結びはBBQ ~夏の話・おしまい
「教官、大変です!」
「ど、どどどどどうした」
「ヒカリ・コノエです!」
「ぐふっ。……こ、今度こそ補償請求か。そうだよな。なあ」
「相手は、……帝国の、白の騎士団、キリヤ・キサラギ隊長です」
「帝国だと!? 何をやっているのだ、あいつは」
「一応、メリィ・ウィドウの街の代表から、依頼を受けてのことのようです。その旨の報告は、既に……」
「な、中身は……」
「帝国領内で違法行為を犯した商会、及び傭兵団の摘発、それに関連した魔獣討伐への貢献……。か、感謝状です」
「ぐ。ぐぐぐぐぐ」
「き、教官……」
「胃が。胃が」
「どう、いたしましょう。今からでも、報酬の請求を……」
「馬鹿者。問題はそこではない」
「は?」
「あの方に、何と言って釈明すればいいのだ………」
……。
…………。
メリィ・ウィドウの街の、大通りからかなり外れた街の外壁の目と鼻の先には、一棟のボロ長屋が建っている。雑多な街の中にあって、どこか荒れた様相のその長屋の前が、今はがやがやと賑わしい。
時刻は正午過ぎ。
燦々と日の照りつける地面に、陽炎が揺らめいている。
白い煙が、風のない空気の中を、真っ直ぐに昇っていく。
ぱちぱちと、炭の爆ぜる音。
しゅうしゅうと、肉の焼けていく音。
「ヨルくーん、お肉なくなったー」
「はいはい、今焼けますよ。その野菜食べたら持ってきますからね」
「ええー」
「おいヨル。つまみが切れたぞ」
「あー、そっちの袋に何か入ってないか?」
「おお」
「俺も後で飲むからな」
「あ痛っ」
「あ。……おいヒカリ。出来ないなら出来ないって言えよ」
「で、出来ますよ! ちゃんとメイファンさんに教わったんですから!」
「アホ。血ぃついた手で包丁握んな。アヤさん。すいません、ちょっと火の番代わってください」
「あいあーい」
「取りあえず傷の手当して……何だこれ?」
「うぅ。そ、それはですね」
「何でただ焼くだけの野菜飾り切りにしようとしてんだよ……」
「だ、だってだって、折角覚えたし、その方が見た目も綺麗だし。だって…」
「わかったわかった、後は俺がやっとくから………こんな感じか?」
「何でさらっと出来ちゃうんですか! ヨル君の女子!」
「ああ!?」
「おい新聞屋。何故そう何度も肉をひっくり返す」
「え? だってちゃんと焼けてるか気になるじゃない」
「ド阿呆。ひっくり返す度に肉汁と共に肉のうまみが垂れ流れるのだ。よこせ」
「ちょ、ちょっと酒瓶握りながら火の近く立たないでよ!」
……。
…………。
10日前。
ハタガミの里での死闘のすぐ後で。
「このまま、里を出ましょう」
一通りの傷の手当てを終えたヒカリが、ヨル、アヤ、ジンゴに向けて、そう切り出したのだった。
「いいのか?」
何が、とは言わず、ヨルがそれだけ問うた。
「はい。
「そうか」
「あああ。でも、どうしましょう。夏蜜柑……」
「ふふん。それはご心配なく」
「アヤさん?」
「そんなことじゃなかろうかと、お屋敷から最後の一箱かっぱらっておいたわ」
「えええ」
「一応、チュウヤさんの許可はもらったわよ?」
「まあ、駄目とは言いづらいでしょうね……」
「い、いいんでしょうか?」
「いーのいーの。どうせただ働きだったんだから」
「ていうか、アヤさんはどうするんです?」
「一緒に帰るわよ。取材がどーのって訳にもいかなくなっちゃったし」
「ジンゴはどうする」
「俺も一緒に行こう。流石に疲れた。キリヤには、コソウの街に託を残しておく」
そうして一行は、夜明けと共に、ハタガミの里を発った。
交代で御者を代わりつつ荷車の中で休憩しながら、数日かけて街に帰り着いた一行を出迎えたのは管理者の一人、カグヤの全力のハグだった。
「ごめんねえ、ヨルちゃんもヒカリちゃんも。そんな大変なことになってるって分かってたら絶対に行かせなかったのに。悪かったわねえ。一昨日に早文をもらってから私、気が気じゃなくってもう。アヤもジンゴも、よく二人を助けてくれたわねえ。よかったわぁ。え、夏蜜柑? いいのよぉ、もうそんなこと。ああ、でも折角二人が持って帰ってきてくれたんだから、みんなにも配らなくっちゃねぇ。四人ともすぐウチにいらっしゃい。ご飯たっぷり用意してあるから。いいのいいの遠慮なんかしないで。ケーキも焼いてるから。ああ、アヤとジンゴはお酒だね。いいからいいから。大丈夫だから――」
四人まとめて抱きしめられたままカグヤの自宅に連行され、口からはみ出るほどの料理を振る舞われたあとは、それぞれが自宅で爆睡した。
その5日後。
コソウの街から、荷が届いたのだった。
そこには、騎士団に摘発され解体させられたイガラシ商会を立て直した、イブスキ商会の会長、チュウヤ・イブスキからの文が添えられていた。
それによると、まずハタガミの里の経済的打撃は全て商会の財産によって賄われることとなったこと、次に商会の本拠をハタガミの里に移し、街道の拡張・山の開墾計画が立てられたこと、そして、『曙の貴妃』は罰金刑に処されることとなったが、キリヤ・キサラギ隊長の温情により解散は免れたことが記されていた。
ただし、その文をヨル達が目にしたのは、荷の到着からかなりの時間が経った後であった。
無理もない。
ぶもぉぉぉぉ。
丸々と太った牛が一頭。
たかだか文一枚と、どちらに目が行くかなど、言うまでもないことであった。
俄かに騒然とした里の入り口に人が集まり、ようやく荷に添えられた文に気が付いた住人の一人がそれを開けてみれば、今回の件に対する贖いきれない恩義に少しでも報いるため、またメリィ・ウィドウの街とハタガミの里の今後とも変わらぬ友愛の証に、と、帝都の富豪でも滅多に手に入れることのできない国内最高級のブランド牛・ハクホウを丸ごと一頭、贈答する旨が認められていた。
パニックを起こした街全体がどうにか落ち着きを取り戻すのに半刻程。
そこからこの肉の処遇を決めるのにかかった時間が一刻半。
取りあえずいつもの自分たちの適当な処理で肉の旨みを潰すわけにはいかないと、隣町から業者を呼び寄せ丁寧に解体してもらい、町民各自にそれぞれ肉が振り分けられ、わけても上等な部位は、今回の功労者である四人にまとめて分配されることになった。
それまでの二度の人生含めても高級肉など口にしたことのなかったヨルの思考が停止し、一瞬で平静を失ったアヤとジンゴが掴み合いになったところで、ヒカリの鶴の一声が響き渡ったのだった。
「バーベキュー! しましょう!!」
そして。
「ざっけんな曖昧屋私がどんだけその一枚焼けんの待ってたと思ってんだ!」
「ふん。取られたくなくば名前でも書いておけ」
「あんたの指全部へし折る方が簡単そうねえ!?」
「あ、ほらヨル君。焼いてばっかじゃなくてちゃんと食べてください」
「お、おお」
「わ。人参が反って綺麗に焼けてますよ、ヨルく………え?」
「う。……うぅ」
「や、やだ、ちょっとヨル君。何で泣いて」
「馬鹿。泣いてねえよ馬鹿。ただちょっと、煙が目に……」
「あ。あああ、いいですから。分かりましたから。ほら、こっちも焼けてますよ」
「ぐす。……うめえ」
「おいヨル。ミノはあるか」
「えええ。私シマチョウがいい」
「ふ、二人とも野菜も食べてください!」
遠くから、蝉の声が。
からん、と、水桶の氷が鳴る。
日は高く。
空は青。
雷鳴は、聞こえなかった。
……。
…………。
その夜。
街の外を流れる小川、その岸辺に横たわる端の欠けた大岩の上で、ヨルはぼんやりと欠けた月を眺めていた。
『私、もっと強くなるわ、ヨル君』
数日前、セイカと最後に交わした言葉を思い出す。
『私は、自分の生き方を変えられない。なら、もっと強くならなきゃ。あなたたちみたいに、もっと強く――』
小さな虫の音が、どこからともなく響いてくる。
「買い被りだよ、セイカさん。俺は……」
そう独りごちたヨルの耳に、ぱたぱたと足音が聞こえた。
「ここにいたんですか、ヨル君」
「あん? どうした」
白いローブを波打たせたヒカリが、ヨルを見上げていた。
えっちらおっちらと、大岩をよじ登る。
ちょこん、と、ヨルの隣に腰かけた。
「何かあったか」
「あ。いい風」
「おい……」
気持ちよさげに目を細めたヒカリを、顔を顰めたヨルが見る。
それを気にした様子もなく、栗毛を風に晒して目を閉じたヒカリに、ヨルは溜息を一つ零すと、再びぼんやりと月を見上げた。
緩やかな風が流れる。
「夏蜜柑のスムージーから、随分大変な話になっちゃいましたねぇ」
「ああ。そうだな」
「美味しかったですね。お肉」
「そうだなぁ……」
ぽつりぽつりと、言葉が交わされる。
「知ってますか、ヨル君。ダークフレイムマスターは、正義の心を持ったダークヒーローなんですよ」
「その話はやめろ」
「普段はぶっきらぼうだし冷たいんですけど、困ってる女の子を放っておけない性格で、なんだかんだ言っても最後は優しいんですよ」
「そうかよ」
「だから、ヨル君。ヨル君も、少し私に、優しくしてくれてもいいんですよ?」
「何言って……」
そこでヨルは、ヒカリの俯いた横顔を見た。
何か、堪えるようなその口元を見た。
(ああ。そういえば)
そして、思い出した。
いつも泣き虫のヒカリが、今回は自分のためには泣かなかったことを。
初対面の女の子たちに敵意を向けられ、唯一手を差し伸べてくれた人は腹に一物を抱えていて。
助けにきたつもりの里の住人には歓迎する振りで疎んじられ。
それでも、ヒカリは涙を見せなかった。
仕方のないことだと、気丈に振る舞っていた。
ヨルの手が、自然と伸びていた。
「お疲れさん」
「………はい」
その頭を、優しく叩いた。
「頑張ったな」
「………はぃ」
その声が小さく掠れ、しばらく、二人は押し黙った。
「私、ミツキさんとの約束、守れてるでしょうか」
「守れてるんじゃねえの」
「そうでしょうか」
「お前がいなきゃ、あの双子はジンゴに殺されてた。それに、『貴妃』のユウキさんも、無事じゃ済まなかった」
「………はい」
「約束を守れてねえのは、俺の方さ」
「え?」
「もう頑張らねえって。静かに暮らしたいって、ウルに言ったのにな」
「ふふ」
「何笑ってんだ?」
「ヨル君は、意外とおバカさんですね」
「はあ? 何だよそれ」
「ふふ。内緒です」
「あの、ヨル君。ええっと、その……ありがとうございました」
「あん?」
「あの時、一緒に里に残ってくれて」
「そりゃ俺じゃなくて、ジンゴとアヤさんに言ってくれ」
「二人にはもう言ってます」
「何で俺が最後なんだよ」
「い、いいじゃないですか、順番なんて。それより、どうしてヨル君は、一緒に戦ってくれることにしたんですか?」
「ん? んー」
「??」
ヨルはしばし考え込んで、それから再び空を見上げると、ヒカリに目を合わせずに言葉を紡いだ。
「俺はさ。ずっと、セイカさんが苦手だったんだ」
「ええ?」
「俺はほら、こんな性格だから、人と向き合ってても、どうしたってその人の顔の裏を読もうとしちゃうんだよ。ずっとそうやって生きてきたし、そうしなきゃ生きていけなかった」
「はあ」
「けどあの人は、俺の外向けの顔を全部信じて、真っ直ぐこっちを見てくるんだ。裏も表もあったもんじゃない。正直、辛かった」
「……」
「けどこの間、久しぶりに会って、あの人の顔を見てさ。前よりずっと、あの人の顔をちゃんと見れた」
「え、ええと、それが、私の質問とどういう……」
「……内緒だ」
「えええ」
そうだ。言えるはずもない。
(お前が、いつも真っ直ぐ俺のことを見てくれたから、なんて)
そんなことを、言えるはずもないのだった。
……。
…………。
「あ」
「おお」
「蛍だぁ」
「今年はちょっと少ないかな」
「ヨル君、これを見に来てたんですか?」
「まあな」
「最初から誘ってくださいよー」
「一人で見たい気分だったんだよ」
「そうやってすぐカッコつけるんだもんなー」
「そういうんじゃねえ」
「わ。わ。こっち来ますよ」
「はは」
「あはは」
……。
…………。
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