3.11 大精霊の謎
「しかし、まだ起きないの?」
パサンが、気絶真っ最中のラクトを見てため息を漏らす。ヴァネッサとの戦いに敗れたためか、先ほどまでの薄ら笑いはない。ただ、依然として自信をもってはいたが。
「自分でやっておいて、何をいう」
「いや! それは、特別虚弱だったんじゃない? 彼……、ラクトとやらが」
「まったく、他人の気持ちを少しでも考えてみてほしいものだな!」
パサンはいまだに悪びれる様子がない。その非人道的心情と、相方のことを思うがあまり、彼女は思わず怒鳴ってしまう。
「なに!? こっちだって、命を扱う仕事を長年やってきてるんだ。“人を殺すなら、殺される気持ちで行け”ってね」
そう。この回答が返ってくるまでは、彼女はそう考えていた。こいつは人の命をモノとしか思っていないのか、と。その認識はしかし、今では
考えていることが見透かされているというわけではないが、それでも一種の違和感が、話を続けるのを遮ってしまう。ヴァネッサは何とか会話の主導権を握ろうと努めるが……。
「お前が暗殺者として名を馳せているようだから、私はてっきりお前のことを男だとばかり思っていた。驚いたな」
「ふうん。まあこっちも、産まれてくるまでは女だとは知らなかったけど」
と、絶妙な答えが返ってくる。さすがにこれでは埒が明かない。ヴァネッサは円滑な会話を捨て、本題に入る。
「で、私たちはエラノーを追って、レガリアからはるばるここまで来たのだが――ここは寒いだけなのか? ここで何か情報を得られると聞いたのだが」
「誰に? もしかしてバルークから?」
彼女の躊躇いの無い予測から、バルークの名が相当しれていることと、彼らの連携がなかなかにしっかりしていることが垣間見える。会話の主導権を握ることが出来ないならば、そのなかで様々な分析を行い、全てを学びつくすに尽きる。
「そうだ。彼と下にある集落の情報提供から、お前の盗賊団が“ウーラ・ガルト”とやらに出兵していることまでは知っている」
「おっと、出兵なんて、そんな大仰なことはしていない。あたしたちはただ、遺跡の状態を確認しに行っただけさ」
両手の指をひらひら動かす、軽快な否定が演じられる。バルークといい、パサンといい、賊団の頭は一筋縄ではいかない者が多い。
「そうか。聞き出したいことは山積みだが、まずはその“遺跡”について教えてくれるか?」
ヴァネッサの依頼に、パサンはすぐに口を開こうとしない。ここでは何もしないという行為が、体に無機質な冷寒を刻み付ける。それでも彼女の頭は相手から自発的に口を開いてくるのが理想と信じてやまないから、その時を待ち続ける。
そして、ようやく口が開かれた。
「ウーラ・ガルトは……」
弱弱しく、また寒さを克服できずに声帯が意図せず震えているような、そんな声。
「ラ、ラクト! 無理はするな!」
「いいんだ……、これは僕が説明、するから」
自分の知識を露見できる時空に意識を取り戻したからには、彼が解説を施すことはもはや宿命なのだ。これから天に逝くわけでもないのに、ここには重苦しささえ漂い始める。
「その昔……、人間界と魔界が互いの存在を知り合って間もないころ、建築の民、ドワーフ族がこっちの土地に興味を示した。幾たびの渡航の末、人間界に住み着いたドワーフは百人を超え、自分たちが魔界を抜け出したことを示す象徴を作ることとなった」
まだ気を取り直してから時間がたっていないため、彼の口調はゆったりとしたものとなっていたが、予備知識のない者にはこれくらいが丁度よかった。
「それが、ウーラ・ガルトってことなのか」
返事はないが、ラクトは床に横たわりながらも解説を続けた。
「それで、当時の最高建築が人間界に完成したんだ」
それでも、ヴァネッサの疑問がすべて氷解することはない。その建造物が、どういった点で今回の魔消事件と関係があるのか? イルヤークルを殺害してしまうほどの実力を持つエラノーが、それほどおんぼろな遺跡を居城としているということがあり得るのだろうか?
「で、そこには……」
今まで行動を起こさなかったパサンが、不意にラクトの口を塞ぐ。
「息も絶え絶えの状態で、話すのはよくないでしょ?」
腰から下げた小さな袋から、彼女は
「ふつうは、もっと柔らかいものが理想的と思われるが」
配慮ができないのは一体誰か、パサンの顔にはそんな問いが写っているようで、ヴァネッサは小さな批判しか生めなかった。
「まあ、口移しでもよかったけども」
「ふん! くだらん」
それすら砕いてくるのだから、やはり扱いづらい。
「で、ここからは一旦あたしが解説する。簡単に言うと、ウーラ・ガルトには、
またもや知らない言葉が出てくる。だがヴァネッサは、知らない単語をこれまた知らない単語で説明される不信感にはラクトとの旅で嫌というほど向き合ってきた。今回の説明など、まだまだ序の口に過ぎない。
それに、やっとエラノーと“事件”に関連していそうな重要語句を聞くことが出来たのだ。運が向いてきたと思えば悪くない。
「さて、エラノーと関わりのある概念や事象は、どれになる?」
「突き止めていくと、メリセンフかな。こいつは、人間を操ってしまうから……」
「その通り」
ラクトが養分補給を終え、解説者の座に舞い戻る。
「ゼルアはほかの大精霊とは違い、非常に能動的なんだ」
「“ゼルア”とは、先のメリセンフに相当するのか?」
「そうなるね。もとから説明すれば、魔法には四つのエレマノール〈属性〉がある。それぞれに大精霊が割り当てられていて、火精ルピン、地精セロムなどがいるんだ。でもゼルアは、特殊なんだ。心身を乗っ取ることができるんだからね。だから僕は、四つの属性どれにも当てはまらない、第五の大精霊と僕は考える」
「……! つまり、エラノーはゼルアに操られていると?」
ヴァネッサの推測の才が炸裂する。点と点が線でつながるとは、まさにこのことを指すのだ。二人はいつからこの答えにたどり着いていたのか、などは気にせず、自分の能力を素直に誉めていたい。
そしてまた、彼女の思考はそこから再出発していく。
「でも一つだけ不明瞭な点があって……。パサン、君はエラノーとゼルアの関係について、どう思っているんだい」
「そうだね、概ねは同感だよ。その“不明瞭な点”っていうのはつまり……」
「エラノーが、正気を保てているということだよ」
この答えに、パサンは首を使って共感の意を示し、ラクトは対する反応を見てにこりと笑みを浮かべた。
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