第110話 それじゃあその夢を叶えましょう

「ふふふ」


 その場が静まり返っていたなかで、誰かの笑うような声が聞こえてきた。

 私たちのものではない。

 でも聞いたことのある声だった。


 その声の主はすぐに私たちの目の前に姿を現す。

 それは夢の世界での詠ちゃんだった。


 ただ実際には別の人物が中にいるように感じる。

 ということは……。


「詠ちゃんじゃないですね、女王ですか?」

「あはは、さすがね苺は」


「あなたは雰囲気が違いますので」

「そう。それよりも今日はちゃんとあなたに話があるんだよ」


「私にですか?」


 そういえば前に会ったときは私を手に入れるとか言ってたっけ。


「別にひどいことはしないから安心してね」

「いえ、別にそこは考えてなかったですけど」


 そうするつもりならいつでもできただろうし。

 でもそれならいったい何をされるんだろう。

 私を手に入れるってどういうことなのか。


「はいこれ、あなたにあげるわ」

「はい?」


 いきなり夢魔の女王に丸い玉をもらった。

 なにこれ、水晶かな?


「これはね、夢の世界を維持するための水晶なの。これを壊せば夢の世界は消えてなくなるわ」

「ええ!?」


 なんでこんな大切なものを夢魔の女王が持ってるの!?


「まあ三つあるうちの一つなんだけどね。あとは結乃と結奈がひとつずつ持ってると思うけど」

「そうなんですか?」


 私はさっきから元気のない結乃さんの方を見る。


「私の持っていた水晶はもうありませんよ。過去に壊されてしまいましたから」


 え、ないの?

 もしかして水晶が一個ないから、こんな不安定な世界になってるんじゃ……。

 逆にこの水晶を壊せば、夢の世界自体が維持できなくなって、現実世界が飲み込まれなくて済むんじゃないか?


 でも、だとしたら女王はなんでこれを私にくれたんだ?

 やっぱりそんなうまくはいかないのかな。


「苺は女神になったんでしょう? だったら水晶の力を使えば世界を作ることだってできるよ、きっとね」

「私が世界を作る?」


 そんな力が私に備わってしまってるのか。

 最高神になるというのはそういうことなのか。


 でも結局それは夢を見ているに過ぎないんじゃないかな。

 いつまでも夢にとらわれて生きていくのは終わりにするべきだろう。


 私たちは夢から覚める時がきたんだと思うから。

 だから私の答えは変わらない。


 覚悟を決めて、水晶の破壊をしようと魔力を集め始めた時だった。

 いきなりミュウちゃんが前から私に抱きついてくる。


「わわっ、どうしたんですかミュウちゃん?」


 突然だったので驚いて声をかけると、ミュウちゃんは泣きそうな顔をしていた。


「お姉ちゃん、私は消えたくないよ」

「え?」


「私はみんなと違って、お姉ちゃんたちの世界にはいなかったから、きっと夢の世界がなくなったら一緒に消えちゃう」

「あ……」


 そうか、ミュウちゃんのような竜人も夢魔と同じで夢の世界の住人なんだ。

 もともと現実世界にいなかったミュウちゃんたちは、この世界が無くなったら消えてしまうのか?


 もしどこかで存続していても、私たちの世界とは繋がりが無くなってしまうだろう。

 そうなったら私たちは二度と会うことができなくなってしまう。


 でも女神の力をもらった今の私にはなんとなくわかる。

 今の私ならみんなのこと、ちゃんとできる気がするよ。


「ミュウちゃんは叶えたい夢とかある?」

「えっと、お姉ちゃんの妹になりたいかな」


「それじゃあその夢を叶えましょう、ミュウちゃん」

「私、お姉ちゃんの妹になれるの?」


「きっとなれます。今度は本物の姉妹に」


 私は夢を壊したいわけじゃない。

 夢の世界も、できればずっと残ってほしい。


 でも、いつまでも夢ばかり見ているわけにはいかないから。

 この幸せな夢を現実にするんだ。

 私はミュウちゃんのおでこにキスをしてぎゅっと抱きしめる。


「絶対に幸せになるようにしますから」

「……うん、わかった。お姉ちゃんを信じるよ」


 ミュウちゃんは私から離れてじっとこちらを見ている。

 私はもう一度女王に声をかけた。


「これを壊せば夢の世界がなくなる。ということはあなたたちは消えてしまうんですよね」

「そうなるね」

「そんなことになっていいんですか?」


 自分たちの存在を消してしまうアイテムを相手に渡すなんて、正気でできるとは思えない。

 やっぱり何か裏があるんじゃないだろうか。

 そう思ったけど、女王からは想像していなかった答えが返ってきた。


「私の生まれてきた理由は夢の世界を壊すことで達成されるんだよ」

「あなたたちの目的?」


「そう、まあそれは答えられないんだけどね。事情が途中で変わっちゃったから、叶える方法も変わったんだよ」

「自分たちの目的じゃないんですか?」


 自分の目的が自身を消すことだなんて、それはないと思う。

 事情が変わったと言ってるけど、もしかして誰かのために動いていたのか?

 夢魔の女王が味方するなんてどんな人物なんだろう。


 可能性があるとしたら雪ちゃんとか結奈さんか?

 でもどっちも巻き込まれてる感があるしなぁ。

 私たちの知らない人物ってことかな。


「詠はそれでいいんですか?」


 結乃さんが急に女王にむかって話しかける。

 でも今、詠って……。

 もしかして本当に詠ちゃんなのか?


「私はもういいわ。苺の味方でいてあげたいし、今は芳乃ちゃんのこともある」


 芳乃ちゃんの話が出てくるということは、本当に詠ちゃんみたいだ。

 ずっと私たちは嘘をつかれてたの?


 でも詠ちゃんはずっと味方をしてくれてたよね。

 むしろ結乃さんの方が変なことをしてた感じがするくらいだ。


「あなたは変われたんですね」

「まあ、元々自分がないような存在だからね。でも結乃も結奈も変わったと思うよ。昔からしたら別人みたい」


「そうですか? 自分ではわからないものですね」

「それに事情も変わりすぎたよ。もう何のための夢かわからない、一度目を覚ました方がいいんだよ」


「確かに……そうですね。私にとっての大切な人も変わったってことですかね」

「悪いことじゃないと思うよ。失ってしまった人を想うのは大切なことだけど、今目の前にいる大切な人を幸せにすることの方がきっといい」


「……そうですね」


 なんだか結乃さんと詠ちゃんがよくわからない会話を繰り広げている。

 いったいこの人たちはどこまで世界のことを知ってたんだろう。

 夢魔は現実世界の敵じゃないのか?


「もう誰が何を何のためにしているのかもぐちゃぐちゃだし、ここは苺にまかせておこうよ」

「そうですね、それがよさそうです。結奈さんの娘さんですしね」


 うん?

 よくわからないうちに大変なことを押しつけられた気がするよ?

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