第56話 今の私はこどもでいいです~

 砂浜から石畳の道へ進み、そのまま歩く。

 すると左側に建物が見え始めた。


 昔の日本に来たような懐かしい家が並ぶ大通り。

 そのほとんどが住居ではなく、うどん屋とか甘味処などの飲食店だ。

 ここのモデルになった雪ちゃんの家の別荘が、もともと観光地だからかもしれない。


 大通りは、混んでるというほどでもないけど多くの人でにぎわっている。

 しかもけっこうな人が何かを食べながら歩いていた。

 ふたり仲良くソフトクリームを食べてる子や、たい焼きにかぶりついてる子。


 中にはうどんの入った使い捨ての器をもって、食べながら歩いてる人もいる。

 ……危ないからやめなよ。


 見たところ急いではなさそうなのになぜ座って食べないんだろう。

 社畜だったら仕事しながら食事をしたりもあるだろうけど。

 または迅速に済ませるために、小さくて高カロリーなようかんを食べてたこともあったなぁ。


 ……うん、やめようこの話。

 ああ、私も何か欲しくなってきたな。


「みなさん、何か食べませんか?」

「え、お姉ちゃん、また食べるの?」


 辺りからのいいにおいに誘惑された私に、まさかのミュウちゃんが引く。

 この子の方がいっぱい食べてたと思うんだけどなぁ……。


 でも確かに自由の街からずっと食べてばっかりだ。

 だって、気になっちゃうんだよね。


「お姉ちゃん、太るよ」

「私、太らないもん」


 今まで体重の増加が気になったことは一度もない……はず。


「それでイチゴさんは何が食べたいんですか?」


 ユーノさんが、まるでこどもを見るようなやさしい笑顔をむけながら尋ねてくる。


「まだ決めてないです~」

「じゃあ歩きながら探しましょうか」

「は~い」


 やっぱりユーノさんは女神様だね、すっごくやさしいよ。

 さっそく、この街ならではの名物でもないかなと探しながら歩く。

 でもそんなの見つけなくても十分においしそうなものがたくさん見つかる。


 たい焼きもいいし、焼きそばもあるね。

 おそばもうどんも食べ歩きしやすいサイズで売られている。

 これがあるのに、なんでさっきの人はあんな大きいうどんの器で食べてたんだろうか。


 それにしても食べ物ばっかりだなぁ。

 この街の人は、家で料理とかしないのかと思うほど食べ物のお店が多い。

 まあそんな細かいことはどうでもいいのが夢の世界ということかもしれないけど。


 むむっ!

 あれはまさか。


「イチゴ大福パフェです~!!」

「あ、イチゴさん、待って~」


 いきなり駆け出した私をユキちゃんが追いかけてきた。

 先にお店に着いた私は、おいしそうに盛り付けられたパフェのサンプルに熱視線を送る。


「イチゴさん、それ食べられませんよ?」

「いくらなんでもそれくらいは理解してますよ!?」


 ユキちゃんひどいな。

 確かに間違いそうなくらいよくできてるけどさ。


「イチゴさんはこれが食べたいのですか?」


 ゆっくりと歩いて追いついてきたユーノさんがサンプルを指さしながら聞いてくる。


「はいっ、いつか食べてみたいって思ってたんですぅ」


 イチゴ大福が好きな私にとって、これを食べるのはひとつの夢だった。

 忙しかったのと元気もなかったので、なかなかこれに巡り合うことができなかったのだ。


 それがまさかここで出会えるなんて、まるで夢のようだよ。

 夢だけど。

 イチゴとあんこと生クリームのコラボレーション。


「でもやっぱり食べ過ぎですよね……」


 ちょっとしたものならともかく、あれだけ食べた日にさらにこれを追加したらさすがにダメな気がする。

 それに晩御飯もあるしね。


 理性と欲望の間で葛藤する私を見て、ユーノさんがクスリと笑う。


「それじゃあ私と半分こしましょうか」

「え、半分こ?」

「それなら少しは食べ過ぎを軽減できますよ」


 ユーノさんの提案のおかげで私の心がドキドキに包まれる。


「私、食べていいんですか?」

「いいんですよ、夢の世界なんですからもっと欲望に忠実で」

「ユーノさ~ん!」


 うれしさのあまり、私はユーノさんにむかって抱きついてしまった。


「今のイチゴさんはまるでこどもみたいですね」

「今の私はこどもでいいです~」

「かわいいかわいい~」


 ユーノさんの胸に顔をうずめながら、さらに頭をなでてもらうという幸せ。

 見た目は中学生くらいだし別に甘えてもいいよね。


「ユーノさんはいいにおいでやわらかいです~」

「わ~ありがとうございます~」


 私の言葉にユーノさんは棒読みで返してくる。

 さすがに今のはよくなかったかな。

 今度からは静かに楽しもう。


 ユーノさんの胸から舞い戻った私は緩んだ顔を直す。

 その時ミュウちゃんが目を輝かせて何かを見ているのが視界に入った。


 視線の先にはプリンやアイスがドカドカドカっと乗っているパフェ。

 お店にいる4人のお客さんが、みんなでひとつの山をつついている。

 すさまじいボリュームだな。


 スイーツの写真とかで見たことあるけど、実際に目にするとまるで夢の世界みたいだ。

 あ、夢の世界だったか。


「ねえ、ユッキ―、あれ半分こしようよ」

「いいよ~」


 いいの!?

 今食べてる人たち、4人で苦戦してるっぽいんだけど、ふたりでいっちゃうの?

 ミュウちゃんもよく食べるよね。


 どこに消えてるんだろう。


「本当に大丈夫? 私たちもそっちへいこうか?」

「大丈夫だよ、お姉ちゃんはイチゴ大福パフェ食べたいでしょ?」

「う、それはまぁ……」


 そうは言ってもなぁ。

 食べ残すようなことはしたくないんだよね。

 だって食べたくても食べられない人たちもいるのに、贅沢にもそれを残しちゃうなんて。


 あれ、こういうこと気にしてるからどんどんいらないことを抱え込んじゃうのかな。

 でも間違いではないと思うんだ。


「いちごさん、大丈夫ですよ、残ったら全部私がいただきますから」

「ユーノさん……」


 そういえば甘いもの好きなんだっけ?

 イチゴ大福パフェを半分こした後に、さらにあのモンスターに挑むというのか。

 これだけ自信ありそうに言ってるということはきっと大丈夫なんだろうけど。


「じゃあこのパフェを頼んじゃいましょうか」


 他の3人に最終確認をとる。


「「「は~い」」」


 きれいにハモった返事が返ってきた。

 ……。


 そして私はこの後、ユーノさんとユキちゃんの恐ろしい姿を目にすることになる。

 もはや「甘いものは別腹」とかいうレベルじゃない。

 ブラックホールなのかと思うほどに、ふたりは次々とパフェをおかわりしては平らげていった。


 ありえない……。

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