第98話 泥棒はいけないんだよ

 なんとか無事に島までたどり着いた私は、先に着いていたミュウちゃんたちと合流する。

 鷲さんはさっき飛び立っていった。


「お待たせしました」

「苺さん、見てくださいよ、ほら」

「わあ、すごいですね」


 桃ちゃんがかなりのハイテンションではしゃいでいる。

 島は見渡す限りお花だらけ。

 いくつか道があって、それを仕切りのようにしてお花が咲いている状態だ。


 まるで夢の世界に迷い込んだかのような光景だった。

 あ、ここは夢の世界だったか。


「きれいだねぇ……」


 雪ちゃんはうっとりとした様子でお花を眺めていた。


「ここはね、お花だけじゃないんだよ」


 いつの間にか隣に来ていたミュウちゃんが声をかけてくる。


「他にも何かあるの?」

「それは行ってからのお楽しみだよ」


 ミュウちゃんはそう言うと先に道を歩き始める。

 私たちもその後をついていく。

 この辺りは背の低いお花が並んでいるのと、少しだけ丘のようになっているので、私たちの前には地平線が見えていた。


 カラフルなお花と青い空と白い雲。

 とても絵になる景色に自然と気持ちが明るくなっていく。


 鬱状態でここに来ても、なんだか勝てそうな気がする。

 お花に囲まれてお昼寝したら永眠してしまうかもしれない。


 しばらく歩いていくと、右の方にずらっと木が並んでいる区域があった。


「ミュウちゃん、あっちは何があるんですか?」

「えっとね、果物ができてるんだよ」


「へえ」

「行ってみる?」


「行ってみたいですね」

「じゃあ寄り道しちゃお~!」


 私たちは道を逸れて果物を見に行くことにする。

 そこに並ぶ木にはいくつもの種類の果物が実っていた。


 みかんやオレンジといったものから、この世界らしく木に実らないようなものまでずらっと並んでいる。

 他にもブドウやマスカットもあるし、その奥にはもう見慣れてしまったスイカやメロンまでぶら下がっていた。


「これって食べてもいいのかな?」


 桃ちゃんがミュウちゃんに尋ねながら果物を触っていると、プチっと取れてしまう。


「あ」

「桃ちゃん……、泥棒はいけないんだよ」

「わ、わざとじゃないよ」


 桃ちゃんが慌てていると、雪ちゃんから冷ややかな視線をむけられていた。


「まあ、いつかやるんじゃないかと思ってましたけど、まさか本当にやるとは。根はやさしい子なんですけどね……」

「いつかやると思われてたんだ!? ていうか、それ言いたかっただけでしょ」

「えへへ」


 あいかわらず仲いいなぁ、このふたり。

 雪ちゃんも今日はいつもより弾けてるし。


「ここのは自然に実ってるだけだから自由に食べていいんだよ」


 ミュウちゃん情報で桃ちゃんは一安心。


「それに取っちゃダメなものは取れないように警告メッセージが出るから大丈夫だよ」

「そうなの!?」


 そして雪ちゃん情報で桃ちゃんは驚く。

 そんなシステムがあったんだ。

 雪ちゃんなかなか意地悪だなぁ。


 それにそんなこと知ってるってことはやったことあるってことだよね。

 いったい雪ちゃんはどこで何をしてるんだろ。

 芳乃ちゃんもいるだろうから、無茶なことはさせないと思うんだけど。


 それよりもせっかくだし何か食べていこうかな。

 私はお手軽に食べられそうな果物を探してぶらぶらする。


 そこで見たことないような不思議なものを発見した。

 なんだかむき終わったみかんのような見た目で、大きさはオレンジよりも大きく、色は赤い。


「なにこれ?」

「それはマジカルオレンジっていう魔力を回復させる果物が突然変異したものだよ」


 私が不思議そうに見ていると、隣にいたミュウちゃんが答えてくれる。


「突然変異? でもいっぱいなってるよ?」

「うん、突然変異したものの種から育ってるみたいだから」


「そ、そうなんだ……」

「おいしいよ?」


「食べて大丈夫なの!?」

「私たちの間では元のマジカルオレンジより人気だよ」


「へえ……、ちょっと食べてみようかな」


 私は木からひとつちぎってかじりついてみる。


「ぶっ」


 そのかじった直後、果汁があふれて口元からぽたぽたと地面に落ちていく。


「わああ、大丈夫ですか苺さん」


 桃ちゃんが蒼い顔をして私をことを見ていた。

 果汁が赤い色をしているため、まるで血を吐いたように見えたみたいだ。


「あ、けっこうおいしいですよ」

「へえ……」


 ただ果汁がずっとあふれ出してきて食べにくい。

 これは一口でいってしまわないと大変なことになるやつだ。


 確かにドラゴンさんにはおすすめかもしれない。

 でもこれを食べて口から果汁をこぼしてるドラゴンに遭遇したら、間違いなく勘違いするだろうな。


「うわ~、手がべとべとになっちゃいましたね」

「苺さん、拭くものありますか?」

「ああ、大丈夫ですよ」


 桃ちゃんが何か拭くものを探してくれているけど、私は魔法を使ってさっと手をきれいにしてしまう。


「ほら」

「苺さんってそういうのすごいですよね」

「そうですか?」


 私はただやりたいことをイメージして適当に魔法使ってるだけなんだけどね。

 別に何でもできるわけじゃないし、私がやってるのは本当に簡単そうなものばかり。


 もしかして訓練すれば空を飛べたりするのだろうか。

 だとしたら今すぐにでも身につけたいものだ。

 帰りに危険な目に合わなくて済むし。


 そんなことを考えて空を見ながら、ふと目をやった先に大きな鐘のようなものが見えた。


「あれは……?」

「あれはね、幸せのベルだよ」


 私のつぶやきを拾ってミュウちゃんが説明をしてくれる。


「幸せのベル?」

「うん、鳴らすと幸せになれるっていう」


「すごい大雑把な効果だね。なんかこういう効果でこうなるとかは?」

「お姉ちゃん、そんな細かいことを気にしてると幸せが逃げて行くよ?」


「が~ん!」


 私、なにか間違ってたの……?


「とりあえず見に行ってみる?」

「そうだね、そうしよっか」


 気を取り直して、私たちはそのベルのところまでむかうことにした。

 緩やかな坂道を上り、丘の上へと進んでいく。


 ずっと両側に咲いていたお花の区域も終わり、その先はただの芝生となっていた。

 その丘にただそびえたつ大きな門のような柱とそこにぶら下がっている大きなベル。


 これが幸せのベルというものか。

 改めて近くで見上げると、かなりの威圧感がある。

 なんの意味があってこんなところにあるんだろう。


 じっと見ていると、アーチを描いている柱の内側で空間が揺れた気がした。

 他のみんなは特に気にしていることはないようだ。

 気のせいかな。


「このベルってどうやって鳴らすのかな」

「これじゃないかな」


 桃ちゃんと雪ちゃんがベルの鳴らし方を調べ始める。

 そして近くに台座のようなものを見つけた。


 そういえば夢と希望の街で似たようなことがあったなぁ。

 あの時は確か魔力を流して鐘を鳴らしたんだっけ。


 台座を覗き込むと、ここには手を置く場所がふたつあった。

 これはきっと両手でやるのではなく、ふたりでやるものだろう。


「ミュウちゃん、ちょっと鳴らしてみましょうか」

「うん」


 私はミュウちゃんと一緒に台座に手をかざし、魔力を流し込んだ。

 しばらくすると台座が魔力を受け付けなくなり、そしてベルが鳴り始める。

 高くてきれいな音が一定の間隔で鳴り響く。


 聞いてるだけで癒されるような音だと思う。

 ベルの音がやみ、つぎは桃ちゃんと雪ちゃんの番だ。

 同じように魔力を注ぎ、またベルが鳴り始める。


「ところで、これだけのためにこんな大きなベルがあるの?」


 桃ちゃんが誰に言ったわけでもないけど、疑問を口にする。

 確かに音を鳴らすためだけに、こんな何もない場所にここまで大きなベルを用意するだろうか。


 前の時は音を鳴らしたら芳乃ちゃんが現れたわけだけど、ここでも何かを呼び出したりするのかな。

 しかし、しばらく待っても何も起きない。


「本当に何も起きないね~」


 雪ちゃんが首をかしげながらそう口にする。


「ただの鐘ってことなのかもしれませんね」

「お姉ちゃん、そろそろ他の場所にも行ってみようよ」

「そうですね」


 私は服をくいくい引っ張ってくるミュウちゃんに続いて歩き出す。

 後ろから雪ちゃんもすぐについてきたけど、なぜか桃ちゃんが動かなかった。

 桃ちゃんはじっと大きな鐘の門を見続けている。


「桃ちゃ~ん、そろそろ行きましょ~」


 私が呼びかけると、桃ちゃんはゆっくりとこちらを振りむいた。


「は~い」


 桃ちゃんはニコッと笑うと、すぐに私たちのところへ走ってきた。

 そして雪ちゃんやミュウちゃんとおしゃべりを始める。


 ……その時私は、振りむいた瞬間の桃ちゃんの目が気になっていた。

 まるで感情を失ったような冷たい目をしていた。

 あの目、前にもどこかで見たような……。


 どこだろう、思い出せない。

 なんだか嫌な感じがする。

 妙なことにならなければいいんだけど……。

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