8章 新しい夢の世界

第90話 これこそが私の求めた幸せな人生ってやつよ!

 あれから数日が経った。

 その間、特に何かあるわけでもなく平和な毎日を過ごしている。

 何かしたい気持ちはあるものの、いったい何をどうすればいいのかわからない。


 集めたスタンプもこっちの世界に戻ってきたときに消えてしまっていた。

 あれはこの時間に戻るための鍵だったのか。

 それとも結奈さんに会うために必要だったのか。


 結奈さんの言うように、私たちは世界の真実の姿について、ただ知っているだけでいいのかな。

 何にしても手掛かりがない以上、私たちにできることはただニートな日々を楽しむことだけだった。


 ……ニート最高だわ~。

 これこそが私の求めた幸せな人生ってやつよ!


 月額400円でアニメ見放題、600円でアニソン聞き放題とか最高だよね!

 心がとろけてしまいそうだわ~。

 いつまでもこのままでいられないのはわかるけど、でもなかなか頑張る気が湧いてこないな。


 世界の真実を知ってしまったからか?

 いやそれは言い訳に過ぎないな。

 きっと私はずっとこうしてみたかったんだろう。


 だから言い訳をしてそれを実践しているということだ。

 えへへ、もうどうにでもなあれ!

 きゃはは!


 その時インターホンが鳴った。

 誰だ?

 今は別にネットショッピングで注文したものもないし、ここは居留守でいきますか。


 そう思って無視していると、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえる。

 え、何々?

 怖いんですけど……。


 そしてガチャっと鍵が開いて、誰かが家の中に入ってきた。

 なんでえええええ!?


 雫さんくらいしかこの家の鍵持ってる人いないんだけど。

 でも雫さんはこんな入り方してこないし。


 やばいやばいやばい。

 そしてついに私のいる部屋のドアが開け放たれる。


「苺さ~ん、おひさ……」

「ぎゃあああ死ねええええ!!」


 私は持っていたスマホをとっさに侵入者にむかって投げつけた。


「きゃっ、危ないですよ~」


 スマホはなんと侵入者に鮮やかにキャッチされてしまった。

 どんな反射神経してるんだ。


 私は最悪の事態を覚悟する。

 しかしその侵入者は私のよく知る人物だった。


「結乃さん?」

「おひさしぶりです苺さん。はいスマホ」

「ありがとうございます……」


 私は投げつけたスマホを受け取りながら、目をぱちくりさせていた。


「結乃さん、なぜここに?」

「苺さんのいない日々に耐え切れなくて……、会いに来ちゃいました」


「え、本当ですか?」

「嘘です」

「嘘かい」


 期待させておいて、なんだよもう。


「まあ、会いたかったのは本当なんですけどね」

「ありがとうございます」


 やっぱりかわいいなぁ、結乃さんは。

 親子みたいなものと言っていたけど、雫さんと似ているところあるよね。

 空気がほんわかしていて癒される。


「ところで苺さんは結奈さんから何か聞きましたか? 世界のこととか」

「え?」


 いきなり真剣な顔をして聞いてくるからドキッとした。

 なんだろう、知っちゃいけないことだったのかな。

 でもその話が出てくる時点で、聞くまでもなくわかってるんだろう。


「この世界の外側を見せてもらいました」

「そうですか……」


 結乃さんはうつむき、目から光が消える。

 そして両手が私をめがけて伸びてきた。


 え、消される!?


 と、一瞬思ったがそんなことはなく、結乃さんは私をそっと抱きしめてくれた。


「ごめんなさい、私たちが守れなかったから、世界がこんな風になっちゃいました」

「そんな、結乃さんのせいじゃないですよ」


 結乃さん、そんな風に思ってたのか。


「悪いのは世界を壊してしまったあいつらでしょ?」

「違うの」


「え?」

「違うの……」


 何が違うんだろう。

 前に少し昔のことを話してくれたことがあったけど、その時に何かあったんだろうな。


 けどなんか、これ以上聞けない雰囲気だ。

 いまはまだそっとしておいた方がいい気がする。

 しばらくの間抱きしめられたままでいると、横から誰かの声が聞こえた。


「苺ちゃん……?」

「へ?」


 声のした方へ振りむくと、いつの間に入ってきたのか雫さんが立っていた。

 入ってきたことに全く気付かなかったぞ。


「浮気してる!」

「違いますよ!」


 浮気ってなんだ。

 私たちの関係はいつの間にそんなものになったのか。

 そして私に抱きついていた結乃さんが、ひょいっと顔を雫さんの方へむける。


「あ、雫ちゃん」

「ってお母さん? どうしてここに?」

「お母さん!?」


 雫さんって結乃さんとちゃんと面識あったんだ。

 お母さんと呼んでるってことは、一応親子のような関係として過ごしてきてたのか?


 結奈さんが、雫さんと結乃さんの関係は私と結奈さんの関係とほぼ同じって言ってたな。

 でも親子ではないとも言ってたから、本当の親子ではないんだろうけど。


 雫さんがお母さんと呼んでるなら桃ちゃんにとっても同じはずだよね。

 夢の世界での桃ちゃんはそんな反応ではなかったけど。


 こっちとむこうではその辺を変えていたのか。

 だからあのふたりは記憶を持っていなかったのかも。


 よく考えてみたら結乃さんが、記憶を持っている人とは夢がつながってるみたいなことを言ったから、記憶持ちが特別だと思ったんだ。


 でも実際には雫さんと桃ちゃん、それから雪ちゃんが記憶を持っていなかっただけとも言える状態だった。

 本当は三人だけが特別だったんじゃないか。


 まあだからどうってこともないし、おかげでいいこともあったから構わないけど。


「苺ちゃんがお母さんと浮気してたなんて……」

「それだけ聞いたらひどい言葉ですね……」


 というか浮気なんてしてないし。


「苺さんは雫ちゃんのものなのですか?」

「うっ、それは違うけど……」


「じゃあ別に私が苺さんと抱き合っていても雫ちゃんには関係ないよね」

「か、関係なくないもん」


「苺ちゃんとお付き合いしてるってこと? キスくらいはしたのかな?」

「付き合ってはいないけど、ほっぺたにキスくらいはしたもん!」


「ほっぺた……、クス」

「鼻で笑われた!?」


 そばで聞いてると面白いな、このふたりの会話。

 親子というか姉妹のような。

 関係は良好なのかな。


「雫ちゃんはヘタレですね」

「うう~」


 雫さんが涙目になった、かわいい。


「まあまあ結乃さん、そのくらいにしてあげてください」

「苺ちゃんはどっちの仲間なの!?」

「なんで怒られてるの私!?」


 一応雫さんを助けようとしたつもりだったんだけどなぁ。

 そう思っていると、いきなり雫さんが私を背中から抱き寄せてホールドする。


「ガルルル」


 雫さんが結乃さんに、まるで小型犬のような威嚇をする。

 胸のサイズは雫さんの方が若干大きいが。

 背中の大きなふくらみは無視できるものではない。


 なぜこのような状況に置かれているのかわからないが、この楽園をしばらく堪能させていただこう。


 しかしなんなんだろうこの状況は。

 まるでふたりが私を取り合っているように見えるのは自意識過剰というものだろうか。


 まあ私にそんな価値はないか。

 こんな社会の底辺でチビでぺったんこなクズニートを、こんな女神様のようなふたりが取り合うはずがない。


 ……自分で言っててつらい現実だな。

 そういえば結乃さんは女神様だったんだ。


 ということはその娘みたいなものである雫さんも女神?

 さすが雫さん、神々しいお姿だと思ってましたが、まさか本物の神の一族だったとは。


 ぜひその胸で私を養ってほしいですね。

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