第61話 癒しだよ、癒し!
ヨシノちゃんとの通話を終えて、しばらく経ってからユーノさんたちが目を覚まし始める。
こう考えるとアミちゃんも結構早起きだね。
いや、私といた時はそこまででもなかったか。
ということは、ヨシノちゃんが短期間で調教したのかも。
恐ろしいことだけど、ありえちゃったりしそうで怖い。
そういえばあのふたり、一緒に寝てるってことか。
やだ、ちょっと嫉妬しちゃう。
全員が目覚めたところで、私が準備しておいた朝食をとる。
冷蔵庫に入っていた果物をいくつか切り分けたものと、100%のオレンジジュース。
朝からなかなか豪華ではないだろうか。
それを食べながらこの後のことについて話す。
みんなはどうするんだろう。
私は始まりの街に戻ることになるけど。
ただどうやって帰ればいいのかわからないね。
後で誰かに聞いてみよう。
「そういえばユキちゃん、こんなに長い間お店を留守にしてよかったの?」
「いいんです、お店よりも大事なことだってあるから……」
それは果たして大丈夫になるのか?
「でもさすがにそろそろ戻らないと」
「そうですよね、まあ私が始まりの街まで戻ればまた会えますよね」
「はい! すぐに会いに行きます」
ユキちゃんが会いに来ちゃったらあまり意味がない気が……。
私が先に会いに行くからね。
「ミュウちゃんも一緒に来れますか?」
「お姉ちゃんと一緒に行きたいけど、私もさすがにそろそろ戻らないと」
「そうですか……、残念ですけど仕方ないですね」
ミュウちゃんも女神様だから、いつまでも神社を留守にできないか。
「でも用が済んだらすぐに飛んでいくよ、始まりの街ならそんなに遠くないし」
「本当ですか? それはうれしいですね」
当然ユーノさんはあの街に戻るだろうし、じゃあまたみんなと一緒にいられそうだ。
街に戻ればモモちゃんやシズクさんに会える。
アミちゃんやヨシノちゃんもいるし、みんな大集合だ。
そしてスタンプを集め終わった私は、さらなる楽園への道が開かれる。
「それじゃあユーノさん、私たちは一緒に帰りましょうか」
「あ、私はいろいろ準備がありますので一足先に戻ります、それでは!」
「消えた~!!」
ユーノさんは手元のオレンジジュースを飲み干すと、手を小さく振って姿を消した。
あいかわらずだね、あの人は。
出会った日も話の途中でどっか行っちゃうし。
「ユーノさんは相変わらず~」
「そうですね」
どうやらミュウちゃんも同じような印象のようだ。
準備って言ってたけど、スタンプのことと関係あるのかな。
「うう、私どうやって始まりの街まで帰ればいいんでしょう……」
ユーノさんについていけばいいやって思ってたのに。
調べればすぐ出てくるんだろうけど、まさかここまでの道のりを逆走とかないよね……。
「お姉ちゃんはクッシーで帰るのが楽だと思うよ、そこにいるし」
ミュウちゃんが窓の外を指差す。
まだいたのかあいつ。
もしかして待っててくれてるのか?
ふっ、けっこうかわいいとこあるじゃない。
「それじゃあ私たちもそろそろ出発しますか」
「は~い」
ミュウちゃんは立ち上がると、なぜか玄関ではなくバルコニーへ出て行った。
「じゃあまた後でね、バイバイ~」
そして手を振り、光に包まれてドラゴンの姿になるとそのまますごいスピードで飛んで行ってしまった。
あっという間の出来事にお別れのあいさつすらできなかったよ。
女神様たちはきっと社畜のごとく忙しいんだろう。
だからのんびりしているようで、迅速に意思決定をするに違いない。
「ミュウちゃん行っちゃいましたね~」
後ろから遅れてついてきたユキちゃんが、小さくなったミュウちゃんの姿を見て言った。
「ユキちゃんのことはお店まで送りますからね」
「わ~、ありがとうございます~」
いいね~、こののんびりしたユキちゃんの空気。
癒しだよ、癒し!
荷物をまとめてから別荘を出て、ユキちゃんとふたりきりで街を歩く。
お店の場所は知らないのでユキちゃんにお任せすることにしよう。
「えへへ~」
なぜか私の腕に抱きついているけど。
こんなので嬉しそうにしてくれると私も嬉しい。
ところで、これはちゃんとお店にむかっているのかな?
むかってないよね。
だってさっきから同じところをぐるぐる回ってるもん。
「ねえユキちゃん、お店はどこですか?」
「あっちです~」
ユキちゃんは左の方を指し示しながら右方向へ進もうとしている。
「そうですか、じゃあ逆方向ですね!」
「ですね~!」
理解しているのになぜ逆に進むんだ……。
仕方ない、ちょっと無理矢理にでも連れていくか。
スマホでマップを表示してユキちゃんに見せる。
「ユキちゃんのお店ってここで合ってますか?」
「あってま~す」
よし、それでは計画を実行しようか。
私はローブのポケットから、髪をまとめるためのリボンを取り出す。
こんなこともあろうかとずっと入れておいたのだ。
「ちょっと失礼しますね」
「はい?」
それを目隠しとしてユキちゃんに巻いていく。
なんだろう、結構ドキドキしちゃうな。
よし、完成だ。
「イチゴさん、これはそういうプレイですか?」
「かもしれませんね~」
「きゃ~、わくわく~!」
なんでわくわくするんだ、変態か。
そういう友情行為は始まりの街に戻ってからね!
「じゃあ、しっかりつかまっててくださいね」
「は~い」
私はリボンを隠すために自分の帽子をユキちゃんにかぶせてから前に進む。
アプリに従って、寄り道せずに彼女のお店までむかっていく。
するとどれだけ無駄に歩いていたのか、あっさりとたどり着くことができた。
「ユキちゃん、止まってくださいね」
突然止まると危ないので声をかけてから立ち止まる。
そしてユキちゃんにかぶせていた帽子を回収。
ユキちゃんとむき合う形になり、その両方の肩に手を置く。
今更ながら、その華奢な体と目隠し姿の組み合わせに悪戯心が芽生えてきた。
私は自分の手を肩から頬までをなでるように移動させる。
その時ユキちゃんの体がぴくんと動く。
くはっ、いまのでちょっと興奮するなんて私はやはり変態か。
我慢だ我慢。
今はその時ではないんだ。
ここはしっかりと自制し、ユキちゃんの目隠しをしていたリボンをほどく。
「着きましたよ」
「え? ……む~」
なんだかとても不満そうだった。
「またすぐ会えますから、いったんお別れです」
すぐに会うためにも早く始まりの街まで帰らないとね。
「それではユキちゃん、バイバイです」
「イチゴさん、お別れといえば?」
さっと手をあげて帰ろうとすると、ユキちゃんに呼び止められる。
お別れといえば?
なんだろう……、バイバイじゃないのかな。
「えっと……?」
「ちゅ~して~」
「ええ!?」
なんということでしょう。
いつからちゅ~がお別れのあいさつになったんだ。
これはいけない、いけないよ。
ちゃんと断るんだ、大人イチゴよ!
「……ほっぺでいいですか?」
って違うだろ私!
何で妥協点を探してるんだ。
「仕方ありませんね、許してあげます」
そしてユキちゃんはなぜ上から目線なのか。
この子、だんだんおかしくなってきてるよね。
まあいいや。
せっかくのチャンスなのでおいしくいただきましょう。
「ではいきますよ」
「きてっ」
私の唇がそっとユキちゃんの頬に触れる。
ドキドキで胸が苦しいくらいに痛い。
慣れるどころかますますひどくなってきてるな。
そのうちキスだけで昇天する日がくるかもしれない。
少し離れてユキちゃんと見つめあう。
「えへへ」
彼女の照れた笑顔に一瞬理性が飛びかけた。
危険、危険、危険。
早くこの場を退散した方がよさそうだ。
「じゃあ今度こそバイバイです」
ユキちゃんに手を振って、来た道を引き返そうとした。
しかし今度はローブの裾をつかまれて引っ張られる。
「えっとユキちゃん?」
ちゃんとお別れのちゅ~はしたよね?
なんで引っ張られてるんだろうか。
「口にしてくれたら離します~」
そう言いながら、目を閉じて唇を突き出してくる。
「え? 口にですか?」
「はいっ!」
「そ、それはちょっと……」
さすがに恥ずかしいし、なんというか申し訳ない。
私がユキちゃんのようなお嬢様の唇を奪っていいわけがないと思う。
それに一線を越えてる気がしてためらわれる。
妄想ならいくらでもしてたけど。
「イチゴさんは私のこと嫌いなんですね……」
「そんなわけ……」
ひぃっ!?
ユキちゃんの目が死んでる。
それもギャグっぽいやつじゃなくマジなやつです。
「さようなら……」
「え、あ、ちょっと……」
私の伸ばした手が届く前にお店の中へ行ってしまった。
今のユキちゃん……。
まったく足を動かさずにスライドしていったよ。
すごい技だな……。
……。
行くか。
この時ユキちゃんを受け入れていたら。
もしかしたらあんなことにならずに済んだのかもしれない。
……なんてことにならなければいいけど。
なんだろう、もうユキちゃんと二度と会えないような……。
そんなもやもやした不安が湧き上がってくる。
気のせいだよね?
まさかあれくらいのことでそんな大きなことにはならないでしょ。
自分に言い聞かせるようにしてみるが、それでも不安が消えてくれない。
やっぱり追いかけよう。
私はお店の中に入り、ユキちゃんの姿を探す。
しかしそこにはすでに誰もいなかった。
もうむこう側へ出てしまったのかもしれない。
ユキちゃん以外は他の街へ移動できないから、私に追いかけられるのはここまでだ。
こうなってしまったら早く始まりの街へむかってユキちゃんを探すしかない。
待っててねユキちゃん!
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