第77話 すべての人に夢をお届けします

 翌日のお昼休み。

 いつものメンバーでお弁当を食べていると、雫さんがスマホで何か調べ物をしていた。

 いったい何を見てるんだろう。


 しばらく私が雫さんを眺め続けていると、その視線に気づいたのか、私を見てニコッと笑ってくれた。

 くはっ、かわいい……。


「見て見て、この会社」

「か、会社?」


 なんだ? 進学せずに就職するのかな。

 でも雫さんって大学行ってなかったっけ?

 私が大学に行かずに就職することにしたら、雫さんは大学を中退してまで一緒に来てくれたんだよね。


 本当に悪いことしちゃったなぁ。

 まさか大学を辞めるなんて思わなかったもんね。


 雫さんがスマホの画面をこちらにむけながら身を乗り出してくる。

 そこに表示されていたのは『クイーンオブナイトメア』という会社の求人情報だった。

 なんで求人情報なんて見てるんだ?


 しかし、クイーンオブナイトメアって……。

 悪夢の女王?

 怪しすぎないか?


 何々、事業内容は『すべての人に夢をお届けします』って、それ事業内容じゃないだろう!

 しかもこれ私たちが働いてた会社だ!

 こんな偶然があるだろうか。


 前の私はなんでこんな怪しい会社に入ったんだ?

 どう考えてもおかしいでしょ。

 でもこんなの記憶にないぞ。


 そういえば入社したあたりのこととかほとんど覚えてないな……。

 あれ、これなんかまずくないか?

 絶対なにかされているだろうこれは。


「すべての人に夢を……、素敵だね」

「ちょっと騙されちゃダメですよ、雫さん! 絶対ブラック企業ですよ!」


「え~、なんでそんなことわかるの?」

「この求人から完全にブラック臭がします」


 雫さんはちょっと納得してないような表情をしていたが、特に思い入れがあるわけではないからかあっさり引き下がった。

 あれ、未来変わっちゃったよね。


 これで私もここに入らなければ、あの人生はとりあえず回避されるわけで。

 こんなに簡単でいいのか?

 まあ油断はできないけど、ひとまずめでたしか。


 あそこを回避したからって別のブラックに引っかかったら意味ないしね。

 そういえばこのブラック企業はシステム開発をしていたはず。

 でも何を作ってたか思い出せない。


 おかしい、自分が何をしていたのかもほとんど覚えていない。

 いくら精神的に追い詰められていたからってこんなおかしいことはないだろう。


 この会社怪しいな、もしかして夢魔の集まる場所ってここなんじゃ……。

 そうだとしたら私たちの記憶がポンポン飛んでるのもおかしいことではないかもしれない。


 どうにかしてここを調べることはできないだろうか。

 学生がいきなり行って相手してもらえるわけないし、隠しているであろうことがわかるわけがない。


 いっそ入社してしまうか?

 いやいや、危険すぎる、それで同じ未来をたどる可能性がある。

 私が入社して雫さんが追いかけてくる、前回とまったく同じパターンになってしまう。


 それに私が入社するとしたら来年だ、そんなに待ってるつもりはないぞ。

 夜に忍び込むか?


 いや、確かセキュリティ会社と契約してたな、忍び込むのは無理か。

 100%確信が持てたら強硬策もとれるんだけど。


「苺さん、その会社に興味あるの?」


 となりで話を聞いていた雪ちゃんがこちらに顔を近づけながら聞いてくる。

 近い、かわいい。


 私は雪ちゃんに興味があるよ。

 なんて今はそんな場合じゃないな。


「え? いや、ちょっと怪しいなって思って」

「そこ私の家が関係してる会社だよ」

「嘘!?」


 じゃあ、雪ちゃん経由で情報を集められるかも。

 あ、でもそれだったら怪しい会社っていうのは私の勘違いか?


 いや待て、この会社に私たちがボロボロにされたのは間違いのない事実だぞ。

 私も雫さんも、そして芳乃ちゃんや杏蜜ちゃんまで、雪ちゃんの家の会社に潰されたってことか?

 まあ雪ちゃんがどこまであの惨状を知っていたのかわからないけど。


 ……そういえば芳乃ちゃんって雪ちゃんの指示で私たちを監視してたんだよね。

 ってことはあの中での出来事はある程度知っているはず。

 なのに芳乃ちゃんすらも助けずに放置したっていうのだろうか。


 いやいや、変な考えはやめよう、雪ちゃんが助けてくれないわけがない。

 あの世界とここはすでにいろいろ変わってることがあるし、現実では何もできなかったのかもしれないし。


「雪ちゃんの力でそこに入れたりとかするかな?」

「えっと、聞いてみないとわからないかな、聞いておこうか?」

「ううん、その必要があったらまたお願いするね」


 今、変に行動して目を付けられるのは困るからね。

 もう少し調べて準備ができてからにしよう。

 でもたまたまとはいえ、変なところで情報が手に入ったな。

 



 放課後、今日もひとりで下校していると、また例の神社が出現していた。


「これはまさか……」


 もしかしたらまた何かあるのかもしれない。

 私は急いで石階段をのぼり境内へむかうと、そこには初めて見る人影が。

 でも私にはそれが誰なのかわかってしまった。


「もしかして詠ちゃん?」

「ふふふ、また会えたわね」


 ちょっと姿は変わってるけど、それは夢の世界で急なお別れになってしまった詠ちゃんだ。

 今は本人の姿をしているはずだけど、結構ブラック雪ちゃんに似ていないこともない。

 雰囲気は当然として、顔も少し似てるし、胸も結局……。


「あんまり変わってないですね」

「おい、どこを見ている」


 詠ちゃんの鋭い視線が突き刺さる。

 ふっ、なかなかに心地よい。


 でもよかった、ちゃんと再会できて。

 あのまま消えてしまったんじゃないかって思ったから。


「あれ? そういえば詠ちゃんも記憶持ったままこの世界に来たんですね」

「まあね、私ほどになると女神の力とか魔法の力なんてのはどうにかできてしまうのよ」

「へえ、やっぱり本調子だとめちゃくちゃ強いんですね」


 私が褒め称えると、詠ちゃんは少し得意げに胸を張った。

 そこには揺れるようなものはなく、身長も私と同じくらい小さいのでかわいいものだ。


 でもきっと外見と違ってすごく強いんだろうな。

 詠ちゃんなら雪ちゃんを助けることもできるんじゃないだろうか。


「そういえば詠ちゃん、まだ雪ちゃんと会ってないんですね」

「あの時、雪の可愛さに目がくらんで助けてしまったばかりに、すべての夢魔を敵に回してしまったのよ」


 そんな理由で命を懸けて助けたのか。

 もはや私レベルのアホじゃないか。


「だから今回は反省して直接は会わないという手段をとってみたの」

「じゃあ今の詠ちゃんは私の敵なの?」

「さあ、それはあなたが決めることじゃないかしら、人にもいい人悪い人いろいろいるでしょ、夢魔も同じよ」


 夢魔も同じなのか……、でもそもそも人類の敵だったらいい悪い関係なく敵なんだけど。

 あ、そういえば詠ちゃんも夢魔なら女王の居場所くらい知ってたりしないかな。

 そう思って聞き出そうとした時、詠ちゃんが驚きの事実を話し始めた。


「私は夢魔の女王のひとりだけど、人が幸せに生きるためにできることをしてきたつもりよ」

「ええ!? 詠ちゃん、夢魔の女王だったの!?」


 しかも女王のひとりって……。

 もしかしなくても、何人もいるってことだよね?


 じゃあ、雪ちゃんが倒さなきゃいけないのは誰なんだ。

 まさか全女王だったりとか?

 だとしたら詠ちゃんとも戦わなきゃいけないということに……。


「ちなみに詠ちゃんは他の女王がどこにいるのか知ってますか?」

「知ってる子もいるし、知らない子も調べれば大体はわかるわね」


 おおっ、なんと心強いことか。


「じゃあ、クイーンオブナイトメアって会社に夢魔がいたりとかは?」


 ちょっと知るのが怖いけど、思い切って聞いてみよう。


「ああ、それ私が拠点にしてる会社ね」

「うぉえ!?」


 びっくりして変な声出ちゃったよ。

 ええ? 詠ちゃんの拠点で、雪ちゃんの家が関係してる会社なの?

 どういうことだ?


 頭がぐるぐるする。

 なんだかまわりがだんだん信じられなくなってきた。

 私はいったいどうすればいいんだ。


 なんで私はあの会社でボロボロになるまで働かされてたんだ。

 なんで誰も助けてくれなかったんだろう。

 もうよくわからないよ……。

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