは、トリトンへの最寄りの船着場で、トルダート渓谷最大の船着場である。船着き場は方々から来た船で列を成している。ややしばらくして、二人は空いた係留場に下ろさた。二人のあとに続くように、航海士が船を下りる。待合室のロビーに出ると、「王都行きー。王都行きの船が到着しましたー」と声を上げる。彼の声に、身なりをきれいにした婦人集団が手をあげ、航海士の下へかけよった。あの船は、観光船に変わった


 ロビーを抜け、船着場の外へ出た。スナイル国の奇勝地の一つ。ということで、道の両端には、みやげ物やが軒を連ねている。店の前では老若男女が立ち、一人でも多くの客を自分の店に引き込もうと躍起になっている。

 みやげ物やは、トルダート渓谷で造られた小刀や、オブジェ。亡くなったイヴハップ王のミニチュア石造が売られていた。不思議なことに、トリトン村が近くにあるのに、有名な「米」はどこにも売られていない。

 ベルは、それらを雑踏の隙間から見つめ、流しながらオリヴァの背中を追いかける。小柄な彼女の体格は、人ごみに弱く、人々の方から下げるズタ袋に、頭や肩、どかしこにぶつかる。ゴツン。ゴツンとぶつかる音に「痛い」と声を上げず、人ごみをかきわけるようにして足を進める、自分の心に「コレは任務である」と言い聞かせながらだ。


 人ごみをぬけだせたのは、ウェルラン山とトルダート渓谷が良く見える展望台を通り過ぎたときだ。長い距離ではない。雑踏を抜け出せた安堵感が生まれ、身体にどっとした疲れが出た。トリトン村は、この下り坂を通り抜けた先にある。ほぼ一本道と言ってよく、途中の曲がり角では、村の場所を示すように、トリトン村の村章が記されていた。そのお陰で、二人は道に迷うことなく、トリトン村の目印となる「コトウさんの寝た場所」という広場に着いた。

 広場には、人が座れそうな石が安置されている。


「少し休むか?」


 オリヴァの問いに、ベルは黙って首を縦に振る。二人は、医師の上に腰を落とす。自然ともらす溜息は、二人の疲れを少しだけ癒した。


「気疲れするな」

 

 オリヴァは、ズタ袋から竹で出来た水筒を取り出し、あおるようにして水を飲んだ。飲み口を手で拭い、ベルに差し出すと、彼女は首を横に振り、ズタ袋を胸に抱きかかえ、頭を伏せた。


「おい、お前、大丈夫か?」

 

 オリヴァはベルの肩に触れようとした時、指先に、上からポタリと落ちてくるものがあった。

 太陽は一番高いところにあるが、分厚い雲にかかり光は地面に届かない。空、見上げると、鈍色の雲。気は湿気ており、触れたものの正体が分かった。


「雨か」


 忌々しそうな表情を浮かべ、ズタ袋の中からフードを取り出した。


「乾期だから、雨は降らないと思ってたんだがな」


 乾期は滅多と雨が降らない。時折降る雨も天気の気まぐれ程度。どこかに身を隠せばしのげる雨だ。しかし、本格的名雨だ。フードを被っていても、雨よけには期待できない。天からは大粒の雨垂れが一つ 二つ ポタリ ポタリと音を立てて落ち始めた。


「行くぞ。グズグズすると、風邪をひいてしまう。」


 フードを目深に被り、立ち上がる。だが、彼女は立ち上がる気配を見せない。


「おいっ」


 オリヴァは、荒い口調でベルの肩に触れる。強い力で押したつもりは無い。触れただけなのに、彼女の身体はグラリと横に倒れた。一瞬、目の前で何が起きたのか、彼の頭では理解できない。明るい、ひまわりのような女性が、顔を赤くして倒れている。

 彼は、ズタ袋を放り投げ、すぐに、ベルの身体を抱きかかえた。


「おいっ。おい。しっかりしろ」


 触れるだけでも、彼女の身体は焼けるように熱かった。彼女の額に自分の額を重ね合わせ、確かめるように、体温を確認する。


「お前……」


 うわごとのように動く唇に、オリヴァの心が搾り出すように切なくなった。彼女の気が熱と共にどこか遠くへ据われて行きそうに思えたからだ。


「しっかりしろ。おいっ」


 何度も何度も頬を叩く。その度、彼女は悪夢にうなされるように「うぅん」と熱っぽい声を返すだけ。

 呼びたい名前が彼の喉仏まで競りあがる。名前は、彼女と気を繋ぐ「紐」のようなものだ。呼びたい衝動を奥歯でギリッと噛み締め、喉輪を締める。肩に指が食い込むような力で、彼は、彼女の名前を呼んだ。


「トラン、しっかりしろ。トラン」


 それは、ベルに与えられた名前偽名。オリヴァが彼女の名前ぎめいを呼ぶと、背後で激しい音がした。近くの山にカミナリが落ちたのだ。ゆったりとした大粒の雨は細かく鋭い雨に変わり、二人を打ちつける。

 雨粒が彼女の目尻に墜ちた。緩やかな弧を描き、頬を伝い顎へ流れ落ちる様は、熱にうなされ泣いているように見えた。


「誰かっ。誰かいませんか」


 オリヴァの声は雨音に消される。ベルの細い身体を抱きしめ、「あぁ」と情けない声を上げた。彼女の首筋に顔を埋め、がっくりと自分の無力さを責めたてる。普段の彼女とは対照的に弱りきった状態。何故、自分は気づけなかったのかと、腹が立って腹が立って仕方なかった。

 そして、オリヴァは今一度、顔を上げる。その顔には、憤怒と覚悟の色が強くにじみ出ている。

 彼は、ベルを抱きかかえ、彼女と自分のズタ袋を肩に背負う。雨が彼の体温と体力を奪っていく。体力の少ない彼が、女性の身体を抱えたまま歩くのは普段ならば、考えられない。それでも、彼はやりとげなければならない。決意を持った。



 すべては、王都で待つ主人の為に。









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