反省はしない。後悔はしてる

 日も高く昇り切った山の中で。

 6人の男女が疲れ切った様子で屯していた。


「全く、何をやっているのだ、お前ら」

 呆れた声を上げるジンゴに、アヤのこめかみが、びきりと音を立てた。

「「どうどうどう」」

 その両脇をすかさずヨルとヒカリが抑える。


(この花畑女のせいであらゆる作戦が台無しになってんのよ聖騎士と魔法使いが連携なんか出来るわけないでしょ常識で考えなさいよそもそも何一つ働いてないあんたが何一番偉そうにしてんのよ珍しく金回りの好い仕事だったから引き受けたのに割に合わないにも程があるわ!!!!)

 

 万感の思いを渾身の力で飲み下し、「水汲み行くから着いて来て!!」とヨルの首根っこを掴んだまま、アヤが沢へと降りていく。

「あ、……」

 その背に伸ばしかけたハズキの手が、空を掻く。

 流石に自分が足を引っ張った自覚があるのか、気落ちした様子である。

 それをおろおろと、ツグミが見遣る。

 ハズキは俯き、きつく歯噛みした。


(ああ。やってしまいました……)

 本当は、白澤羊の隠匿魔法だけを無効化し、アヤとヨルの二人で挟撃する作戦だったのだ。

 そのために結界の効果範囲を地表に絞り、上空を飛ぶアヤにまではその効果が及ばないようにする手筈だった。三人の聖騎士の中で一番聖気のコントロールに優れる自分がその役を買って出たというのに……。


 しかしこれは、無理のないことでもあった。

 元来聖騎士とは、同じ聖騎士としか作戦を共にすることはない。

 仲間の魔法に気を使って術を使うことなど、いくら実戦経験を豊富に積んだハズキとはいえ、あろうはずがなかった。

 そもそも、魔獣の討伐任務ならば後先考えずに取りあえず聖気を当てさえすればよい。

 しかし、今回必要なのは魔獣の命ではなく魔獣の毛皮である。

 ただ聖気を使って殺すだけでは、その素材が使い物にならなくなってしまう。

 魔獣の体にダメージを与えることなく魔法のみを打ち消す。

 そんな術の使い方をしたことも、ハズキは今回が初めてであったのだ。

「はあ……」

 思わず、ため息が零れてしまう。


「大丈夫です!」

 その背中に、力強い声がかかった。

「ヒカリさん……?」

 突然の大声にびくりと肩を震わせ、ハズキが振り返ると、両の手を握り締めたヒカリがこちらを見上げていた。

「大丈夫です! 今度は上手く行きますよ!」

「けど……」

「初めから上手く行くわけないですよ。次は大丈夫です! ハズキさん、私なんかより、ずっとすごい聖騎士なんですから!」

 その勢い込んだ声に、ハズキが面喰っていると、横からツグミも割って入ってきた。

「そうですよ、お姉様! 失敗から学ぶことにかけてヒカリの右に出る人はいないんですから!」

「ちょ、ツグミ!?」

「お姉様なら大丈夫です。私も全力でサポートしますから! 今度こそアヤさんの目に物見せてあげましょう! 聖王教会第二支部にその人あり! ハズキ・サイオンジの実力を!!」

「お前たち、山で騒ぐな」

「「はうっ」」


 ぶっきらぼうなジンゴの声に、ヒカリとツグミが固まる。

 その、教師に怒られた子供のような顔を見て、ハズキが表情を綻ばせた。

「ふふ。ありがとう、ツグミさん。ヒカリさんも」

「あ、いえ」

「そんな」

 ハズキが表情を引き締め、ジンゴに向き合う。

「ジンゴさん。先ほどは済みませんでした。今度こそ、お役に立って見せます」

「うむ」


 短くそれだけ言って、ジンゴは手に持った山の地図と方位磁石とを見比べ、三人に背を向けた。


「それにしても、擬態する羊なんて、世界は広いですねぇ」

 どこか緊張感の抜けたヒカリの台詞に、ツグミも同調する。

「そうだねぇ。でもそれ言ったらこの山だってさ、相当珍しいよ。あんな葉っぱの木、聖国じゃ生えてないって。変な生き物はちょいちょい見かけるし」

「ええ。本当に。仕事でなければ、一度ゆっくりと観光してみたいですね」

「あ、そういえば私もさっき、変なもの見つけちゃったんですよ」

「何、ヒカリ?」


「うん。えっとね、ゴボウが生えてたの」

「「はぁ?」」

「だから、ゴボウが生えてたんですよ。地面から、このくらいの長さのが二本。逆さに」

「いやいやいや」

「何かの、見間違いでは?」

「ほ、ホントですよぅ!」

「それは恐らく、『死出の碑骨』だろう」

「ええ?」


 ヒカリの言葉に急に口を挟んできたジンゴを、全員が振り返ってみる。

 ジンゴは地図から目を離し、やけに鋭い目つきでヒカリを見据えている。

「ある生物の縄張りの証だ。ヒカリ、その近くで、赤黒い長毛の山羊のような生物を見なかったか」

「?? いえ、見てませんけど」

「ならばいい。もしも見かけたら、決して近づくな。直ぐに教えろ」

「あ、危ない感じですか」

「非常に危険だ。本来、この辺りで見かけることはないはずだが……」

「あ、あのう……」


 その、ヒカリとジンゴのやり取りを聞いて、おずおずとツグミが手を上げた。

「そ、それってひょっとして、ちょっと大きめで、角が二巻きくらいしてるヤツでは……?」

「み、見たんですか、ツグミさん」

「え。やだやだ、ツグミ、どこで見たの?」

「や。あの、さっき待機してる時に……その」

「待て」

 狼狽えだした三人娘を、ジンゴが険しい表情で睨み付ける。


「今、何と言った? 大きめの、角が二巻きしている……?」

「あ。あの。えっと、……はい。ただ、毛皮は赤黒いっていうか、ちょっと濃いめの茶色って感じで。あの、白澤羊に顔は似た感じの―」

「何処で見た!? いつのことだ!?」

 掴みかからんばかりの形相で迫るジンゴに、慌てて記憶を辿ったツグミが情けない声で説明する。

「え? え? だから、さっき待機してる時、で、ええ……っとあの時はこっち向いてたんだから、ここからだと……谷のあっち側、ですかねぇ」

 それを聞くジンゴの目に、妖しげな光が灯る。

 その口許が、獰悪な笑みを形作るのを、ツグミは怯えた目で、ハヅキは呆気に取られて、ヒカリは何故か、きらきらと興奮した目で見つめた。


 ……。

 …………。


 一方、その頃。

 ヨルとアヤは沢での水汲みを終え、だらだらとした足取りで木々の合間の傾斜を昇り歩いていた。


「ヨル君。さっきさ、真面目に追っかけてなかったでしょ」

「あああ。…………そう、見えました?」

「見えました」

「…………すいません」

「こないだの走りを見た後じゃねぇ。それに、取って付けたみたいに魔法なんか使っちゃってさ。あの距離で縄の拘束魔法なんか、当たるわけないじゃない」

「いやあ」

「いやーじゃないわよ。どういうつもり? 血が足りないってんなら、ここで吸ってっていいわよ?」

「いえ。出立前にマーヤさんにもらいましたから、そっちは大丈夫です」


「じゃあ―」

「この仕事。ジンゴのやつが、あんまり乗り気じゃないみたいだったんで」

「はあ?」

「変だと思いませんでした? 獲物を前にして、あいつが後方待機なんか選ぶわけないじゃないですか。それでなくとも、何かにつけて今一つ徹底してないっていうか……」

「そりゃまあ……。でも、あいつが持ってきた仕事でしょ? どういうことなのよ。あの花畑女のせい?」

「うーん。それも、多分あるでしょうけど。ただ、あの人が来る前から、様子は変でしたよ。俺に依頼を持ってきたとき、何て言ったと思います? 『別に断っても構わん』、ですよ? あのジンゴが。

 まあ実際、あの特製の靴だって、設計はジンゴですけど、実際作ってくれたのはハジメさんですしね。こんなとこまで遠征する程の貸しが、あいつにあるわけじゃないのは確かだったんですけど」

「ふうん。じゃあ何で引き受けたのよ」

「気になったんですよ。なんとなく。それに、俺はともかく、ヒカリはすっかり手伝いに行く気満々でしたから」

「過保護」

「……ですかねぇ」


「私にはいい迷惑だわ。はーあ。せめて前払いにしてもらえばよかった」

「すみませんて。でもアヤさん。真面目な話、何があるか分かりませんから、気ぃ抜かないほうがいいかもしれませんよ? あいつが隠し事してるのはいつものことですけど。何かヤな予感するんですよね」

「やめてよ。ヨル君がそういうこと言うと大概ロクなことにならないんだから」

「まあまあ。お詫びと言っちゃアレですけど、メリィ・ウィドウに帰ったら、言うこと何か一個聞いて上げますから」

「全身マッサージと、手料理フルコース」

「はいはい」

「衣装は燕尾服を着て」

「……かしこまりました。お嬢様」


(ま、ヒカリちゃんには悪いけど、このくらいは役得よね)


 行道よりはいくらか顔色をよくしたアヤとヨルが元いた場所へと帰り着く。

 すると、そこで―。


「何をぐずぐずしていた、お前たち。行くぞ、直ぐに出発する。さっさと支度をしろ。まさか一回目でヤツに出会えるとは思わなかった。他の連中に見つかる前になんとしても先んじて捕らえなくてはならん。まずは足跡を辿る。いいか、一瞬たりとも気を抜くなよ。風上はどっちだ―」


 目を爛々と燃やし、喜色満面のジンゴが、二人を迎えたのだった。

 アヤの顔から一瞬で笑みが消える。


「ヨル君」

「……はい」

「誰が乗り気じゃないって?」

「んんん。…………………俺かなぁ」

「わ・た・し」


 ……。

 …………。

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