セイカの戦い
「あの距離から射っておいて『お願い当たって』ってどういうことなの?」
「えへへ。すいません、つい癖で」
「とにかく、これで借りは返しましたよ、コノエさん?」
「はい! ありがとうございました、ユウキさん!」
「ああもう、ホントに調子の狂う……」
埃塗れのヒカリに光るような笑顔を向けられ、櫟の杖を握る金髪巻き毛の少女が、額に手を当てて溜息をついた。
「ユウキ、そっちはもう大丈夫なの?」
自分の傷に応急手当てをしながら、コハルが問うた。
「ええ。こちらはあらかた片付きましたので、私だけ応援に来たんです。ヒ、コノエさんが、こちらに向かったと、里の方からお聞きしましたので……」
「ユウキ、ずっと謝らなくちゃって、言ってたもんね」
ユイカのセリフに、ユウキの顔がさっと赤められる。
「そっ。それは、聖騎士の方に借りを作りっぱなしにするわけには、ってユイカさん! 何で本人の前で言っちゃうんですか!?」
「ふえ?」
「ええー。だってあなたのことだから、本人の前だと上手く言えないんじゃないかって」
「余計なお世話です! それに、借りならもう返しましたから!」
「またまた~」
「またまたじゃありません!」
「あ、あの!」
和やかに笑いあう『曙の貴妃』の三人に、ヒカリが焦ったように声をかける。
その視線の先には、里の外の方で眩く輝く青い光があった。
断続的に聞こえる、稲妻の轟音。
「あっち、まだ戦ってる人がいるみたいです。か、加勢に行かないと……」
それを聞いた三人の少女は揃って顔を見合わせ、困ったような笑みを浮かべた。
「あー」
「いやぁ、どうだろう」
「うぅーん」
「??」
その不自然な反応に、ヒカリが首を傾げる。
「多分、大丈夫だと思いますよ」
と、ユウキが。
「あっちには、ウチの怪物が行きましたから」
……。
…………。
ぼやけた月光の光を、鈍い銀色の輝きが弾き返している。
湿度の高い空気は身に纏わりつくようで、木と、土と、血の匂いが肺腑を満たしていく。
意識が解け、希薄になっていく。
それでいて、感覚は鋭く、鋭く。
筋繊維の一本、流れる血の一滴まで、認識出来るほどに。
心は空。
体は鋼。
ただ目の前の敵を、斬り殺す刃。
「ふううぅっ」
長い息を吐き出したセイカが、右脇に構えた長刀を振るう。
三日月の剣閃が夜闇を切り裂く。
ぐるるるるる。
それを躱した、雷獣の王。
身の丈は3メートルを越し、全身を藍鉄色の鱗で覆い、額には蒼玉の一角。
その頭に、赤黒い傷跡。
爛々と燃える翡翠の瞳は狂気を映し、口からはぼたぼたと涎が滴っている。
立ち向かうは一人。
棚引く銀髪。
胸と肩の鎧は血と煤に塗れ、体中のあちこちに打撲傷と裂傷。
片目は額からの血で潰れ、大量の汗が頬を伝う。
それでも、青碧の眼光は強い輝きを放っている。
ぐるうああああ!!!
「あああああああ!!!」
咆哮が二つ、激突する。
右上から振り下ろされた雷獣の巨腕を、セイカの渾身の横薙ぎが、いなして弾く。
火花が咲く。
一瞬遅れて雷獣の巨体が地を震わす。
セイカは振るった長刀をそのまま、体だけで回転。
みしみしと悲鳴を上げる腕の骨と筋肉を総動員し、長刀を引き戻す。
270°の遠心力を乗せられた刃が雷獣の胴を狙う。
雷獣の後ろ足が跳ね、蹴り飛ばされた地面が弾け飛ぶ。
強引に体勢を入れ替えた雷獣が、今まさに振るわれんとする白刃を正面から捉え。
がきぃぃん!!
頭の一角で受け止めた。
づん、と、その四肢が地にめり込む。
翡翠と青碧の眼光が交錯する。
蒼玉の角が輝くと同時、セイカが後ろに跳んで離脱。
ぴしゃあん!!
落雷。
地面が焼け焦げる。
その白煙が上がるより早く。
「それはもう、見飽きました!!」
セイカが踏み込んでいる。
雷撃の後の硬直を狙い、白刃が煌めく。
「『星辰流・
それは、二連の斬撃。
回転する体に乗せて、上下の二段で振るわれた剣閃が、一撃目で角を弾き、二撃目で胴を払った。
ざん。
確かな手応えと共に、赤黒い血飛沫が舞う。
ぐぐぅ。
すかさず雷獣が後ろに飛び跳ね、距離を取る。
その影に吸い付くように、セイカが真っ直ぐそれを追った。
雷獣の着地と同時、再びセイカの長刀が、振りかざされる。
雷獣が横に回転。
丸太のような尾が薙ぎ払われる。
自らを迎え撃つその豪速の一撃に。
セイカはさらに、前へ踏み出した。
「ふっ」
飛び込むような前進で、振るわれた尾の付け根に近い部分でそれを食らったセイカの体が、雷獣の狙いよりかなり浅いダメージで横に吹き飛び。
楔のように地に打ち込まれた足が、それを自らの間合いの範囲に留める。
痺れる右半身を無視し、セイカが跳んだ。
雷獣の鬣を掴み背に乗り、もう一度跳ねて頭上を取る。
「『
全体重を乗せた三日月の剣閃が、蒼玉の一角とぶつかり会い、雷獣の左目を掻き切った。
ぎゅああああああ!!!!!
それまでの遠吠えとは明らかに異なる絶叫。
渾身の一撃を決めて着地したセイカの体に、それまで無視してきた痛みと疲労が一挙に押し寄せる。
「ぐっ」
思わず崩れそうになった膝を、長刀を杖にして何とか立て直す。
息が苦しい。
右手の感触がない。
頭が割れるように痛み、太腿が燃えるように熱い。
全身を茹で上げるような熱気に朦朧とする中で、セイカの脳裏に、数分前の少女たちの声が蘇る。
『そんな、いくらなんでも無茶ですよ!』
『こないだ、全員がかりで漸く引き分けたのに』
『せめて、後衛を一人連れてって下さい』
自分はあの子達に何と答えたのだったか。
『いいえ。これも作戦よ。確かに、こちらに被害を出さないで倒すためには、大人数で囲んだ波状攻撃が一番有効。だけど、その手数が確保できないのなら、一対一の方が却って戦いやすいのよ。
あの分厚い鱗を抜くためには、どうしても正中線を狙う必要がある。けれど、敵の狙いが多方向に分散してはこちらの攻撃のチャンスも少なくなるわ。ならば、全ての攻撃を一人に向けさせ、それを全て反撃のチャンスとする。これが今の状況で出来る最善の攻略法よ』
そうだ、確かそんなことを言って彼女らを説得した。
我ながら失笑してしまう。
全く、ヨル君の口八丁が伝染ったのかしら。
当然、そんな作戦は出鱈目だ。
一人の方が有利になるなんて、そんなことあるはずがない。
でも、私は選んだ。
一人で戦うことを。
孤独に戦うことを。
悲しみも、怒りも、悔しさも、恥ずかしさも、すべて吐き出し、ぶちまける。
周りを見るな。
何かを守るな。
前を向け。
剣を振るえ。
踏み出せ。
食らいつけ。
こんな戦い方を、皆に見せるわけにはいかない。
けれど、これが私の、本来の戦い方。
本当はもっと、違うやり方があるのだろう。
ヨル君ならば、ジンゴさんならば、もっと上手くやるのだろう。
策を練って、仲間を頼って、上手に討伐してみせるのだろう。
だからこれは、私にしか出来ないこと。
今この場所で私だけが出来る。
たった一つの、冴えないやり方。
地に突き刺していた長刀を引き抜く。
構えは正眼。
切っ先はただ真っ直ぐ。
視線の先に、翡翠の隻眼。
揺らめき立つような輝き。
睨み合い、呼吸を合わせる。
そして。
ぐるぉぉぉぉああああああああ!!!!
「ああああああああああああああ!!!!」
再び、咆哮の激突。
セイカの踏み込みに合わせ、雷獣が真上に跳躍。
空中で姿勢を入れ替え、背中を向ける。
「!?」
それまで見せなかった雷獣の動きにセイカの顔色が変わる。
直後。
丸太のような尾が、垂直に振り下ろされた。
爆音。
大地が罅割れる。
かろうじて躱したセイカの全身を粉塵が打ち付ける。
雷獣はすかさず回転。二撃目の薙ぎ払い。
それが、僅かに上に向いていることを見極める。
腰を落とし、長刀は下段。
「うああっっ!!!」
迫りくる尾を、下からかちあげた。
重い衝撃が両腕を伝い、全身を痺れさせる。
頭のすぐ上を、死の一撃が通り過ぎる。
前進。
一回転した雷獣が正面を向く。
唐竹割。
角に弾かれる。
踏み込む。
もう一撃。
弾かれる。
もう一撃!
がきぃぃん!!
三撃目を弾ききれずに受け止めた雷獣と、無言で睨み合う。
蒼角が輝く。
雷撃の兆し。
セイカはそれを見て、さらに一歩踏み込んだ。
きゅがあああぁぁぁぁん!!!!
半径二メートルまでを焼き払う特大の落雷。
立ち込める白煙。
雷獣の翡翠の視界の中に、セイカの姿はなかった。
「見飽きたと言ったはずですよ」
その声が、自分の腹の下から聞こえてくる。
ぐるぅあ!
焦ったように跳び下がった、その剥き出しの胴体に。
「『
七閃の剣撃が、叩き込まれた。
空中で、その巨体が力を失い。
血の緒を引いて、大地に沈み込んだ。
……。
…………。
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