話を整理しよう

「折角助けてやったのにその態度は何だ、曖昧屋!」

「抜かせ。イの一番に逃げ出そうとしておいて」

「は、はあ!? はああ!? 実際逃げてないですしー。私が逃げようとしたって証拠でもあるんですかー?」

「大体、助かったのも事実だが取り逃がしたのも事実だ。功罪半々で帳消しだ」

「いや、そりゃあ、……しょうがないでしょ、逃げちゃったんだから」

「ジンゴ。あのまま戦ってて、勝てたと思うか?」

「無理だな。俺は後半、自分がいつ逃げるかしか考えていなかった」

「ふざけんな!」

「あ、あの、あの。結果的にみなさん全員無事で済んだわけですし……」


 ユウキがその騒がしい声で目を覚ました時、真っ先に目に飛び込んできたのは、揺れる銀色の髪と、涙ぐんだ青碧の瞳であった。

「……リーダー? 私……」

「ああ、ユウキ。よかった」

「あの……一体何が……うあ」

 起き上がろうとしたユウキの身体が、シーツに沈んだ。全身の力が希釈されたかのような倦怠感がユウキを包んでいる。

「あれ? 私、何で」

 どうやら自分はベッドに寝かされているらしい。

 では、ここは?

「無理に起きなくていいわ。取り敢えず危険は去ったから……」

「あの、みんなは。アズミとハナビと、……そうだ、コハルは!?」

「みんな無事よ。あなたが頑張ってくれたおかげ」

 額に手を当ててくれるセイカの声をぼんやりと聞くユウキの元に、ぱたぱたと駆け寄る足音が聞こえた。


「き、気がついたんですか?」

「………??」

 白いローブを土で汚した少女が膝をついて、臥せったユウキの顔を覗き込んだ。

「コノエ、さん……?」

「コノエさんが、間一髪で助けてくれたのよ。ただ、その時に聖気を至近距離で浴びてしまって、あなたの体内の魔力が乱されてしまったみたいなの」

「あの。済みませんでした!! 私、勝手なことをしたばかりか……」


 靄がかかったような頭で、ユウキは気を失う前のことを思い出す。

 地を震わす足音。

 稲光。

 目の前に迫る蒼玉の一角。

 翡翠の眼光。

 そうだ。

 自分は、仲間を庇って、あの魔獣の前に立って。

 陽光の爆発が。

 つまり。

 つまり、自分はこの聖騎士の少女に命を救われたのだ。

 あれだけ彼女を糾弾した、私を。

「………な、んで」

 なのに何故、少女の方が謝っているのだ?


「ユウキ。今は休みなさい。暫くすれば、魔力も落ち着くでしょう。すみません、コノエさん。今は……」

「あ、はい。済みませんでした。ユウキさん。その、お、お大事に、してください」

 混乱するユウキをよそに、ヒカリはもう一度深く頭を下げると、その場を辞した。

 セイカが困ったような顔で笑顔を作り、ユウキの頭を撫でる。

「なんで……?」

 再び込み上げた眠気に抗えず、ユウキはゆっくりと目を閉じた。


 ……。

 …………。


 セイカたち『曙の貴妃』のメンバーと、メリィ・ウィドウの住人4人は、一先ず夜行を推してハタガミの里に入る選択をした。

 月明かりを頼りに慎重に馬車を歩かせ、夜の草原と森の境目を進んでいくその合間に、互の持っている情報を摺り合わせる。

 と言っても、それは概ねジンゴとセイカによる情報交換と言って差し支えなかった。


「依頼は秘匿するべし……などと、言ってられる状況ではありませんね」

『曙の貴妃』がその依頼を受け取ったのは、平原での遭遇から数えて四日前のことだという。

 帝国領を東へ向かう道行の途中で数日間駐留していたコソウの街(地理的には、ハタガミの里から一番近い街)で、傭兵組合の窓口に緊急依頼として持ち込まれたものを、窓口の係員が教えてくれたのだった。

 依頼の内容は、『ハタガミの里と外界を繋ぐ唯一の街道に魔獣が出現し、里が孤立している。速やかに魔獣を退治してもらいたい』とのこと。

 しかし、セイカたちは丁度団員の装備を修理している最中であり、直ぐには向かえない。功を焦って仕事に失敗するわけにはいかないと、セイカたちそれから丸二日置いて、コソウの街を発った。


 一方、ジンゴが白の騎士団第二分隊隊長キリヤ・キサラギからの依頼を受けたのは、五日前のイマリの街だという。

 地理的には、ハタガミの里から見て、コソウの街から街道一日分程離れた街である。

 依頼の内容は、連絡の途絶えたハタガミの里の調査。

 そしてジンゴが里に入ったのが、二日前の昼頃のこと。

 そこには、すっかり困窮した様子の里民と、深い傷を負った行商隊の姿があった。


 何でも里に入る時には何ともないのだが、里を出ようとすると道の半ばで必ず魔獣の襲撃があるのだという。

 里の民は、元より自給自足の出来る生活をしているが、それも山での採取があってのこと。ましてや旅の行商隊は、留まれば留まるだけ商売の赤字が増えていく。

 里の現状を聞いたジンゴは丸一日を準備に費やし、翌日の昼に調査を開始して山に入った所で、青黒く、雷を従えた獣の襲撃を受けた。

 山の中での戦闘と逃走を繰り返し、ついに平原で正面からぶつかりあった所で、雷鳴と遠吠えを聞き駆けつけた『曙の貴妃』が追いついた、ということである。


「それでは、今頃イマリの街にも救援依頼が届いているかもしれませんね。増援が期待できるかも」

「それはそうなのだがな。どうにも腑に落ちん」

「何がですか?」

「里の連中が里で一番の駿馬に救援依頼を託したというのが、今から十日程前のことだというのだ」

「そんな、……馬鹿な。それでは時系列が合わないでしょう。イマリから里まで、普通に荷車を曳かせて二日ですよ?」


「分からんことは他にもある。何故里に入る人間は襲われないのか……」

「しかし、救援依頼を託された者は、少なくともコソウには辿り着いたのでしょう。襲われる者には何か襲われる原因があるのかもしれません。それが、たまたま里を出るものにこそ備わっている因子なのだとしたら……」

「魔獣はそんな杓子定規な行動をする生き物ではない。何か作為があるのかもしれん」

「ひ、人の手が加わった事件だと?」

「可能性はあるだろうな」


 ……。

 …………。


「何だか、大変なことになってきちゃいましたねえ」

「そうだな。夏蜜柑だけ貰って帰るって訳には……」

「行かないでしょうねえ」

 そのやり取りを少し離れた所で聞きながら、ヨルとヒカリが自分たちの荷馬車を曳いて歩いていた。

「ユウキさん、大丈夫でしょうか」

「ただの聖気中毒だ。吸血鬼じゃあるまいし。寝て起きたら回復するだろ」

「そっけないこと言わないでくださいよ」

「お前が責任を感じてる方がおかしいんだ」

「そんなこと言っても……」

「まあ、……何だ。よくやった………は、おかしいか。ええっと……」

「ヨル君に褒められたってしょうがないです」

「ああそう」


「そういえばヨル君。ヨル君的には、ユウキさんもストライクゾーンなんですか?」

「はあ?」

「だって、言ってたじゃないですか、アズミさんに。『俺は、あなたみたいな人のほうが好みですよ。キラーン』って」

「…………それ、まさか俺の真似か?」

「こんな感じでしたよ。キラーンって」

「してねえ。っていうかあれ・・はそういう意味じゃ……」

「やっぱりねー。おかしいとは思ってたんですよ。あんなに年上のお姉さんにモテるし、アヤさんとだって仲良いのに、全然そんな話ないじゃないですか。挙句セイカさんみたいな綺麗な人を苦手だ、とか言うし。ヨル君はあれだったんですね。年下のちょっと可愛い系の……」

「お前な。いい加減その下衆な話をやめ……どうした? 自分の体見下ろして」

「………ヨル君? あの、あのですね。そりゃヨル君はそういう体型の女の子が好きなのかもしれないですけどね。私はほら、あれですよ。あの、……そう! ミツキさんの生まれ変わりですから! 将来的にはもう、すっらぁっっっとした脚長の美人さんになる予定ですから! ちょっとそういう――」

「俺が一番苦手なのはお前だ、ヒカリ」

「なんでですか!?」


 こうして、一行は無事、ハタガミの里に辿り着いたのだった。


 ……。

 …………。


「帰ってきた」

「帰ってきたね」

「生きてる」

「死んでない」

「おかしいな」

「おかしいね」

「ずるい」

「ずるいね」

「同じじゃない」

「違う」

「同じにしなきゃ」

「同じにならなきゃ」

「みんな、同じに」

「みんな、同じに」

「ひひひ」

「けけけ」


 ……。

 …………。

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